2014年8月20日水曜日
おはようさん 2014.8.19.
原因不明の右顔面を主として右半身に強い違和感がある患者さんを診ています。
もちろん大学病院を受診済みで・・・原因不明で治療法なし(適当&当たり障りのないお薬を処方)と言われている患者さんです。
初診時は手十井穴刺絡をしました。
今日は夏休みをはさんでの再診です。
前回の刺絡で、顔の違和感はちょっと軽快したそうです。
さて今日も手の刺絡を・・・なんてことは致しませんよ。
ちゃんと今日の脈を診て、舌を診て、腹診して・・・
あれれ? 今日は右天枢(ST25)と滑肉門(ST24)にすごい陰邪があるぞ!
(もちろん他にもたくさんの異常所見を見つけましたが)
そこから頭の中でいろいろと弁証論治していって・・・
今日は右天枢に1本、鍼をするだけでOK!という結論になりました。
そして、今日のこの患者さんの「右天枢への鍼1本」を得るまでの道は、蓮風先生がいつも歩まれているのと同じ道だ!と感じました。
蓮風先生はほんの数分で終えられますが、私はまだまだ10分、20分とかかります。
でも、同じ道だと感じとれたことがとても感動的でした。
いくつかの経穴候補の中からベストを選んでいるのではありません。
体表観察と弁証論治から、ここしかない! と断言できる経穴に1本鍼をされているのです。
蓮風先生の感性と知識について行けないと、実はわからない世界だったのです。
ここしかない!
これはものすごい快感でした。
鍼が楽しくてしかたない・・・蓮風先生のお気持ちがよくわかります。
もちろん怖さも知っています。
鍼の怖さを知らずして、鍼を楽しみことはできません。
そう、バイクと同じですね。
真夏でも革ジャンを着て、手袋をして・・・の決して肌を露出しない格好でバイクにまたがるのは、怖さを知っているからです。
怖さを知ることは、バイクの神さま、鍼の神さまに深い敬意を払うことになります。
怖さを知っている人を、それぞれの神さまは守って下さいます。
だから、楽しめるのです。
この患者さんは前回、手十井穴刺絡をしたので、今日はより深いところに潜んでいた病源が見えてきたとも言えます。
刺絡があるから、鍼がより生きる。
鍼があるから、刺絡がより生きる。
お灸も同じですね。
漢方薬も同じです。
まるで五行のやうに、刺絡・鍼・灸・漢方薬は相互に繋がっています(五行にするには、あとひとつ・・・「祈り」であり「気功」かな)
そして、虹がひとつの光であるように、この五行が漢方治療というひとつの太陽になるのだということが分かりました。
刺絡にも鍼にも灸にも漢方薬にも祈りや気功にも、同じ光が宿っているのですね。
前世物語
静かな私の心の中に先生の言葉が心地よい風となって流れ込んできます。
「月明かりの湖面とは鏡のように心が静かな状態でしたよね。そんな時、心はレンズとなって魂を光として映しだすのですね。魂の光が内面から輝き溢れ出す一瞬なのです。そこには悪意も善意もありません。ただ神様の光が心と肉体を支配して、光の世界が肉体を持ったこの世界にも具現化できることを示されるのです。
神様はずっと長い間、私たち人間に光と水と土を与え続けてくださいました。ずっとずっと、人間という知恵の種が発芽するのを楽しみにしておいでなのです。でも、人間の知恵の種は固い固い殻で包まれていることもよく知っておられます。だから根気よく私たちの世話をしながら、毎日毎日、人間社会を覗いておられるのです。
今日はいくつ芽を出した・・・
今日はいくつ葉を茂らせた・・・
今日はいくつ花を咲かせた・・・と
そして神様は知っているのです。ある日のこと、無数の種が一斉に発芽して神様の庭一面を緑の葉で覆いつくし、色とりどりの見事な知恵の花を咲かせてくれることを」
私は瞑想中に浮かんでくるイメージをそのまま先生に伝えました。
「素晴らしいよ。そのままその神さまの庭にいてごらん」
先生は私をしっかりとサポートしてくれています。私は知恵の花々が咲く庭で瞑想を続けました。
「私は神様に尋ねました。
『あなたの光の世界が肉体を持ったこの世界に具現化して、何が得られるのですか?』
神様はおっしゃいました。
私は愛の何たるかを知っている。それは大きな愛だ。お前たちの魂の求めているところはこの大きな愛であろう。
お前たちはゆっくりと歩む。それはそれでいいのだ。肉体を持つものたちよ、お前たちは歩みが鈍のろいが故に、小さな小さな愛を味わうことが出来るのだ。だから嘆くのではない、そんな小さな愛の美も大きな愛の美と勝るとも劣らない尊いものなのだから。
神の足は光のように早い。だから神は肉体を持たなければ、お前たちの小さな愛を味わえないのだ。
そして死から免れえない運命さだめのものたちよ、お前たちは祝福されている。神の光がお前たちの肉体に入る時、生老病死が愛を永遠とわに創造するからだ。お前たちは愛の創造主なのだ。
魂の光に輝く肉体を持つものたちよ。新しき時代、お前たちは『愛を育むもの』と名乗るがいい。お前たちの花々はやがて神の庭を甘美な愛の果実で埋め尽くすのだから。神はいつもお前たちと共にある。神は愛の僕しもべであり、愛を育むものこそが愛のマスターなのだから。
土から生まれしものたちよ。神の庭より善悪を知る旅に出て、今再ふたたび神の庭に帰ってくるが良い。善悪を越え、愛を育むものとなって」
私には神様の言葉がはっきりとわかりました。私の心が最も澄み切っていた一瞬でした。そして気がつくと私は砂浜に引き上がられた舳先の反った船にもたれながら夕日を見つめていました。私は屈強な戦士です。ヘファイストス鍛冶屋の神の丸い盾に夕日が射し込んで真っ赤に燃えています。私の名前は・・・わかりません。しかし明日は戦いがあります。私は死ぬかもしれません。いえ、死を望んでいました。友のために、名誉のために、そして神々のために。
私は夕日に吸い込まれて、そして先生の前に帰ってきました。