2014年5月30日金曜日

おはようさん 2014.5.30.

今日も暑かったですねぇ。 そして、ジメジメ暑さがやって来ました。 身体は正直なものですね。 みなさんの腹診をしていて、今週初めにはまだ邪気がバラバラに散っていたのが、昨日・今日と見事に大巨(ST27)に湿邪が集まってきました。 そして柴胡の証、季肋部から心を衝き上げるように熱邪がうごめき始めました。 身体の芯に残っていた冷えに湿邪が流れ込んできて、まるで水蒸気爆発したようにキノコ雲となった熱邪が心を衝き上げているのです。 もちろん左章門を主として肝火肺犯もしています。 ジトジト&ベトベト汗の季節到来ですねぇ(^_^;) さて・・・これにどう対処していこうかしらむ・・・ いくつも道が見えてきて 患者さん毎にベストな道を選んでいければ最幸ですね(*^^)v 今週はなぜか患者さんたちのSpO2 経皮的動脈血酸素飽和度が低くなっています。 これも肝火肺犯の兆候ですね。 試しにSpO2の下がっている患者さんの章門を打鍼してあげると・・・ちゃんと数値も改善してきます。 ちなみにこの時、患者さんは「そこ・・・痛いけど気持ちいい」と言ってくれます。 章門をトントンしながら「何のストレスをこんなに抱えてるの?」と尋ねると・・・「実は・・・」な秘めストレスが出るわ&出るわ・・・ 章門は正直者の穴なのですね(;^^)ヘ.. 今週は膝や腰、肘や肩の痛みが増してきた患者さんも多かったです。 これも湿邪と関係が深いのですが、関節痛は棒灸がとても良く効いています。 棒灸はお椀灸と一緒に導入したのですが、なかなかそこまで手が回らなくて・・・ 今週になってやっと棒灸も始めることができました。 時はちょうど湿邪が暴れ出した頃・・・見事なシンクロニシティです。 梅雨時の関節痛はやはり湿邪が悪さをしていることが多いのですが、棒灸は見事に湿邪を昇華してくれます。 昨日の棒灸だけで、膝の痛みがなくなりましたぁ!と患者さんの弁 (ふふふ あったりまえよぉ\(^^@)/) 今週はお灸で盛り上がった奥山医院でした。 前世物語  私は、このワークから身体の不自由な方が何か学べるものがあるのではないか、と考えて先生にレポートに挙げてもらうように頼みました。  この症例のトニー君は生まれつき「身体が不自由だったので自分の殻の中に閉じこもっていました。後半生では身近な人や自然に対して気持ちを開きましたが、もっとたくさんの人々に触れ合うチャンスを自分で見つけなければいけない」人生だったようです。そして、トニー君の魂は人に会うために何度も生まれ変わっているようです。たくさんの人々に会って、みんなと慈しみ合うことを学び続けているのです。そのためには心を開かなくてはなりません。光のマリア様は言いました。 「心を自由にして、とらわれないことです」  人を拒むのには心のエネルギーが要ります。心を閉ざす最初の段階は、心にエネルギーシールドを張ってしまうことです。この段階では心はまだ開いています。ただ、他人がズケズケと心の中に入ってきて自分の心と魂を痛めつけるのを阻止するためのシールドなのです。またこのシールドは自分の心が自己否定によって内部から崩壊するのを防ぐ働きもしています。心の目の前に置かれたスリガラスのような働きもあるのです。  この心のエネルギーシールドは自分の心の持ちようで強弱が決まってきます。このシールドが破られるのではないか? という心の奥の不安がいろいろな形を持った不安症となって現れてくるのではないでしょうか? 「心を自由にして、とらわれないことです」とは、この心のシールドを外してみなさい、と言うことなのです。これはとても勇気の要ることです。いくらマリア様から言われたことでも、そう簡単に出来ることではありません。みんなを無条件に受け入れて優しくしていたら、また誰かが心の中で大暴れするでしょう。そんな一握りの人たちに心は幾度も辱められ痛めつけられてきたのです。瀕死の心を守るために作り上げたシールドですから、もう外したくはありません。もしシールドが破られたら、もっと強力にすればいいだけなのです。その方が勇気など要らない簡単な方法なのです。心を閉ざしていると、とりあえずシールドの中は平和なのです。  でもトニー君は教えてくれました。 「幸せな人生でしたが、上から見るとすごく細い線に見えます」

2014年5月29日木曜日

おはようさん 2014.5.29.

木曜の午後は藤本漢祥院での研修&鍼治療です。 私はいつもの筋縮(GV8)に鍼を、うなじの瘂門(GV15)あたりにプチ刺絡をしていただき「肩の荷が下りた」快感に、いつものようにヘロヘロになって帰ってきました。 診療が始まる前に蓮風先生のお話を聞く機会があるのですが、今日は「癌を鍼で治す!」を熱く語っていただきました。 奥山医院から蓮風先生に紹介させていただいた癌患者さんたちは皆さん、とてもお元気になられています。 蓮風先生が真剣勝負で取り組んでいただいているのが間近に研修していてよく分かります。 癌は鍼で治る。 この患者さんには生きる力、治る力が残っている。だから鍼が効く! 生きる力、治る力とは何? 生命 それは波 寄せてはかえす・・・絶えず躍動している波 波とは陰陽 人が生まれ、死んでいくのも波であり、陰陽であり 天地自然の理もまた波であり、陰陽であり 雲も風も大地も木々も空も海も・・・波 波 波 無限の大宇宙にも、ちっぽけなひとりの人間の中に広がる小宇宙も、同じ波であり、陰陽であり 星が生まれ、死んでいくのも 銀河が渦巻くのも  無数の星々がさまざまな物理法則で関わり合いながら夜空に瞬いているのも・・・波 波 波 人の身体の中の無数の細胞たちも関わり合いながら、生まれ、死んでいきながら、ひとつの生命を宿している・・・それも 波 波 波 蓮風先生が目の前で「癌は鍼で治る」と言われたほんの一瞬に、 そんな大宇宙のさまざまな波が 生命を育んでいるさまざまな波が 天地自然を美しく彩っている波たちが 寄せてはかえしていく姿が走馬燈のやうに見えました。 生命とは波なのです。 波は美しくなろうとします。できるだけ調和しようとします。 健康とは陰陽が美しく波打っている姿です。 癌は不協和音です。 どんなに不協和音のノイズが大きくなっても、生きている限り、生命の美しき波は残っています。 それは雑踏の駅前で、ひとりストラディバリを静かに奏でている人の調べを聞くようなものでしょう。 でも、人間のすばらしいところは、その気になりさえすれば、どんなノイズの中ででも、美しい調べ、愛する人の声、幸せな笑い声を聞き分けることができることです。 鍼で癌を治す。 雑踏ノイズの中で、ストラディバリを、愛する人を、笑顔を指さして、生きたい意識を、生きる力を、美に 愛に 笑に導いてあげることが鍼の力だと思います。 だから、癌を治す鍼は、その患者さんの生きる力を、治す力を感じ取れなければ始まりません。 そして、患者さんの美と愛と笑の穴を見つけ出してきて、そこへ生きる力、治す力を導いてやるのです。 そんなん 難しすぎるわ? いいえ、簡単なことなのです。 だって、天地自然の理が元々、そうなるように流れているのだから。 天地自然の理を成す波たちは風となって、この世を今日も明日も吹き抜けています。 その風を感じさえすれば、生命の息吹も、生きる力も、治す力も見えてきます。 あとは・・・両手を広げて、天地自然の風を順風満帆に受けとればいいのです。 癌を鍼で治す。 西洋医学だとか東洋医学だとかのちっぽけな範疇を超えて、 大宇宙を成している理論物理学や量子力学、時空理論学などが鍼の素晴らしさを証明してくれる日が来そうな気がしています。 前世物語  先生はトニーの魂に尋ねました。 「身体から離れた時に、何か決心したことはありますか?」 「今度は丈夫な身体になって、先生みたいになりたいなぁ」  先生は彼の魂を高みへと導きました。そしてトニーは彼の人生を振り返りました。 「身体が不自由だったので自分の殻の中に閉じこもっていました。後半生では身近な人や自然に対して気持ちを開きましたが、もっとたくさんの人々に触れ合うチャンスを自分で見つけなければいけませんでした。幸せな人生でしたが、上から見るとすごく細い線に見えます」 先生はさらに高みへと導きます。そこにはゆったりした光がありました。そしてその光の中には白い教会のようなものがありました。先生は尋ねました。 「そこに誰かいますか?」 「マリア様です」  先生はマリア様に聞きました。 「今回の人生の目的は何ですか?」 「心を開きなさい」 「それは具体的には、どういうことですか?」 「受け入れなさい。優しくしなさい」 「今の不安感から何を学ぶのですか?」 「心を自由にして、とらわれないことです」  先生はマリア様に今の病気について尋ねました。 「今の喘息の意味は何ですか? どうやったら治るのですか?」 「心配しないことです。そして母親に愛されることです」 「なぜ何度も生まれ変わってるのですか?」 「人に会うためです」 「人間は何のために生きているのですか?」  マリア様が答えました。 「慈しみ合うためです」 「今の私の人生はここまで順調ですか?」 「はい、順調です」  先生はマリア様に最後のメッセージをお願いしました。 「自分を信頼して進みなさい」 そうマリア様が答えてくれました。

おはようさん 2014.5.28.

「夫源病」という言葉がネットから流れてきて、思わず ガッテン!ガッテン!してしまいました。 熟年女性なら誰もが罹る病気・・・かもしれません。 定年後の夫は家でブラブラ   昼ご飯の用意だけでも面倒なのに、まるで上司のような口調で心ないことをあれやこれやと言ってくる やることがないから、妻の買い物についてきて、あれやこれやと口出したり命令したり 一緒に旅行に行きたがるけど、女友だちたちと行った方がどんだけ楽しいか 自分がヒマなもんだから、妻までヒマだと思い込んでる  私はやることいっぱいあるのよ! などなど・・・ うちの医院でもリハビリや鍼灸をしながらの熟女たちのおしゃべりは・・・上記の如くで鴨南蛮。。。 かくいう私の母も父からものすごい言葉の暴力を受け続けて、肝臓癌になってしまいました。 (肝には怒りが溜まりますから、怒りを浴び続けると肝臓癌になりやすいのです) これは「夫源病」の最たるものですねぇ。 これから60代の熟年離婚が急増しそうな予感です。 夫は90代まで元気な可能性が大・・・えっっ こんな毎日がこれから30年以上も続くの?! 自分らしく生きたい いつまでも若々しくありたい 自分の人生を楽しみたい そう思った時、今の夫が自分のライフスタイルの大切なワンピースになっていれば、ラブラブなカップルのままで添い遂げられるでしょう。 「夫も仕事を離れて、これから変わると言ってることだし・・・」 「私が夫を変えてみせるわよ」 たくさんの患者さんたちを診てきて・・・性格を変えることができるのは40代までだと思います。 50代になると、もうほとんど固まってしまっています。 60代になると、その性格が誇張され始めます。(特に悪いところが誇張されやすいんだよなぁ) つまり、バリバリ働いている間に趣味や生きがいを始めないと、定年後では手遅れなのです。 優しくなろう 人の話を聞こう 怒らず穏やかになろう そんな努力も40代までに始めないと・・・60代になってからでは、鴨川の水 双六の目よりも難しいのです。 スピリチュアルケアから言えば・・・ 自分の人生なのだから、自分らしく生きなさい。今生を楽しみなさい。 まず自分を大切にしましょう。まず自分を愛しましょう。 なので・・・結果「あんさん わかれなはれ」になってしまいます。 う~ん、これでいいのかしらむ・・・実はまだまだ答えが見つかりません。 精神科は・・・貴方が我慢しなさい的に様々な抗うつ剤や抗不安剤を飲め!と言います。 これは嫌だなぁ。 世の中は、貴方の辛さ、よくわかるわ。大変だわよね。別れちゃいなさいよ・・・と言いながら、裏では、あの人、我慢のない人だわよね、あんな人だと思わなかったわ、とあげあしを取ります。 どうせいってんねん! 寿命がこれほどまでに伸びた時代はありませんでした。 ついこの前まで、人生70年だったのですから。 あの頃は、夫が定年・・・あと10年我慢すればいいわ、で終わっていました。 子育ても終わり、やっと自分らしく生きるチャンスが巡ってきて・・・今「夫源病」の壁が立ちふさがっているのですね。 この「夫源病」の壁も、自分に自信がある人、勇気のある人、これまで自分の足で自分の人生を歩んできた人には大した壁ではないのですが・・・ 甘え 依存 支配 コントロール わがまま・・・で生きて来てしまった人には大変な壁なのかもしれません。 前世物語 美子レポート       心を開く   今から七十年前のヨーロッパのある町に、トニーという少年がいました。彼は生まれつき足が不自由で車イスの生活をしていました。女の先生が彼の世話をしてくれていました。毎日、先生と庭で花を見たり絵を描いたりしました。トニーはとても幸せでした。  二十四歳の時、先生が病気になりました。トニーは泣きながら看病しました。先生も泣いています。彼は深い悲しみを学びました。  先生は死にました。彼は毎日、先生のお墓にお花を持っていきました。トニーはとても感謝していました。そして彼は先生に誓いました。 「これからは一生懸命に生きます」  二十八歳になってトニーは死の床にいました。身体がとても衰弱しています。彼は先生と一緒に庭で絵を描いていた楽しかった思い出とともに死にました。

2014年5月27日火曜日

おはようさん 2014.5.27.

数年前から動揺感を主とするめまいと全身倦怠感で苦しんでいる女性が初診されました。 さまざまな診療科、たくさんの病院にかかったけど・・・治らずで。 心療内科初診時に記載していただいているエゴグラムでは普通の性格で。 病院を転々としている場合、パーソナリティ障害の方も(←これは当院では治療ムリ)おられますが、この方は大丈夫でした。 すでにさまざまな検査を受けて・・・最後の病院ではウイルス性慢性疲労症候群の診断を下されて・・・でも、治療法は?  あれれ?  かわいそうに・・・ こりゃぁ うちで治してあげないと、この方の人生はメチャクチャになるぞ! 顔貌診と背候診はやや実証。脈診と腹診は虚証で、ともかく芯がひどい冷え性ですがな。これですよ、めまいと倦怠感の原因は! 両大巨の冷えが神闕から身体の芯に向かって流れ込んでいる感じでした。 芯が冷え冷えすると、表層は二次的に熱してしまいます。 実際には起こっていないんだけど、炎天下での夏バテ&脱水のような反応を身体が起こしてしまいます。 足がおぼつかなくなって、地面がゆらゆらしだして、立ってられなくなる・・・主症状とぴったり! その大巨に神手を置いていると・・・若い頃の腎臓が弱っているのが感じられて。 問診してみると、確かに若い頃、慢性腎炎があった。でも自然治癒したので、特にお薬は飲んでいなかったとのことでした。 蛋白尿は降りなくなったけど、腎臓はじわじわ弱っていて、助けを求めていたのですね。 がんばりやさんだからね、腎臓は。 ということで、治療は・・・補腎養精で六味丸から。鍼灸は神闕に灸 照海に補鍼を。百会の衛気診で、かなり古くてガチガチの衛気がうずたかく蓋をしていたので、百会に瀉鍼も。 漢方の二番備として(つまり六味丸がダメなら)左帰丸:熟地黄・山薬・山茱萸・枸杞子・菟糸子・鹿角膠・亀板膠・牛膝 も考慮して。 さらに・・・この方は絶対にうちで何とか治さないと、また病院を転々としてしまう・・・そのうち、ホンモノの精神疾患に堕ちてしまうので、藤本漢祥院の蓮風先生にご高診していただくように指導しました。 腎虚の見立てには自信があるんだけどね、それはこの方の「笑顔な未来」にとってはちっぽけなプライドに過ぎないわけで。ここはやっぱり蓮風先生の後押しが必要なわけです。 ほら、両扉を開ける時には、左右から扉を引かないとダメでしょう! これで万全。 治ったら、またご報告いたしますね。 前世物語  私は毎日を誰に感謝しましょうか? 今日生かしてくださった神様に、今日も見守ってくれた亡き夫に、今日も私を支えてくれた家族に、今日も愛してくれた先生に、今日も私を助けてくれたクルーたちと患者さんたちに、そしてすべての人たちに・・・。そんな感謝の気持ちがほんのひとときでも持てるようになった時、私も深い悲しみを乗り越えることが出来たのです。  アヤメはコラの神様を信じ続けました。コラの神様はアヤメの苦しい生活を直接救うことはしないで、アヤメに苦しい人生を苦しみと思わずに乗り越えていく勇気と知恵を授けたのです。私にはそこまで信じきれる神様はいませんでした。でも、今は神様を信じて感謝しています。特定の神様ではありません。 私の魂の中にいて、私の心を通じて話しかけてくださる私の神様です。この神様が幼い私に夫を結びつけてくださったのです。そして愛する夫が亡くなった時に、先生を呼び寄せてくださったのです。そうです、私の人生はずっと誰かに愛され続けてきた人生です。それに気づいた今、私も毎日、いえ何時でも感謝しています。心静かに心を澄まして、ありがとうございます、と。 「魂をきれいにすることが一番大切です。そうしたら奉仕の意味もわかってくるし、何もかもがわかってきますよ」  光はこうメッセージしてくれました。もちろん奉仕とは「人の役に立つこと」ですが、その奉仕という言葉に秘められている深い意味を悟っていくには、日々の感謝の心を拡げて魂をきれいにしなければならないのです。感謝の心が拡がると自然に自分の信仰に出会えます。感謝に無償の祈りが加わるのです。感謝と祈りが魂を輝かせます。感謝と祈りの中に奉仕の意味が見えてくることでしょう。そして何より、感謝と祈りは輝く魂の中から愛を生みだします。 「人間は何のために生きているのですか?」 「愛するためです。愛とは求めるだけではなくて与えるものです。ただ与えるものです。愛とは温かいものです」  この愛という言葉を奉仕という言葉に置き換えてみると、奉仕の本当の姿が見えてくるのではないでしょうか。感謝と祈り、そして愛。奉仕とは魂の輝き、そのものなのかもしれません。

おはようさん 2014.5.26.

荻生徂徠さんが「古医方」について書かれたものがとても面白かったので、ご紹介いたします。 「下手医者の治療は、痰あれば、痰の加減をし、熱あれば熱をさまし、不食ならば、脾胃を補い、瀉あれば、瀉を止め、咳あれば、咳の加減をし、一色も残さじと加減配剤、理屈はきこえたるようなれども、病はいえぬなり。暫く効あるに似たれども、またあとより再発し、あるいは外の変化出来して、病おもり、終に死に至るなり。 上手の医者は、あきらかに病源をみて、様々の症あれば、病の根本、あるいは疝気を治し、あるいは虚なりとみて補えば、諸症一々に治するに及ばずして、おのずから癒えゆるなり」 西洋医学しかり ツムラ漢方しかり 慰安鍼灸しかり 昔も今も同じ・・・黄帝内経の時代から、ソクラテスの時代から、ずっと医療は同じ壁の前に立ち続けてきているのです。 高度に医療が発展した今も・・・やはり同じ。否! 医療が高度化すればするほど、下手医者ばかりになっているんじゃないかしら。 なぜなら、下手医者の方が断然、儲かるから。 薬が売れ、医療機器が売れ、眼内レンズや透析が増えるような政策は、原子力ムラと同じ穴の狢でしょう。 この根源を温存したまま、医療費抑制!とやるものだから、市井の庶民幸福度はボロボロです。 政治も官僚も行政も下手ばかり・・・上手がいても抹殺されてしまうのが世の習なのかしらむ。 一国の医 世界の医というグローバルな目で歴史を俯瞰してみても、人類5000年、まだ「上手の治」は見えてこないのです。 では、そんな時代をどう生きていくのか? ブツブツ文句を言っていても何も変わりません。 自分にできること・・・上手な医者になろうと精進することでしょう。 病の根本に迫るということは、天地自然の理 大宇宙の根源に近づくということです。 才ある理論物理学者も天文学者も数学者も・・・きっと理系・文系を問わずあらゆる学者たちも、何かに引き寄せられるように、この天地自然の理 大宇宙の根源に近づいています。 今のこの人類5000年の時代は鉄の時代と呼ばれていますが、光の時代でもあります。 この時代の天地自然の理 大宇宙の根源は、光 「大いなるひとつの光」です。 上手な医者 上手な治者 上手な学者 ・・・わずかでもいいのです。 100匹目の猿じゃないけれど、世界で100人でも・・・いいかもしれません。 上手が夜空の星々のやうに瞬き始めた時、世界は救われ、鉄の時代は氣の時代へ、美の時代へと移りゆくでしょう。 上手が集まらなければ・・・火があって、水があって、次は風かな? 風とは病のことだと思います。 それがいつのことなのか? まだ先のようですが、そろそろ こころして上手に務めなさいよ、と言われた雨の夜でした。(久々の銀河通信でした) 前世物語  このワークの最中、私は静かに涙してました。アヤメの夫の死が私の夫の死に重なってしまったのでした。私もアヤメと同じように突然、夫を亡くしてしまいました。あれほど深い悲しみはありませんでした。私も何も考えられなくなりました。夫のところへ行く力も残っていませんでした。ただ悲しかったのです。  アヤメは「死んでからも夫がそばにいてくれているのがわかった」そうです。だから、それからは頑張って畑仕事や縫い物を続けれたのです。「苦しい生活だけど、苦しいとは全然思いませんでした」  アヤメは本当に頑張って生きてきたからこそ、人生を振り返ってこのように言えたのだと思います。もしも悲しみに沈んだままだったら、苦しい生活に押し潰されていたことでしょう。愛する人が先立った時、残された者の心は閉じてしまいます。あまりの悲しみのために、心が悲しみ色にこれ以上染まらないように、悲しみで愛する人を忘れてしまわないように・・・。そんな心の扉を再び開いてくれるのは亡くなった愛する人だけなのです。愛する人の魂がそばにいてくれる、愛する人がいつも見守っていてくれる、そう感じることが出来た時、心が悲しみの中で癒されていきます。その想いが再び人生を生き始めさせてくれるのです。  愛する人を亡くした方々が愛する人の魂の存在を感じることはよくあることです。心静かにしていると、フッと何かを感じることがあります。もちろん今の科学では計り知れないことです。私たちは未亡人と呼ばれています。愛する人を亡くしたから半分死んだ人なのだそうです。死人に科学は通用しません。だから、私たちの愛する人の存在感を脳の生化学的に、心理学的に創られた幻覚、幻想だと言われても構わないのです。ただアヤメのように再び自分の人生を生き始めることが出来れば、科学など取るに足らないことなのです。先生は、宇宙の法則は物理法則のように美しくて単純だ、と言います。肉体は死んでもその魂は生き続け、残された愛する人を静かに見守っていてくれる、これは美しく単純な魂の法則です。既存の科学を駆使して私たちの想いを理解しようとした優れた理論を見ても、そこに夜空の星々のような単純な美しさを見出せないのはどうしてでしょうか? 私たち未亡人の目は泣き過ぎで曇ってしまったのでしょうか?  アヤメにはコラの神様がついていてくれました。彼女は最後にこう言いました。 「毎日を感謝していたから、乗り越えることが出来ました」

2014年5月25日日曜日

おはようさん 2014.5.25.

今日は京都の観世会館まで、おニューのバイクでドライブしてきました。 お天気も上々 まだ真夏の暑さではないので、心地よい風を感じながらのプチ・ツーリングでした。 高速道路を制限時速ちょいでゆっくり流して(けっこう風を受けるので、実は制限時速ちょいが体力の限界なのです(^_^;)・・・ 車がビュンビュン追い抜いていきます。 また、それも良し。 車では見られない景色も、味わえない風の香りも、そう、大げさに言えば、地球の丸さを実感できるのがバイクの醍醐味かな。 車は道を走るけど、バイクは地球を走ってる。 朝、ハーレー軍団が追い抜いていきました。とっても危なかった・・・いけませんねぇ、美しく走らなきゃ。 私の愛車 HONDA VT1300CX まほろ;通称 まほちゃん(←ペットネーム)はグッドデザイン賞を取ったHONDAのアナーキー&秀逸な作品です。 今生ではまず乗らないだろうと思っていたアメリカンタイプのバイクに一目惚れさせてくれたハイネック&スリムなクルーザーバイクです。 だから、まほちゃんに乗る時は、服装から気を使っています。 KADOYAの鹿革ジャケットまで大奮発して買ってしまったくらいです(←女性のみなさんには・・・この気持ち、わかりますよねぇ(;^^)ヘ.. 当然、ドライブも如何に美しく、ジェントルだけど男らしく乗っているかに気配りしています。 そんなん、カッコだけや!と思った君は、まだまだあまちゃんやねぇ・・・ 本当に上手いライダー レースで優勝できる速いレーサーは、ともかく美しい走りをします。 危険予知能力が高いから、まわりにヒヤッとさせるような危ない運転は決してしません。 自分の限界を熟知しているから、ここぞという時に、自分の限界を超えることができます。 美しく走る かっこよく生きる 美しさもカッコよさも、生きがいの創造の必須要素ですよ。 貴方は今、美しく&かっこよく生きていますか? 前世物語 「今回の私の人生はここまで順調ですか?」 「自分が良く知ってるでしょう、って」  先生は今回の人生の目的をクリアーできた、未来の姿を見せてくれるように頼みました。 「おばさんになって誰かと話しています。五十歳くらいです。おだやかでニコニコしています」 「その未来のあなたからアドバイスをもらってください」 「これが修行だよ、って言っています」 「あなたは奉仕と学びと愛をまっとう出来ているのですか?」 「まだ進行形みたいな感じです。でも、今の私よりはすごい・・・」 「未来のあなたとしっかり握手してください。どんな感じがしますか?」 「あったかい・・・」 「そのエネルギーを分けてください、ってお願いしましょう」 「うなずいています」 「そのエネルギーをどこに感じますか?」 「胸です」  先生は胸の中に温かいエネルギーをいっぱい吸い込むように言いました。 「あなたも私を応援してくれますか?」 「がんばれ、って言ってくれています」 「私、がんばれるかなぁ?」 「自分次第だよ、って」  先生は光に最後のメッセージをもらいました。 「今回の人生でも魂をきれいにすることが一番大切です。そうするようにがんばりなさい。そうしたら奉仕の意味もわかってくるし、何もかもがわかってきますよ」 「そこにいるたくさんの存在にも聞いてください。これからも私を応援してくれますか?」 「みんなニッコリしています。応援してくれています」 「辛い時、またここへ来てもいいですか?」 「いつでも来なさい」

2014年5月24日土曜日

おはようさん 2014.5.24.

明日は京都観世会五月例会です。 今日の土曜外来はハードだったので、明日はちょうど良い「こころの休日」になります。 明日の演目は、蟻通・千手・善知鳥です。 私のお目当ては、やっぱり「千手」 あらすじは・・・ 平清盛の五男の平重衡は一の谷の合戦で捕われて鎌倉に護送されます。 鎌倉では狩野介宗茂に預けられ、幽囚の身で世の無常を嘆いています。 源頼朝は、この若く凛々しい平家の御曹子に少なからず同情を寄せ、自分の侍女で、手越ノ宿の長者の娘である千手の前をつかわし、後いくばくもない命のつれづれを慰めます。 ある春の雨降る夜、宗茂は重衡に酒を勧めようとやって来ます。 そこへ千手も琵琶を持って訪れます。 重衡は、先日、千手を通じて頼朝に願い出てあった出家の望みがかなわぬことを告げられ、これもまた、父清盛の命令とはいいながら、南都の仏寺を焼いた罪業の報いかと嘆きます。 千手は重衡の心中を思いやり、酒の酌をし、朗詠を謡い、舞を舞って、心を引き立たせようとします。 重衡も興にのって、琵琶を弾くと、千手も琴を合わせ、夜の更けるまで、つかの間の小宴を楽しみますが、翌朝、重衡は勅命によって、また都へ送り帰されることになり、鎌倉を出立します。 千手は、その後姿を涙ながらに見送るのでした。 今年は世阿弥誕生650年です。 この600年あまりの内に、どれだけ多くの人たちがこの「千手」に涙したことでしょう。 明日は晴れ。春バラさんたちも満開です。 いつもなら能よりもバラさんの美に心引かれるのですが、なぜか この「千手」はどうしても観たい演目です。 こころの奥の、そう異次元ゾーンから、懐かしい気持ちが、千手と聞いただけで涙がこぼれ落ちてきそうな不思議な感覚が蘇ってきます。 きっと昔々・・・この「千手」を観て、涙を流した私がいたんでしょうね。 女官や綺麗な姫君だったのかしらむ・・・ 白拍子や流浪の民だったのかな・・・ 足利将軍に仕える官吏だったかも・・・ 能の幽玄の世界は、そんなタイムトラベルな楽しみ方も出来るんですよ。 美しい日本語が騒音で疲れ切った耳を浄化してくれます。 優美な仕舞いが情報叛乱で盲いた目に光を射してくれます。 いつかの時代を生きていた自分たちと同じ涙を流して、気持ちがひとつになります。 魂の祖先たち ホンモノの祖先たちとひとつにつながることができるのですね。 そう思うと・・・能を観ていると、確かに意識が飛んでしまって、眠ってしまったように感じてしまうこともありますが、それは実は深い催眠状態に入っているのかもしれませんね。 光の前世療法の催眠誘導と同じように・・・ さぁ 明日もたっぷりとタイムトラベルしてきましょう。 前世物語  先生は死んだばかりのアヤメの魂に尋ねました。 「体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」 「次も夫と一緒になることと、神様に感謝することです」 「魂となったあなたのまわりに何か存在を感じますか?」 「何かいます。よくがんばったね、って言ってくれています」  先生はアヤメの魂を高みへと導きました。 「高い所からアヤメさんの人生を見て、何か気がつくことはありますか?」 「もうちょっと頑張れたはずでした。感謝することを忘れないように・・・」  先生はもっと高みへと導きました。そしてアヤメの人生と、今、生きている人生を見比べてみるように促しました。 「同じような人生です。もっと神様に・・・うまく言葉に出来ません」  先生はさらに高みへと導きます。 「そこから上はどうなっていますか?」 「青い、丸い中に光があります」 「その光の中に入ります。どんな感じですか?」 「何もかも忘れている感じです」 「その中に誰かいますか?」 「何かがたくさんいる気配がします」 「その光の中心に向かって聞いてください。今のお父さんとの関係は何ですか?」 「愛することです」 「それはどういうことですか?」 「求めるだけではなくて与えるものです。ただ与えるものです。あったかいものです」 「今回の私の人生の目的は何ですか?」 「奉仕と学びと愛です」 「奉仕とは何ですか?」 「人の役に立つことです」 「学びとは何ですか?」 「自分を鍛えるため、自分の魂を鍛えることです」 「人間は何のために生きているのですか?」 「愛するためです」 「なぜ私は何度も生まれ変わってるのですか?」 「まだまだ出来ていないからです。愛することの意味がわかっていません」 「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのでしょうか?」 「過ちを犯してもそれに気がついて、そこで変わればいいのです。間違ってもやり直しは効きます。それを繰り返して少しずつ良くなっていくようにすることが大切なのです」

2014年5月23日金曜日

おはようさん 2014.5.23.

ベランダ菜園のキュウリ&ミニトマトさんたちが日々、すごいスピードで成長してくれています。 たった一日でこんなに伸びたの!ってびっくりしてしまう見事な成長です。 動物の赤ちゃん&子供もそうですよね。 子供服なんか、すぐに着られなくなっちゃうし。 水、肥料、お日さま・・・ 食事、よく寝る・・・ もちろん科学的にはこの見事な成長は解明されているでしょう。 成長ホルモンとか遺伝子活性とか・・・ ただ、水やりしながら成長し続けているキュウリ&ミニトマトさんたちを眺めていると、それだけじゃないような気がしてきます。 そう、宇宙に広がるダークマターのように、 この世にあまねく広がる氣が子供たちの成長の大切な糧のように思えてきます。 氣は見えないし、科学的計測も出来ません。 でも、患者さんの体表観察をしていると、はっきりと氣の偏在が感じとれます。 その感性を窓の外に広がる世界に向けてみると、ほら、氣が充満しているのが感じとれますよね。 特にキュウリ&ミニトマトの子供たちがいるベランダ菜園には、気が濃厚に集まってきています。 子供たちがいるから、氣が集まってくるのか? 氣が集まってくるから、子供たちがすくすくと育つのか? なんだか玉子とニワトリの関係みたいだけど、そこは陰陽 太極図でしょう。 赤ちゃんが生まれる・・・もっと遡れば、妊娠するのも氣の集まりが関わっていますよね。 だって、西洋医学でいろいろやっても妊娠できなかったカップルが鍼治療を始めた途端に妊娠できた!なんて例は珍しくないですから。 鍼は氣。 最近の若い人たちは気もそぞろな人が多いから・・・こりゃぁ「いじわるじいさん」のパクリやけど(;^^)ヘ..  鍼治療をすれば、そぞろだった氣が整ってきて、卵にも精子にも受胎力が蘇ってくるんじゃないかしら。 そうかぁ だったら我が家のキュウリ&ミニトマトたちにも鍼をしてやれば・・・(どこにすんじゃいな?) ウルトラQの世界のやうに・・・ある日、「大阪に突然、天にまで届く超巨大キュウリとトマトが出現しました!」とニュース速報が流れたら・・・あの先生、とうとうやっちゃったのねって呆れ果ててくださいね。 前世物語 美子レポート       奉仕について  昔々、日本の涼しいところに、アヤメという女性がいました。彼女は巫女をしていました。毎日、太陽が昇るのを見ながら森の中の洞窟へと向かいました。コラという所です。いつも清々しい気配で満たされている所です。  そこでは白い服を着た女ばかりが草を叩いてお供え物を作っていました。長老のババさまはちょっと怖い方でした。水といろいろな食べ物を神棚に供えます。そしていつもみんなで祈ります。小さな光がチラチラと行き交いました。  アヤメの夫は侍です。警察のような仕事をしていて、いつも偉そうに威張っています。でも家では楽しい人でした。名前は木村吉右衛門と言いました。彼は「今の夫」です。彼女は夫のことがとても好きでした。夫と楽しく話をしていると、とても幸せでした。夫の好きなカボチャを炊いて、いつも夫の帰りを心待ちにしていました。  吉右衛門はよくコラに来てくれました。みんなにいつも楽しい話をしてくれました。アヤメと夫はコラの神様が縁えにしの糸を結んでくれたのです。  アヤメは六十九歳の時、胸の病気になりました。死の床で彼女は振り返りました。 「死ぬのは悲しくはありません。楽しい人生でした」  息子と嫁と孫の男の子が看取ってくれています。アヤメは夫のことを思い出しました。  彼女が四十九歳の時、夫は後ろから刺されて死にました。 「あの時は悲しかったなぁ。何も考えられなくなりました。でも、死んでからも夫がそばにいてくれているのがわかりました。それからは頑張って畑仕事や縫い物をしました。苦しい生活だけど、苦しいとは全然思いませんでした。だってコラの神様がついてくれているし、毎日を感謝していたから乗り越えることが出来ました」

2014年5月22日木曜日

おはようさん 2014.5.22.

木曜日の午後は藤本漢祥院で研修&鍼治療です。 今日は癌患者さんの刺絡のお手伝いをさせていただきました。 先週、大八木先生が刺絡のアシストをしているところを間近で見学させていただいていたので、今日はあわてることなく? いざ鎌倉! で、がんばらせていただきました(それでも背中は汗でグッチョリになりましたが(;^^)ヘ..) 実は今朝の外来で、これは刺絡やな!と迷いに迷った患者さんがいました・・・結局、思いとどまってしまいましたが。 きっと神さまが、ほら! 刺絡やりなはれ!って背中を押してくれているんだ・・・と感謝しながら、患者さんの指先を絞っていました。 この患者さんはお医者さんの奥様で、いろんなことをおしゃべりしてくださいました。 頑張りすぎて病気になってしまったこと。 病気になって夫が変わってくれたこと。 不安もあるけれど、今は蓮風先生を信じているから大丈夫のような気持ちになれていること。 癌治療はどれもアグレッシブで好戦的です。 手術も、抗ガン剤も、放射線治療も、免疫療法も・・・癌との戦争です。 戦時下だから国民は忍従を強要されます。 辛くて当たり前。苦しくても文句など言うな。安らぎなど欲しがりません勝つまでは。 一転、ホスピスになると、すべてにあきらめが漂っています。 まるで癌の奴隷になりさがったように見えます。 蓮風先生の癌の鍼治療を見ていると、戦争でも奴隷でもありません。 生命力を補い、整えて、善きレベルにまで調和させると、癌はもう戦争を仕掛けてはこないのです。 これは自然の理です。 例えば、緑膿菌はとても怖れられていた病原菌です。 感染初期は確かに緑色の膿がモンスターのようにあらゆる組織を破壊し尽くしていきます。 でも、次第に毒性が弱まっていって、最後には日和見化・・・生体と共存状態になってしまいます。 なぜか? 戦争を続けると、連戦連勝でもいつか敗れて滅び去ってしまうことを知っているからです。 鍼治療を受けている癌にも、この自然の理が働いているように思えます。 もちろん、患者さんの精神状態や人間関係、経済状態や仕事のストレスなどさまざまな要因が癌を強めたり弱めたりするので、鍼治療も100%の癌治療効果を得られることはありません。 しかし、従来のどんな癌治療方法の根幹に流れている「癌との戦争」というベクトルとは全く異なったベクトル・・・癌より元気になって、癌を乗り越えてしまうのが鍼治療だと思います。 そんな刺絡繋がりでかしらむ? 今日もいつもの筋縮(GV8)への鍼と共に、うなじへ刺絡をしていただきました。 「肩の荷が下りる」 この言葉がぴったりの、とても心地よい脱力感に充たされています。 どうやら刺絡の神さまに見初められてしまったのかな・・・それもよし、それもうれし。 また、明日からがんばりましょう(*^^)v 前世物語  許し、信じること、愛は性善説の魂の本質の一部でもあります。悲しみや憎悪などのネガティブな状況からこれらに気づくためには、多少とも魂の光が顕在意識に届いていることが必要だと思います。悲しみや憎悪のネガティブな暗黒の世界に全く光が射し込んでいなければ、ただ行く当てもなく彷徨さまよい続けてしまうことになりかねません。心の窓がわずかでも開いていることが必要なのです。  先生のワークでも過去生で死を迎えた後に、強いネガティブな感情にとらわれてしまって肉体の死に気づかない人もいます。悪霊だとか幽霊スポットだとか言われているものの多くは、ネガティブな感情エネルギーに溺れてパニックのまま彷徨っている肉体を持たない意識体なのです。すでに肉体は朽ちてしまっているのに生きていた時と同じように、魂をネガティブな感情エネルギーで厚く覆いつくしてしまっている状態にあるのです。このような状態は死後、肉体を離れた時のわずかな間に起こり得るものですが、肉体を離れると時間軸からも離れますので、人間界から見ればあたかも長い時間が経ったように見えるのです。何十年、何百年呪い続けてきた・・・などと言っても当の死んだ人からすれば、つい今しがた、のことなのです。先生のワークでもこのような『幽霊』になった過去生に降りることがあります。ほとんどの場合はその過去生の意識体に話しかけて死んだことを理解させると落ち着きます。自らネガティブなエネルギーを手放してくれるのです。すると魂が顔を出してくれますので、後はいつものとおり光へと戻っていけば良いのです。先生によれば、時には過去生の意識体に対して更に過去生退行しなければならないこともあったそうです。過去生で死後にネガティブなエネルギーを手放せない原因が別の過去生に強く関係していた場合だそうです。ただそのようなことは滅多にないそうです」  先生は目の前で幽霊の手つきをして笑っています。 「私は真面目にやっているのに・・・でも、話がちょっとずれちゃっているかな」  私は笑いながら知らんプイの顔をして続けました。 「悪を犯される人は心の窓が開きかけている人です。例え心に厚い雲が広がっていても、雲の切れ目から光が射し込んでいる人です。善なる魂の声が僅かでも聞こえてきている人なのです。悪に犯されネガティブなエネルギーが心を満たしていきます。しかし、どこからか『許し、信じ、愛しなさい』と言う声が聞こえてきます。顕在意識と魂は心の中で強く葛藤し続けます。何度も何度も人生を繰り返すうちに魂は『許す・信じる・愛する』ことの気づきを得ていくのです。そして心が開かれていき、魂の光が大きく人生を照らすようになるのです。  心を開いて魂の光と共に人生を歩んでいても二元性の世界を生きているのには変わりありませんから、悪はいっぱいやって来ます。神様に試されているのか、神様は私を見捨てられたのか、と思うかもしれません。人間界に生きている限り『愛』を試されるのです。そして『愛』を学び続けるのです。この人間界に完全な愛はありません。生きている限り、愛の何かを学んでいるのです。そして『愛』を完全に学び終わった時、『愛』によって人間の二元性が統合されることでしょう。魂は光へと戻り、再び人間界に降り立つことはないのでしょう。その魂は光の奥へと進んでいき、そしてまた別の知恵に満ちた世界へと旅立つのです」 「愛によって統合された世界とはどのような世界なのだろうね。二元性、つまり善悪を超越しているはずだけど想像もつかない世界だなぁ・・・。ワークで光に尋ねてみたこともあるけど、どうやら人間の理解を遥かに越えた世界のようで、いつもうまく表現できないんだよ。私たち人間の魂レベルでは及びもつかない世界なのだね。  でも、それはそんなに遠い世界ではないと思うんだ。今は遥か彼方に思えたとしても一瞬でもそこに辿り着ければ、そこはすぐ隣の世界になることを私たちは今まで学んできたのだからね。科学の進歩と同じように、これは知恵の進歩だね」  先生は嬉しそうに笑いました。 「さてそろそろお終しまいにしようか。今日の一言、は何かな?」  私はグチャグチャになったメモを見返しながら答えました。 「悪い魂、汚れた魂はいない、ですね」  先生は私を拝むように柏手を打ちながら大笑いしました。私もつられて大笑いしました。ふたりの笑い声が二元性を越えた愛の世界を開闢かいびゃくしていくかのように響き渡りました。

2014年5月21日水曜日

おはようさん 2014.5.21.

日、医院へ前世療法のお問合せ電話がありました・・・ 「主治医の先生が、貴方の病気が治らないのは前世に問題があるからじゃないか?」と言われたと。。。 スタッフは「まず前世療法についての本を読まれて、こういう療法なんだなってちゃんと理解した上でご希望なら再度、お電話下さい」と答えました。 前世療法を受ける場合、まずどんなことをするのか? どんな結果が期待できるのか? くらいは理解しておいていただかないと、催眠状態を維持することすら出来ません。 たま~に「催眠にかかったら意識をなくして、前世療法なるものが終わって目が覚めたら、病気は治ってる」なんてトンデモナイ誤解をされている方もおられます。 それは催眠じゃなくて、洗脳! そんなトンデモ治療をご希望の方は新興宗教へどうぞ デス。 それにしても・・・病気が治らないのは前世に問題があるなんて言う医者がいるなんて(°0°) きっとこの医者はスピリチュアルを気取っているんでしょうねぇ 桑原&桑原 確かに前世療法で原因不明の病気が治ることはあります。 その「原因不明」・・・果たして本当に原因不明なのかな? 病気や症状を東洋医学的に弁証してみたのかしら? 精神医学的にはどうかな? 病歴や日々の生活を詳しく聞き取れているのかしら? 体表観察はちゃんと出来ているの? ・・・ そこまで詳細に診て、はじめて「原因不明」と言えるのです。 不幸にして、世の中にはさまざまなスピリチュアル病名がはびこってしまいました。 アダルトチルドレンしかり、インナーチャイルドしかり・・・ カルマも原罪も輪廻転生も・・・しかりです。 とても多くの人たちがスピリチュアル病名に逃避&依存している姿を見てきました。 悲しいかぎりです。 聞く耳持たぬ人ばかりですので、救いようがありません。 そしてとうとう医者がスピリチュアル病名で患者さんの人生を殺してしまうまでに堕ちてしまったのでしょうか・・・今日は一日 こころが重く沈んでしまいました。 光の前世療法は、どんな難病や癌でも治す力があると思います。 その病気は人生の大節目であって、このままだと死ぬけれど、ここで気づけば生きる道が歩める人だけ、光さんが導いてきてくれるからです。 治る人しか来ない・・・ちょっとずるいけど、すべては光さんのこころの内です。 私の光の前世療法は世界最高だという揺るぎない自信があります。 光さんとの仲はすでに不惑の境地です。 剃髪した時から、この命は光さんに預けています。 光さんを信じるこころ、自分を信じるこころに陰りが見えた時、光さんはこの命を絶ってくれることでしょう。 病気の治し方を光さんに尋ねた時、もし東洋医学的な弁証が足りなかったり、体表観察で見落としがあったら、光さんは「奥山先生に聞きなさい」と答えてくれます。 光さんとのチーム医療ですね。 「神との対話」から「神と共に治療」へ。 もうすぐ大きく羽ばたきそうな予感がしています。 がんばるんばっ☆彡 前世物語  性善説の魂にとって、そんな大悪人の人生を送っている間は堪え難い苦しみ、辱めを感じていたかもしれません。いくら叫んでも肉体の主は性悪説の顕在意識ですので全く聞く耳を持たずに無視され続けました。でも、肉体を離れると魂は自由になります。大悪人の人生を終えたばかりの魂は良い体験をしてきただけであって、マスターの下でその悪しき体験の報告はするでしょうが、もうマスターと魂の間には喜怒哀楽などの人間的な感情など存在していません。確かに人間的な感情は死後、光の中へと帰っていく初期にはまだ残っているかもしれません。この光への帰り道は心だと定義しましたが、今、終えたばかりの人生で受けた感情的なネガティブなエネルギーが強すぎると、心の中で立ち往生してしまうこともあります。そんな時にはマスターが降りてきて今の人生を振り返りながら、魂のネガティブなエネルギーを浄化するのかもしれません。この心の中でのネガティブな感情エネルギーの浄化は人間の顕在意識から見れば『人生の反省』に見えるかもしれませんが、魂からすれば人間界での泥を落とすだけのことなのです。先生は、マスターが風呂で背中を流してくれるようなもの、だと言いました。『人生の反省』と言われると、もうそれだけで気持ちが萎縮してしまったり迷いが深まったりして、この人生の今の一歩をますます踏み出せなくなっている人がいますが、先生はそんな人たちに『そんなに大したことじゃないから心配しないで気楽に生きましょう』と言われています」  先生は大きく頷きました。私は微笑みながらテーブルの下から缶コーヒーを取り出して一息入れました。先生も微笑みながら手を出します。私はもう一本取り出してプルを引きました。そして先生の優しい手に渡しながら話を続けました。 「これで、悪人でさえ存在価値がある、という説明はできたと思いますが、悪を犯した人からしか見ていない、と指摘されるかもしれません。『悪を犯された人はどうなるのか?』ということです。顕在意識は悲しみ、絶望、怒り、憎悪・・・全てのネガティブな感情を体験することでしょう。そんなネガティブな感情から何を学ぶのか? 先生のワークで得られた答えはやはり『許し』です。そして、許しは『信じること』から『愛』へと続きます。悪を犯された人はみんな許しを学んでいると言ってしまってもいいようです。  では、悪を犯されることから許しを学んでいる人たちとはどんな人たちなのでしょうか?

2014年5月20日火曜日

おはようさん 2014.5.20.

甲状腺腫瘍を阪大で全摘して、放射線療法&抗ガン剤治療を受けた患者さんを診ています。 抗ガン剤投与されてから、目に見えて体力&氣力の衰えが著しく、ほとんど食べられずに歩くのもやっとになっていました。 血液検査でも、手術&抗ガン剤治療の前は正常だった腎と骨髄機能が急激に悪化していて・・・ おいおい! 阪大のデジタル・ドクター諸君! このままやと死んじゃうでぇぇぇ 今日、藤本漢祥院の蓮風先生に診て頂きました。 まだ大丈夫やから、先生のところで(夢分流打鍼の)火曳の鍼と心脾に軽く打鍼をしたらええ と教えて頂きました。 蓮風先生の「大丈夫」のひとことから一騎当千のパワーを頂けます。 この数日間、明らかに酷い腎虚が元凶でしたので、照海に補法鍼、神闕に補法灸をして、それなりの効果を得ていました。 治療はいくさと同じです。いのちの遣り取りです。 だから、迷いや焦りがあれば・・・負けです。 鍼灸でも同じです。迷いは術者の氣を弱めます。 神の手が神の手であるためには不惑でなければなりません。 蓮風先生の「大丈夫」のひとことが「神」をもたらしてくださるのです。 医学を伝える・・・知識を伝えること、弁証の仕方を教えること、手技を伝えること・・・だけではありません。 一子相伝じゃないけれど、この人だと直観した師匠から学び、此奴だと神に導かれてきた弟子に伝授する「神」が加わってはじめて、医学は人の波動と完全にシンクロするのだと・・・気づいた今日でした。 氣とは神の風なり 神とは氣の命なり 前世物語 神様が人間を様子眺めしているということは、人間が二元性の苦しみの中でもがき苦しんでいることはとりあえず良いことなのです。魂の本質は善だとしましたが、肉体を持って人間となる時には学ぶべき課題に沿った悪を秘めて生まれてくるので人間は性悪説です。そして人間の顕在意識と魂の間に心があります。心は魂と顕在意識を結ぶ窓であり、過去生退行では死後、死体の上に浮いた時から光の中に入るまでの空間に相当します。  性悪説の顕在意識だけで生きている時、人間は人生に何の疑問も持ちません。人間界自体が性悪説で流れていますので、顕在意識だけで生きた方が流れに逆らわずに上手に生きていけるかもしれません。学ぶべき課題を忘れてしまった人たちです。ただ、誤解してはいけません。このような人たちでさえ、生きている、この世に存在している価値は十二分にあるのです。映画で言えば、セリフのない俳優さんたちに当たります。彼らなしには性悪説の人間界の流れが維持出来ないのです。心を完全に閉ざして心の存在すら忘れて、ただ性悪説で人生を生ききってみることも魂にとっては良い経験なのです。物理法則を実験的に得ようとすると無数の失敗を繰り返します。無数の失敗の中からキラッと光るものが見えるのです。失敗が多いほど美しい法則が導き出せるのです。気づきとは宇宙の根本法則に触れることです。深い気づきとは美しく単純な宇宙法則に触れることなのです。そんな気づきを得るためには、まず無数の失敗体験をしてみることが必要なのです。  性悪説を極めていけば、ある人生で大悪人の人生を選んでしまうこともあるでしょう。多くの人を不幸のどん底に陥れるような人生です。大悪人の人生を生きていると、さすがに性善説の魂が悲鳴を上げます。しかし心の窓がしっかりと閉じていて顕在意識には聞こえません。魂と顕在意識との間に無限に思えるような厚い黒雲が立ちこめているので魂の善き光が人生を照らすことも出来ません。そして悪人のまま人生を終えるのです。  そんな大悪人の人生を終えた魂は『マスターの下で今、終えたばかりの人生を見せつけられ大いに反省させられる』と言われてきましたが、先生と私はちょっと違った解釈を組み立てました。

おはようさん 2014.5.19.

最近、お風呂 de Kindle で隆慶一郎さんの時代小説を興奮しながら読んでいます。 隆さんの作品は20年くらい前に、やはり興奮しながら読みあさったことがあります。 今回、ふとしたことでマイ・リバイバル! 私にとっての時代小説は「隆慶一郎」ただひとりでございます。 隆慶一郎をググると・・・(Wikpedia) 隆の小説作品の特徴は、人物描写でもとりわけ男の生きざまや人情を書くのに非常に秀逸な点が第一に挙げられ、その内容も大衆文芸としての要所を確実に抑えつつも極めて良質な仕上がりを見せている。また、網野善彦らの中世近世史研究を大胆に取り入れ、これまで描かれなかった非農業民を中心とした庶民の歴史を描くことに成功している。 彼の作品の中で一番好きなのは「死ぬこととみつけたり」 葉隠れを題材にしています。 今、読んでいるのは「一夢庵風流記」 どちらも「死人(しびと)」を描いています。  武士たるもの、かくあらん に魂が震え立ちます。 死人は、生死を超えて、ただ生きがい・天命に忠実に突き進む生き様を見せつけてくれます。 今、なぜ再び「隆慶一郎」の死人作品を読みたくなったのか・・・ きっと以前より私自身も死人に近づけたからじゃないかな、と密かにほくそ笑んでいます。 死人は死に場所を求めています。布団の上で死ぬなどまっぴら御免。 いくさ場で死ぬことを切望しています。 ここで間違えてはいけないのは、死にたいとも生きたいとも思っていないことです。 いくさの中でしか自分の存在が存在することを自覚できない・・・ いくさの中にいる自分がホンモノの自分だと知ってしまった・・・ いくさで生きるも死ぬも天の知るところ。 己はただ自分自身を生ききるのみ。 それが天命であり、天職であり、生まれてきた意味であり、死してこの世に何かを遺す意味なのです。 (こういう書き方をすると、真意がくみ取れないで曲解する人もいるだろうけど・・・) 死人 そう「いくさ人」には、今の世ではなかなか出会えません。 人生を振り返ってみても・・・いない・・・坂井信幸君くらいかなぁ。 そして、藤本蓮風先生も「いくさ人」の匂いがプンプンしています。 鍼狂人。 たしかに「いくさ人」です。 男が男に惚れる。男惚れ。 それがいつまでも続くなんて思ってもいない。 なぜなら互いに「いくさの中」に生きているから。 もし互いに槍の穂先を立てあえたら、最高の死に場所になるのだが・・・なんて本気で思ってる。 「いくさ人」は縄文人です。 ヤマト 伊勢神の弥生人は死人にはなれません。 「いくさ人」は出雲神の末裔です。 神々とも、天命とも常に「いくさ」し続けながら生き、死んでいきます。 神々と戦い続けながら、神々からの使命を果たさんと生き、死んでいきます。 縄文人の狩猟とまさしく同じです。 だから、熊も鹿も神の化身なのです。 宇宙の風を、大地の鼓動をより感じ取った方が生き残る世界です。 そして、死した方も大いなる歓喜の中にいるのです。 (このあたりは・・・蓮風先生にしかわからないかも。わかった人は、あなたも「いくさ人」かも) 私もやっと、患者さんの百会を介して、その人の宇宙を感じ取れるようになってきました。 これからどんないくさが待ち構えているのか? それを思うとワクワクしてきます。 前世物語  さて人間世界の法則を見てみましょう。善悪、損得、優劣・・・二元性を如何にコントロールしようか、と人間は苦心惨憺してきました。人間が法則を作る時、必ず二元性が入り込みます。人間社会が複雑になるほど、人間の作りだす法則は複雑になり美しさを失っていきます。自然の掟を無視して宇宙の法則を乱すのです。  宇宙の法則の微かな揺らぎは地球を瀕死の状況にまで追いやります。それでも人間は二元性の世界を謳歌しています。善悪が地球を厚く厚く包み込んでいます。神様がその気になれば、バベルの塔を破壊したように自然の掟のほつれを直すことなど訳ないでしょう。でも今のところ、人間が罪から学ぶのを愛でておられるようです」  私はつい神様という言葉を使ってしまいました。先生は私の目を読んで言いました。 「いいんだよ、美子さんが言っている神さまは日本人特有の八百万やおよろずの神様だろう。ここは日本だからね、ともかく今日はファジーに日本の神さまと言うことにして話を続けてください。この話は各人各人が自分の信じる神さまを当てはめて考えても、そんなに違いはないだろうから。いい加減なようだけど私の神さまはとてもファジーなもので、どうも杓子定規に考えられないんだ」  先生の神さまはギリシャ神話の神々がベースのようです。そしてここ数年、神道にも詳しくなったようです。ワークの部屋には神社の御札が置いてあります。朝、先生がブツブツ言いながらお祈りしている姿を何度も見かけました。柏手かしわでが素人ではありません。後で何をお祈りしていたのか、聞いてみたことがあります。 「禊みそぎ祓はらいの詞ことばだよ。柔道着の黒帯をギュッと締めるようなものかな。今日も良いワークが出来ますように、ということだよ。祝詞も勉強したことがあるのだよ。だからね、神社でお祓いをして頂く時、神主さんの祝詞がよくわかっちゃうんだ。この神主さんは真面目にやってくれているな、とかね。今度一緒に神社巡りに行こうか。楽しいよ」  なんてバカなヤツなのでしょう。私はおかしくて大笑いしました。先生も笑っています。でもフッと先生とタンデムして神社巡りをしている私の姿が浮かんできました。深い森の中の神社に着いて青色のヘルメットをとった私です。私は笑いながら頭を振りました・・・まとまっていた髪がサラッと美しく揺れて長く広がりました。 「私の髪が長いの・・・? そう、きっと先生にそそのかされて髪を伸ばしたのだわ・・・私って単純ね」  そんな思いを振り払うように私はもう一度頭を振って話を続けました。

2014年5月18日日曜日

おはようさん 2014.5.18.

今日は北辰会のお勉強&実習でした。 先週、漢祥院の蓮風先生にご紹介して診て頂いた狂燥の女性は、やはり手指先の刺絡と照海への補法鍼だったそうです。 今朝、蓮風先生が会場に来るなり「この前の方、とても良くなって、昨日はおひとりで来られましたよ」と教えて下さいました。 あの狂燥状態だった方が3回の鍼で普通に戻るなんて! 運命の神さまが微笑まなかったら、今頃は精神科の薬をたっぷり飲まされて・・・人生が終わっていたかもしれません。 もちろん狂燥に至った根本原因に、これから本人も家族も向き合っていかなくてはならず、そのストレスを考えると、これからもずっと定期的に蓮風先生の鍼を受け続けなければなりませんが、それでも精神薬漬けになるよりはいいでしょう。 今週初めの狂燥の5人の方々の中には、運命の神さまが微笑まなかった方々もおられます。 神さまが誰に微笑んで、誰に微笑まないのか? 私にはさっぱりわかりません。 愛でも、幸でも、笑でも、輪でも・・・もちろん財でも位でも奉でもありません。 その答えを追い求めて、難行苦行の末、我死を何度も乗り越えた先に聞こえてくるのは きっと「面白いから」でしょう。 光さんの口癖「今を楽しみなさい」の奥底には、光さん自身の そんな残酷な「面白いから」の笑い声が響いているのです。 そんな難しいこと、神さまの虚無の影に近づきすぎたせいでしょうか? 最近、自分の顔色の悪さに「そろそろ・・・かな」と覚悟を決めていました。 目の下のクマが末期癌患者さんにしばしら見て取れるクマによく似ていたからです。 今日の北辰会定例会の午後の実習で、蓮風先生に被験者になるように指示されました。 蓮風先生にじっくりと体表観察していただいて・・・ 「筋縮(GV8)か神道(GV11)への鍼かな?」と思っていたら・・・ 後頭部 風府(GV16)ー瘂門(GV15)の辺りにツンツンツンツンと刺絡をしていただきました。 (さすがに自分では見られない・・・残念) 邪血を絞り出していただいていると・・・あら 不思議 鼻腔がペパーミントのような爽やかな香りに充たされてくるじゃぁありませんか! これは邪熱が一気に解放されていくために起こった幻臭ですね。 それくらい邪熱が抜けていくのは快感でした。 痛み? まったく感じませんでしたよ。 刺絡が終わると、実習の先生方が一同に「顔色がとても良くなった!」と驚いていました。 血が昇ったような赤ら顔+瘀血のくすんだ黒色がきれいになくなってしまったのでした。 トイレの鏡で自分の顔を見て、確かに納得! 気になっていた顔色の悪さ・目の下のクマがなくなっていました。 刺絡 恐るべし(*^^)v これも運命の神さまの微笑みでしょう。 蓮風先生に今日、刺絡をしていただかなかったら、脳卒中で倒れていたかもしれません。 癌が免疫防御を破って、初期癌への増殖を始めていたかもしれません。 さすがに帰宅してからもずっと眠くて眠くて・・・今夜は早く休みましょう。 私の中で、刺絡が解禁された日となった今日という日でした。 前世物語 「すばらしいよ、美子さん。ここまでの考察は見事だよ。花マルあげるから、そのままレポートにして おいてね。出来たら私が責任者としてサインしてあげるからね。さあ、ここからは一緒に考えていこう ね」 「先生はどんなことがあっても私を守ってくれるんだ」  私はそう実感しました。先生の勇気と骨太の愛が私の心の中にストーンと入ってきました。何の抵抗もなく、何のためらいもなく・・・。 「この世の人間はすべて罪を犯す可能性があるのだね。それは原罪論の『人間は生まれながらに罪深きもの』そのものだと言えるかな。私はクリスチャンではないのでキリスト教の原罪はよくわからないんだよ。わからないことを持ち出すのはよくないから、ここではキリスト教以前のギリシャ哲学的に考えていこうね。  『人間は生まれながらに罪深きもの』は真実だとしよう。そしてこのワークからわかったのは、人間は人生から多くを学ぶが、その学びとは己の罪からでさえ学ぼうとするほど貪欲な本質なんだね。  美子さんは、人間が罪を人生に練り込まなかったら罪から自由だから人間の本質は性善説だ、と言ったけど、私もそれは正しいと思うよ。この人間の本質とは魂と言い換えても良さそうだね。つまり魂の本質は性善説なんだ。  さてこの世の中をもう一度、性善説の魂の目で見てみよう。ウッ・・・吐き気がするよ。ひどいもんだね。悪意と偽善、嘘と欺瞞が渦巻いているよ。考えられるすべての罪がショーアップされているよ。こんなところに魂は何しに来たのだろうね。よほどの決心がないと来れないよ」  先生はダンゴ鼻をつまみながら言いました。私は笑いながら何かが閃きました。先生はアレを言わせようとしてる? そう思いながら私は続けました。 「この鼻つまみの世界の元凶は人間です。人間がいなければ、植物も動物も悠久の時の中で調和して生きていくことでしょう。いえ、人間だって自然の一員として調和して生きていた時代もありました。すべてが調和している世界では罪はありません。生きるために植物や動物を殺しても罪ではありません。そこには罪の意識がないからです。罪の意識がない世界は善悪のない一元性の世界です。例えば動物にとって弱肉強食や適者生存は善でも悪でもないのです。生後間もない子鹿を襲ったライオンが他の動物から非難されることはありません。私たちは人間界から見れば罪に当たることでも、動植物界の中では自然の掟と呼んで我々の罪の意識の外へ置いています。自然の掟の中では罪はその存在を保てないのです。なぜなら自然の掟にすべての動植物が従っています。すべての動植物が従う根本法則が例え罪だとしても、そこにはもはや罪の意識は存在しません。罪は存在し続けられないのです。そして自然の掟は宇宙の法則の一部でもあるのです。  物理法則に善悪はありません。しいて言えば物理法則は美しく単純だということです。弱肉強食も適者生存も、この地球の動植物たちを見ていると美しく単純な法則で調和しています。物理法則が美しく単純であるためには法則に仮定や例外があってはなりません。物理法則は一元性の中になければならないのです。

おはようさん 2014.5.17.

今日の土曜外来はとってもスムーズに流れて、お昼過ぎには終了! 午後から、美輪明宏さんのエディット・ピアフ物語を観てきました。 美輪明宏さんと言えばシャンソン。ピアフをどのように聞かせてくれるのか、興味津々&ワクワクがいっぱいでした。 大竹しのぶさんのピアフ物語も以前、観ました。 いつものことながら大竹しのぶさんの演技力に酔いしれました。 驚いたのは、しのぶさんの歌唱力です。 鳥肌が立つくらい痺れるピアフでした。 さぁ 美輪明宏さんと大竹しのぶさんの脳内対バン! 結果は? ・・・ 今日もカーテンコールでは会場全体がスタンディングオベーションでした。 ただ、私の感想は ☆ 星ひとつ(もちろん私は立ちませんでした←自分に正直でありたいので流されません。美輪明宏さんファンの皆さん、ごめんなさい) 評価は良い・悪いじゃなくて、感性の相性の問題ですから・・・もう一度、ごめんなさいね。 (ちなみに大竹しのぶさんのピアフは満点の☆☆☆ 星みっつでした) どこが響かないんだろう? と一幕目から考えてました。。。 大竹しのぶさんは I'll be Piaf 美輪明宏さんは I am Piaf 二幕目で思いました。 一生懸命さ と 余裕  そして、これは・・・ お前は神に近づきたいのか? それとも、神になりたいのか? という究極の問いかけでもあります。 神さまになってしまえば、余裕です。 神さまに近づこうとすれば、一生懸命に努力しなきゃいけません。 これは誰にでも当てはめることができます。 例えば、鍼灸の神さま・・・ 鍼灸の神さまに近づこうと日夜鍛錬研鑽することは一生懸命です。 鍼灸の神になったと思えれば、余裕です。その余裕が思わぬ力を発揮してくれます。 蓮風先生は私にとっても、北辰会の鍼灸師さんたちにとっても鍼灸の神さまです。 でも、蓮風先生ご自身は更に鍼灸を極めようと一生懸命に努力されています。 神さまが一生懸命に努力されるので、人智を越えた氣が湧き出てくるのは当然ですね。 ピアフの人生は・・・客観的に見ればボロボロです。 でも、彼女にはいつも歌がありました。 天性の歌の才能です。 人生につまづく度に、死が間近に迫ってくる度に、彼女は歌に救われました。 生きている(生かされている)ということは、私の歌を必要としている人たちがいるってこと これも誰にでも当てはまることですね。 どん底に落ちても、最悪最低な時でも、生きている(天に生かされている)ということは、何かの使命が残っているということです。 だから、まだまだ大丈夫だということです。 神さまは見放していない。だからがんばれ!ということです。 でも自分には歌もない、才能もない、何もない・・・いえ、気づいていないだけです。 宇宙の法則のひとつに、価値のないものは存在しない というのがあります。 何らかの価値があるからこそ、今、ここに存在している(生きている)のです。 どん底、最悪最低な状況は、その価値に気づくためのチャンスです。 自分の価値に気づけば、新たな道が開けているのが見えてきます。 病気も同じ。 例え末期癌であっても、そんな今の自分にも価値があるし、使命があるのです。 その使命を果たせば、神さまから明日の死を賜るかもしれません。 価値に気づかず、使命も果たさずのままでも明日の死がやって来ます。 同じ死だけど・・・まったく違う死です。 天命を果たして、生まれてきた意味を全うして賜る死をイメージしてみてください。 天晴れな気分 充実感でいっぱい 笑顔がこぼれてくる・・・そんな死です。 何もできなかった、しなかった死は、不安・恐怖・悲しみ・・・に飲み込まれてしまう死です。 天晴れ&笑顔な死を迎えると、輪廻転生を超越できます・・・今生の懺悔も来世への期待も極楽往生も意識に上がってきませんから。 いろいろと考えさせてくれたピアフ物語でした。 前世物語 『あなたの人生の計画は誰が作りましたか?』と問うとほとんどの症例で『私が計画しました』と答えます。自分の人生計画を練っている時に罪を犯しやすい設定にすれば、実際にその人生で予定通りの罪を犯すことでしょう。そしてその罪から多くを学び、津波のように自らに押し返してくる罪の波紋を実体験できるのです。もし罪を犯さない設定にして計画すれば、罪を犯すことなど考えられない人生を歩むことでしょう。罪など犯す人のいない世界をパラダイスだとすれば、その住人は罪の実地練習から学ぶことを卒業した人たちばかりなのかもしれません。私たちのレベルから見れば、もう罪を具現化しなくてもシュミレーションだけで学べるレベルの人たちだと言えますし、魂のレベルから見れば肉体を持ちながら心の窓はいつも全開で光に満ちている人たちが集うところなのです。  そう考えていくと、私たちのこの世界が善悪入り乱れ絶えることなく罪が生みだされ続けているのは、罪からたくさんの学びを得るためなのです。私たちは各々が自分の人生計画を練っている時に、罪の犯しやすさとその罪の内容について自由に選べます。  例えば罪の犯しやすさが軽度の1から重度の一〇までの目盛りがあるとすれば、罪の犯しやすさ9を選べば世の中が乱れきった戦国時代の盗賊の子供はどうかな・・・と神様に薦められるのかもしれません。同じように2を選べば、今のような平和な時代の平和な国の普通の家庭の子供を薦められるかもしれません。  このような目盛りは罪の犯しやすさだけではなく、罪の深さにもあるかもしれません。罪の深さの重度9を選べば戦国時代の将軍になって敵国の子女を虐殺する人生を薦められるかもしれませんし、軽度1を選べは些細な嘘で本当は誰も傷つけていないのに自分をずっと責め続けてしまうような人生を薦められるかもしれません。もっとも魂のレベルでは罪の深さはあまり意味のないことかもしれません。その罪から何を学んだか、どんな気づきを得たか、が大切であって、罪の深さはその学び、気づきのための単なる手段でしかないのですから。  このようにこの世に生きる人々は罪から多くの学びを得るために、すべてが罪の犯しやすさと罪の深さを人生計画の中に練り込んで生まれてくるのです。人生計画の中にすでに罪が練り込まれているという点では、この世の人間の人生は性悪説です。しかし、もし罪を人生に練り込まなかったら罪から自由だと考えると、人間の本質は性善説だと言えます。性善説は魂の本質であり、性悪説は人間の宿罪だとも言えます。『人は生まれながらに原罪を負っている』のは正しいのです。ただなぜ負っているのかと言えば、罪から学ぶためなのです。  これについてこのワークでは、『すべての魂は修行をしようとして生まれて来るが、その方法をあやまる魂はいる』が、それでも『悪人の道を選んだというだけ』であって『どんな魂でも悪人の道を選んでしまう可能性はある』と言われました。すべての人間が悪人の道を選んでしまう可能性があるというのは原罪論そのものだと言えます。  人間は人生の目的、つまりこの人生で学ぶべきことを抱いて生まれてきます。例え休養の人生でも『楽しむこと』等のなにがしかの目的があります。『すべての魂は修行をしようとして生まれて来る』とはこのことを示しています。もし罪の犯しやすさと深さの目盛りを共に1にしておいても、罪から完全に開放されているわけではないのです。だから・・」  突然、先生が私をさえぎって言いました。

2014年5月17日土曜日

おはようさん 2014.5.16.

今日は大阪で脳外科コングレスが開催されているので、午後にちょっと覗いてみました(専門医の更新点数稼ぎの意味が大ですが(;^^)ヘ..) 最先端の脳外科の発表の場ですが・・・これまで以上に「場違い」なエネルギーを感じました。 最先端の医療機器、最先端の研究・手術・治療法は確かに素晴らしいです。 30代の専門医を取った頃は、そんな最先端に胸躍っていました。 だから勿論、若い脳外科医たちには頑張って欲しいです。 場違いなエネルギーは、歳を取ったからかな? 否! この一年で鍼灸を通じて東洋医学的な見方が自分の中で大きくなったからです。 場違いに感じたのは、ひとりひとりの患者さんをしっかりと診て、毎日触れて、身も心も治していく東洋医学とデジタル&マニュアル&統計的有効率があまりに優先され過ぎてしまった最先端西洋医学との軋轢だと気づきました。 もちろん、私は今の東洋医学的診療が好きです。 そのために授かった神の手を誇りに思います。 会場ですれ違う同年代の脳外科の先生方の顔を眺めながら・・・目の輝き ワクワク感を失って、かわいそうだなぁ と思いました。 最先端を走り続けることは容易なことではありません。 例え教授になれたとしても、60代が近づくと息が切れます。 東洋医学は経験医学です。 60、70、80・・・歳を重ねる毎に医療が熟成されてきます。 最先端ではないけれど、最高峰に近づいていきます。 だから、いつまでも目の輝きを失いません。 ますますワクワク感が溢れてきます。 脳外科の学会に行きながら、今、歩んでいる東洋医学の道こそ、我が道だということを改めて神さまが示して下さった午後でした。 さぁ 明日からもっとワクワクしながら、がんばるんばっ☆彡 前世物語  答えは『魂が問題を選ぶ時、その段階で必要のある問題とない問題に分けて選ぶ』ようです」 「ありがとう、美子さん。ではそのままコメントもお願いしますね」 「これじゃまるで面接試験じゃないの。でもいいわ、私だって先生と同じくらい心臓に毛が生えているのよ。これでも学生時代は一発逆転、メンタツ・キラーの美子だったんだから。じゃぁ行くわよ、しっかり聞きなさいよ!」  そう呟きながら考察を始めました。 「罪は先天的か、後天的か? という問いかけは、性悪説と性善説にも相通じる問題です。そしてこれは哲学の永遠のテーマのひとつだとも言えます。人間は罪深きもの、生まれながらに原罪を負うものという概念さえこの問いかけに関係してきます」 「美子さん、そこからのコメントは慎重にね」  私の心に緊張が走りました。先生はいつも宗教とは距離を置いて話をしています。生まれ変わりを否定している宗教の方々でも、この過去生退行をしている方々は大勢おられます。ご自分の宗教は大事にされながら、心理学的治療として利用しているだけの方もいれば、宗教は形式的な儀式として残したまま過去生の存在を信じている方もおられます。 「あなたがどの宗教かはお聞きしません。どんな宗教の方でも構いません。例え過去生を否定するためにワークを受けようと思われていても構いません。あなた自身の宗教は大切にしていただいて結構です。でも他の人の宗教感にまで口出しするのは止めて下さいね」と先生はいつも言います。  私は水たまりを避けるようなステップを踏んで続けました。 「このワークでの答え『すべての問題は自分で作って、自分で解いている』の意味するところは、魂の罪は先天的でもあり後天的でもある、ということのようです。

2014年5月15日木曜日

おはようさん 2014.5.15.

今日は満月さん。 今週、押し寄せて来た狂燥の女性患者さんたちは、この満月を無事に乗り越えられるのかしら? と朝から気を揉んでいました。 幸いにして今日は曇り雨。 気温も平年並に戻りました。 昨日は散々だった狂燥症状も、今日は一転して落ち着いている方が多く、とりあえずホッとしました。 最も重症だった方は、朝から蓮風先生の漢祥院へお願いして、今日の午後から診て頂けました。 これも運ですね。 急性疾患の時、天が見放していない=運がある人は救われます。 この運 普段の信仰の厚さだとか、善人だからだとか、学歴や財産があるからとか・・・如何なる確定要素とも関係性はうかがい知れません。 善人だから救われる・・・ことがないところが、この世の儚さであり、生きる面白さなのかもしれません。 この狂燥の方も蓮風先生に「治る」と言っていただき、私もホッとしました。 私の今日の鍼は神道(GV11)へ。 こころを静める安心作用の穴です。 実は明日、もう一件、狂燥の方を初診することになっています(先日、家族から相談を受けました)。 これを含めて、今週の狂燥騒ぎで、私のこころもザワザワ&ヘトヘトでした。 さすが蓮風先生です。見事に本当の穴に鍼をしてくださいました。 いつもいつも感謝&感謝です。 神道の鍼がよく効いていて、今はもう何の心配もなく、狂燥の患者さんたちに向き合っていけそうです。 今日も蓮風先生の漢祥院へ末期癌の患者さんが初診されていました。 大学病院ではもう手立てがないので・・・最近は大学病院の先生から直接、紹介される癌患者さんが増えています。 そして、蓮風先生の鍼の効果が、腫瘍マーカーの改善・画像上の腫瘍サイズの縮小といった目に見える形で実証されて来ています。 私が鍼をしている乳癌末期のおばあちゃんも、抗ガン剤で抜け落ちていた眉毛が今は黒々と生えて、とても元気になってくれています。 癌には鍼が効く。 このことがもっと世に知れてくれると、鍼灸師たちももっと真剣に&命がけに勉強・研鑽して癌鍼に取り組んでくれるでしょう。 日本の鍼灸は末期癌をたくさん治しているらしい・・・世界中から日本の鍼灸を求めて、癌や難病の患者さんたちが集まってくる・・・そんな近未来を夢見ています。 前世物語 「そうだね、これは患者さんの前や講演会では言わないようにしておくよ。また良いのが思いついたら聞いてね。美子さんの批評には愛があるから落ち込まないけれど、看護婦さんたちは好き勝手なご批評をしてくださるから、それはもうガックリくるからね。これは内緒だよ、ただでさえ美子さんにだけは陰口を言うんだから、と釘を刺されているのだからね。バレたらまたお仕置きされちゃうもの・・・。さてと、他に質問はあるかな?」  看護婦さんたちから先生に内緒で言われていることがあるのです。 「美子さん、先生が毎日、すごいストレスを浴びているのがわかるでしょう。先生はそれをずっと外に出せないできたのよ。毎日毎日、先生を見ているとね、わかるの。それまでは今日の天気予報、みたいに先生の顔色を伺っていたこともあるのだから。それがあなたが来て以来、先生の心はとても安定したわ。何だか心に支えが出来たみたいなの。先生はあなたに心を全開にしているわ、それは私たちが一番よく知っているわ。美子さん、あなたが先生のストレスを開放してくれているの。ホントに感謝しているわ。あのままだったら先生は倒れていたと思うもの。だからみんなからお礼を言いたいの。ありがとう、美子さん、よく来てくれたわ。あんな先生だけど、これからもお世話、よろしくね」 「こちらこそ、ありがとうございます。私、がんばりますから、これからもいろいろ教えて下さいね。お陰で私の仕事がひとつはっきりとしてきました。先生の心の窓みがきと魂のランプの給油ですね。任せておいて下さい。毎日、患者さんをしっかりと照らせるように磨き上げときますからね」 「それとね、先生ね、悪口を言わないように自分を縛りつけているから、たまには私たちや患者さんたちの悪口を言わせてあげてね。美子さんには言うと思うの。溜まってくると毒になって心を蝕むからね。嫌な役目だけど、これは美子さんにしか出来ないの、だからお願いね」  私は質問を考えているふりをしながら、先日のレディ・ミーティングを思い出していました。そうとは知らない先生の方から尋ねてきました。 「このワークでは罪についてのコメントがあったよね。そのメモからちょっとまとめてみてくれるかな」  私はメモに矢印をしたり書き入れたりしながら報告を始めました。 「生まれる前にわざわざ罪を犯すことを計画したのか? それとも人生を歩む上での失敗が罪となったのか? つまり罪は人生計画に組み込まれていた先天的なものなのか、後天的なものなのか?  答えは『すべての問題は自分で作って、自分で解いている』でした。そして『悪いことをする、悪い人になる可能性がある、ということを含めて、その人生を選ぶ。その悪人になる方に行かなくてもいいし、それを選んでも、ただ課題となって残っていくだけのこと』だそうです。  次に『悪い魂、汚れた魂はいない』と断言されました。『すべての魂は修行をしようとして生まれて来るが、その方法をあやまる魂はいる』のだそうです。それでも『悪人の道を選んだというだけ』であって悪い魂ではないのです。そして『どんな魂でも悪人の道を選んでしまう可能性はある』のだそうです。  良い魂・悪い魂、出来の良い魂・出来の悪い魂の区別はなく、『魂は一緒』なのです。修業の早い遅いも関係ないのです。  それぞれの魂に必要のある問題とない問題があるのか?

おはようさん 2014.5.14.

一昨日、自律神経失調症・低血圧・貧血様めまい等で初診した女子高生さん。 西洋医学的には諸検査で異常なしと言われていて(←よくあるケース) 顔貌診だけで腎虚・血虚・脾虚がバリバリなのがわかりました。 脈診ても、舌診ても、腹診しても、腎虚・血虚・脾虚で肝も肺も心もヘロヘロで。 幸いなことに、肝鬱気滞や肝虚火などはなく「素直な娘でよかったぁ」→「はい、これなら漢方薬と鍼灸で治りますよ」と宣言できました。 真武湯:茯苓5.0;芍薬・朮・生姜各3.0;附子0.5(適量) を処方して、照海に補法鍼をして、百会に軽く瀉法鍼をして古い氣を抜いて、丹田に椀灸をして温かい♡な新しい氣を充たして初診を終えました。 今日の再診で・・・見違えるほど元気になってました。 頬がピンク色に染まって「生粋の女子高生!」に回復してました(まだ腎虚は残ってましたが) 朝のめまい&低血圧症状がすごく良くなったそうです。 たった一回の鍼灸でこれほど改善したので、看護師さんもビックリ(°0°) おほほのほ でした(*^^)v 梅雨の気配がひしひしと感じられるようになりました。 関節痛や首腰痛が急に増えてきました。 患者さんたちの腹診でも、湿が入り始めているのがわかります。 まだ湿邪にまでは育っていませんが、過食・運動不足・ネガティブ・うわさ&悪口・怒り&嫉妬 KYなどが強い人は直に台風のような湿邪:湿痰や湿濁や湿熱になってしまうでしょう。 今年は夢分流腹診&打鍼があるので、こまめに散らしていくことができます。 そう言えば、ほぼ毎日、腹診&打鍼を受けている患者さんたちが「若返ってきた」と言ってます。 身体の調子が良くなったせいでもあるのですが、髪の毛が増えた・太くなった、顔の皺が減った、(若い頃のように)便通が良くなった、よく眠れるようになった 等々・・・ さぁ 明日も善き気を込めて「お腹トントン」(と患者さんたちには呼ばれています)をしましょう。 前世物語 「プレゼントを考える時が一番ワクワクするね」  先生は私にそう言いながら、よくエスプリの効いたプレゼントをくれます。なんでも、あの学生時代から再会するまでの間の誕生日とクリスマスとバレンタインの数だけ、私は彼からプレゼントを受け取る義務があるそうです。それだけじゃありません。来年の分、再来年の分・・・おまけに過去生の時の分? つまり永遠にプレゼントする権利が彼にはあるそうです。そしていつしか彼のプレゼント病は私の心を冒してしまいました。ウインドウショッピングしていると、私の心が突然咳き込むことがあります。私はハートが苦しくて立ち止まります。するといつも目の前に素敵なプレゼントがあるのです。彼が驚く顔、照れる顔、喜ぶ顔、笑う顔がこの不治の病の唯一の妙薬なのです。  この不治の病はいつ発作が起こるか、わかりません。今も先生の講義を聞いていた私はこの発作に見舞われてしまっていたのでした。私は慌てて質問を探しました。 「L e t m e s e e・・・(ブライアーの吸口に深紅のルージュを忘れずに・・・と)自分の足で人生を歩こうとしない人たちとはどのような人たちなのでしょうか? もう少しわかりやすく教えていただけますか? (二月だからホンノリした梅の色もいいかもしれないなぁ、そうだ、梅の花びらをいっぱい詰め込んでおこうかなぁ・・・)」  重病人の私に構わず、先生は答えてくれました。 「そうだね、例えて言うならば・・・私はこのワークを通じて、人生を歩いて行くための杖と草履ぞうりを人生の道端で売っているだけなのです。私の目の前を力強く歩いていかれる方々もたくさんおられます。そんな方々には杖も草履も要りません。でも、私の前に息も絶え絶えに辿り着かれる方々もおられます。そんな方々には冷たい清水を汲んできて差し上げましょう。傷んだ草履を取り換えましょう。杖も差し上げましょう。でも私がおぶって人生のゴールへ連れていってあげる訳にはまいりません。なぜならその人生はその方の人生だから・・・その方が歩まなければならないのです。  疲れ切ってもう一歩も前に進めなければ、そのままそこに座っていればいいのです。それもその方の人生の選択だから・・・。疲れて倒れ込んだ所の景色を楽しんでみましょう。ゴロンと上を向いて・・・きっと青空の中に太陽が笑っています。後ろを振り向くと、ホラ、もうこんなに歩いてきたじゃないですか? 今まで死ぬ思いで歩いてきたので、きっと景色どころではなかったのでしょう。そして、この景色はどこかで見たことがありますよね。そう昔、同じ道、同じような道を歩いてきたのです。前回はもっと前であきらめたかもしれません。前々回はもっと先まで悠々と行けたかもしれません。だから大丈夫なのです。本当はまだまだ自分の足で歩けるのです。  私は自分の足で歩かない人を責めたり卑下しているのではありません。それも含めて彼らの人生の選択なのです。 『このワークが終わった後は、このワークの内容をあなたがどのように考えても、どのように使っても、どのように利用しても全く構いませんよ』 と私は説明しています。そして本当にその通りなのです。 『おぶってくれないのなら、こんな草履や杖なんか要らんわ』 と投げ捨てて下さっても構いません。いつかそれを拾って『これ幸い』とばかりに人生を進んでいかれる方が現れるでしょうから。  自分の人生の歩みを忘れた方々の投げつけた石で私は新しい杖を削りましょう。おんぶを覚えてしまった方々の脱ぎ捨てた草履をほぐして私は新しい草履をあざないましょう。今はまだ、彼らの心を覆い隠しているネガティブなエネルギーの雲がいつしか切れることをお祈りしながら、清水を差し出すことしか出来ないのです。今の自分に出来ることをやるだけなのです」 「先生、ちょっとハムレットになってるよ。カッコいいけどかなりクサイよ」  先生は照れながら答えました。

2014年5月14日水曜日

おはようさん 2014.5.13.

今日の外来で、何と3件もの「狂騒」の患者さんたちを診ました。 この春に入って様子がおかしくなり、4月末頃から「狂騒」状態に陥った患者さんばかりです。 皆さん、心肝火旺が強く、腎はもうヘロヘロになっていました。 まるで福一のようですね。コントロール不能で心を大爆発してしまい、周囲に邪気いっぱいの放射能をまき散らかして・・・(おっと・・・このネタは大日本帝国では絶対禁忌でしたぁ(;^^)ヘ.. 蓮風先生の本を見ると、狂騒:内関に鍼・百会の刺絡などが挙げられていました。 なるほどなぁ  百会に刺絡かぁ・・・さすがにそんなこと、できませ~ん(未経験 (^_^;) ひとりは内関と百会に瀉法鍼をしましたが、あとのおふたりさんはベッドに大人しく横になることすらできず・・・大承気湯:厚朴5.0;枳実・芒硝各3.0;大黄2.0(適量)を少なめに処方&ゆるい抗不安剤を処方して鍼を受けられた患者さんは様子をみていきます。 鍼が出来なかった患者さんたちは、幸い?にして、おふたりとも裕福なご家庭の子女でしたので、藤本漢祥院を紹介しました。 今日は別件で2件の「狂騒」患者さんのご家族からの相談も受けたし、昨日も「狂騒」の患者さんを診ました。 春やから肝が盛んになって、気が上衝しやすいのはわかりますが、今年は異常だと思います。 春先からとても珍しい深海魚が多数、捕らえられていますよね。 いよいよ人間にも、そのキソウテンガイ&想定外な大きな変化が及び始めたのかもしれません。 実は昨日、最初の「狂騒」患者さんを診た時に、すでに精神科で統合失調症の診断が下っており(患者さんも家族も納得していないため、当院を受診されたわけですが)、これまでだったら当院での診療はお断りしていました。でも、フッと思ったのです。 鍼で治せるんじゃないかな。 そこで体表観察してみると、見事な心肝火旺だったわけです。 そりゃぁ うわごとも言うし、行動もムチャクチャになるわなぁ・・・ 精神科が処方した統合失調症の薬を飲むと、すごい副作用が出たとのことで(だから統合失調症ちゃうってんだよ)・・・ならば心肝火旺と腎虚と肝火上炎や肝鬱気滞を治していきましょうと決心しました。 (こういう書き方をするから、蓮風先生に「先生は精神科が大嫌いやな」って笑われるんやねぇ) さて、この奇想天外な狂騒曲 明日からどのような展開になることやら・・・がんばりますね。 前世物語  他人から生じた感情的なエネルギーは、主のいない『今』に猛烈な砂嵐となって襲いかかります。『今』はますます深く沈んでいきます。仮に主が報われない長い旅から帰郷してきたとしても、主が砂に深く埋もれた『今』を見つけ出すことはもう不可能になっていることでしょう。砂嵐は『今』から過去と未来へも侵入していきます。そして過去と未来はその姿を変えてしまうのです。  私が過去生やインナーチャイルドのリフレイミングを積極的にしない訳もここにあります。リフレイミングする際の修正基準は私の常識や知恵、そして感情がスケールとなって決められます。ここで、元々みんなはひとつだから、ワンネスだから・・・と言う解釈は間違っています。それは『私は神である』の論法になってしまうからです。リフレイミングは人の人生を書き換える作業です。過去を消せば楽になるでしょう。嫌な未来を思うがままに出来れば幸せになれるでしょう。でもそれで本当に良かったと思うのでしょうか、死んだ時に? 要らんことしてしもうた・・・また一からやり直しや・・・ではないでしょうか? リフレイミングは神さまのようにまったく無感情では出来ません。神さまと光にリフレイミングを頼んでもいつも知らん顔されてしまいますから。人間のレベルではどうしても何がしかの感情と判断が入ります。それが如何に患者さんの『今』から過去と未来を、そして過去生と未来生に影響を及ぼすかをしっかりと見極めることが必要なのです。  もっとも自分で自分の今の人生をリフレイミングすることは安全に出来ます。これは自己実現などと呼ばれているものと同じです。まず『今』にしっかりと足を着いて立つことが必要です。過去や未来へ逃避しないで今の目の前にあることを直視するのです。そしてポジティブなエネルギーを『今』の自分に送るのです。自分を褒める、勇気づける、励ます・・・地に足がついている自分を見つめるのです。許して、褒めて、愛するのです。すると『今』の自分の中にポジティブな竜巻が現れます。その竜巻は足もとの砂も押し寄せてくる砂嵐も拭き飛ばしてくれます。『今』の全体像が現れます。心が開かれた瞬間を迎えるのです。心の中に過去と未来が直に見えることでしょう。過去と未来の奥には過去生と未来生も見えることでしょう。その時、書き換えたければ自由に自分で書き換えることも出来ます。ただし心が開かれた後でも書き換えたかったら・・・の話ですが。なぜならばその時はもっと大切な気づきを得ていますから、もうそんな必要は感じないでしょう」  先生はタバコは吸いません。でも、こんな饒舌な先生にはパイプが似合いそうです。そう、来年のバレンタインにはブライアーのパイプをプレゼントしましょう・・・「私に火をつけて」なんてセリフを添えて。 「美子さん、何か質問はあるかな?」

2014年5月13日火曜日

おはようさん 2014.5.12.

光の前世療法では「亡くなった夫との再会」がテーマとなることがあります。 病気のこと、余命のことを夫に知らせなかったけど、怒ってないかしら? 亡くなった時、病理解剖に同意したけど、怒ってないかしら? 夫は長男だったから、夫の家のお墓や仏壇も私が守らなければならないのかしら? 財産分与でいろいろこじれてきているけど、どうしたらいいのかしら? のこされた子供たちをどのように育てていけばよいのかしら? 私はこれからどこで、どのように生きていけばよいのかしら? ・・・  ・・・ 自分の常識やまわりの人たち、宗教家たちがこれらの答えをいろいろと諭してくれるけれども。 やっぱり夫の口から直に聞きたい。 そうすれば、自分を取り戻せるような気がする。 また、生きていけそうな気がする。 誰にも言えないこんな悩みの中を、何年も彷徨っている人たちをたくさん救ってきました。 精神薬で治りますか? 漢方薬で治りますか? 鍼灸で治りますか? カウンセリングで治りますか? 宗教で治りますか? 自分が死ぬまで、この悩みをこころの奥底に押し込めて、時が過ぎゆくままに身を任せている人が多いのではないでしょうか。 人生60年だった昔は、我慢・忍耐していれば死が救ってくれました。 人生100年になった今、死は救ってくれません。 身体を生かす。 こころを生かす。 身体とこころだけじゃぁダメだな 何が足りないのかな? そうだ! スピリチュアルケアだ。魂の輝きだ! では、そのスピリチュアルケア 魂の輝きとは何ぞや? ひとつは和 和とは愛 ひとつは輪 輪も愛 ひとつは笑 楽しみなさい 笑いなさい 愛と笑が魂を輝かせてくれます。 そして、幸いかな この世界には八百万の愛と笑があふれています。 目を開ければ 耳を澄ませば 息を吸い込めば 手を伸ばせば 口づけをすれば どこにでも だれにでも 愛と笑に触れて、魂が輝き出すのがわかります。 それがスピリチュアル  簡単でしょう(*^^)v 前世物語 「過去生を見た人たちがみなさん、持ち帰ってくれる気づきがひとつ、ここに書いてあります。それは『自分が今、ここに生きているのは偶然ではなく、何かの意味があることなんだ』という自覚です。この方のように自覚が勇気となって『生きている』と感じていただければ、あとはもうご自分の足でこの人生を歩んで行かれることでしょう。過去生退行催眠のとてもわかりやすい効果の一例です。この方は元々がポジティブな性格のようでしたが、ネガティブな性格な方や心がネガティブな状況に落ち込んでいる方でもこの気づきは得られますから大丈夫です。つまり過去生を見るということは、心の先天的、後天的な陰陽タイプには関係ないと言うことです。  しかしこの気づきが得られない例外のタイプもあります。それはこの方法に依存している方です。過去生を見ればすべてが解決する・・・過去生退行して光や神さまと対話できれば、すべてが自分の思い通りに行く・・・光や神さまに自分の決めかねている問題の答えを出してもらおう・・・そんなふうに思ってこのワークを受けられる方々がおられます。自分の足で歩こうとしない人たちです。  今のところ、そのような方々にもワークをしておりますが、成績は当然の如く芳かんばしくありません。このワークを受けられてから誹謗中傷に走られている方々の噂を聞くと心が痛みます。いっそ予約時の審査を厳重にした門前払い制度をアメリカの先生方のように取り入れることも考えてしまいます。でも事前審査に絶対はあり得ません。実際のワークでも、これは難しいと思った方々が素晴らしい体験をされて、しっかりと気づきを持ち帰られることがよくあるのです。ですから私はワークのあいだ中、患者さんを一切、主観的にも客観的にも判断しないことにしています。もちろん感情的にはワークが終わった後も全く判断しておりません。私の感情的な判断は例えそれがどんな感情だろうとも、ある種のエネルギーを生み出します。そのエネルギーは瞬時に患者さんに影響を与えるからです。  人にネガティブな感情を生み出させるような患者さんの肉体は今を生きていますが、その心は過去か未来へと行ったきりになっています。過去も未来も『今』の中にあることを忘れて、果てしない虚構の世界で力尽きてたたずんでいるのです。そして主あるじのいない『今』は砂に埋もれていくのです、深く深く、ゆっくりと深く・・・。心の閉じる原因はいろいろありますが、このタイプの方々の心はこうして閉じていったのです。過去と未来が『今』の中にあることはわかりやすいのですが、過去生も未来生もある意味では『今』の中に収束されているのです。ただ四次元の時空間に生きている私たちには、時間の流れが時系列的に一本の道のように見えるだけなのです。

2014年5月12日月曜日

おはようさん 2014.5.11.

今日は藤本蓮風先生の北辰会のお勉強会でした。 午前は腹診の実習、午後はドクター班での実習でした。 北辰会に入って鍼を学び始めて1年経ちました。 去年の今頃は、全く話について行けなかったけれど、 今は先生方のされているお話がよく分かります。 英検でいえば準1級くらいかな(;^^)ヘ.. ご一緒させていただいているドクターの先生方の手さばきを眺めながら・・・ この一年のマイ・ハンド君の進化に我ながら驚嘆すると共に、日々、お腹&脈を触れ&鍼をさせていただいている患者さんたちに、改めて深く感謝した一日でした。 この一年を振り返ってみると、蓮風先生の鍼灸と出会ったことは、新たな天職の扉が開いたことにほかありません。 鍼灸に関しては、この一年、順風満帆そのものでしたからね。 この天風がどこへ誘っているのか? 皆目分かりませんが、着いたところが新天地であり、新たな天命を果たすべき約束の地でしょう。 最近は氣が充ちてモワモワ&ジンジンしているマイ・ハンド君ですが、この手も神の手。神さまから託された神の手です。 だから、日々、世のため&人のために使っていかなくちゃね。 神さまに死を賜るその日まで、何千 何万 何十万の人たちに触れ、病を癒やしていく覚悟です。 前世物語 「私に何かアドバイスをください」 「気をつけてがんばりなさい」 「私に出来ますか?」 「出来ます」 「私の人生はここまで順調ですか?」 「予定通りです」 「そんなに大きな問題を解決する力を私は持っているのですか?」 「魂の力は測り知れません」 「だから私にも出来ますか?」 「出来ます。大丈夫です」 「おじいさんは私の大きな問題をもうクリアーしたのですか?」 「おじいさんはそれを持ってないみたいです」 「なぜ?」 「必要ないから」 「それぞれの魂に必要のある問題とない問題があるのですか?」 「・・・魂が問題を選ぶ時、その段階での必要のある問題とない問題に分かれるのです。おじいさんのこれまでの人生では、それを選ぶ必要がなかったみたいです」 「これからも私を応援してくれるますか?」 「どうしてそんなこと聞くのかな?」 「だって自信がないんだもの」 「いつでも見守っているよ」  このワークは魂について、いろいろなことが語られています。まず、この患者さんのその後の変化についてのお手紙を見ていきましょう。 「ワークが終わって、現実の世界に戻って、最初に感じたのは『うれしい!』 ということでした。催眠がうまくいったからではなく、(実際、その時見たのは、四、五枚のピンぼけ写真のようなものでした。)『何百年か前にも確かに私は存在した』ということが実感できたからです。  それまで『私は間違って生まれてきてしまったのではないか? 自分がここにいるのはいけないことなのではないのか?』 と思ってウツウツとして生きてきました。それが自分が偶然生まれたアブクのような存在ではなく、何か意味があってここにいる、そして何か意味があってこれからも生まれてくるはずだ、と思えるようになったのです。  それならこの人生をいい加減に思わず、命の質を高めるために生きてみようと思いました。初めて『生きている』と感じることができるようになりました。ありがとうございました」  このお手紙を見ながら、先生はとても嬉しそうに話してくれました。

2014年5月11日日曜日

おはようさん 2014.5.10.

春の花さんたち・・・桜が散り、チューリップが終わり、ツツジも見頃を終えて・・・今は春バラさんを待っています。 バラさんにはトゲがあります。 私はベランダでバラさんを育てていますので、よく「トゲに刺されて大変でしょう」と言われます。 ♪ それハ知らぬ人の申し事にて候 ♪(竹生島) バラさんを育てている人の必須グッズがあるのです。 革の園芸手袋とバラ用ハサミ! もちろん革手袋だからといって、ギュッと握ればトゲは貫通してきます。 そこは愛情ですよね。 やさしくつかんであげる。そう やさしさがトゲをバリアーしてくれます。 バラ用ハサミには、枝や花を切ると、そのまま切った枝をホールドしてくれる工夫がしてあります。 つまり、片手で切ってきて、手元でちゃんと目視しながらトゲを避けて持ち直すことができるハサミです。 これは重宝しますよ! 夏、バラさんたちの枝も生い茂ります。 いきおい トゲに服を引っかけてしまいがちになります。 でも 大丈夫。 慣れてくると、トゲで引っかかった感触に即座に反応して、身体が反対方向へ動き治して見事にトゲを外してしまえるようになります。 バラは難しい、バラを育てるのは大変だという声を聞く度に、 そりゃぁ愛情が足りんぜよ! とこころの中で叫んでいるちょっとイジワルな私です(;^^)ヘ.. 女性に対しても同じですよね。 向日葵のような女性も好きです。 雑草のようにがんばる女性も好きです。 そして、バラさん、特にハイブリッド種のように孤高だけど優雅で薫り高いバラさんのような女性も好きです。トゲなんてへっちゃら・・・愛情と優しさがあれば傷つき&傷つけ合うこともないですからね。 今年は大陸の寒気が強いので、春バラさんたちの見頃も来週以降だと思います。 春の花たちはみんなおしゃべりですが、特にバラさんはカメラを向けると、そのファインダー越しに、いっぱいおしゃべりしてくれます。 写真を撮っていて、こんなに楽しいお花は他にないかもしれないなぁ・・・ みなさんも今度の休日はお近くのバラ園に行ってみてはいかがですか? 前世物語 「その罪について、私が深く傷つかない程度にヒントだけでもいただけませんか?」 「・・・・罪の償い・・と続くのだが、罪は今のお前にはまだ大き過ぎて教えられません」 「その大き過ぎる罪を私が解決するために、生まれる前にわざわざ選んだのですか? それとも私がミスをして罪を犯したのですか?」 「すべての問題は自分で作って、自分で解いているのです」 「人生で罪を犯してしまうのは、犯してしまう人生をもともと選ぶのですか? 悪いことをする、悪い人になることを知っていてその人生を選ぶのですか?」  先生は倫理学的な質問をしましたが、おじいさんはゆっくりと答えてくれました。 「その可能性がある、ということを含めて、その人生を選びます。その可能性の方に行かなくてもいいわけですし、それを選べば選んだで、ただ課題となって残っていくだけのことです」 「悪い魂はいないのですか?」 「いません」 「人間界でとても悪いことをした人の魂も、上に昇ればみんな同じですか?」 「汚れた魂などいません」 「とても悪いことをした人の魂も、とても大きな問題に取り組んでいる、すごく頑張って修行している魂なのですか?」 「すべての魂は修行をしようとして生まれてきますが、その方法をあやまる魂はいます」 「その方法をあやまった魂は悪い魂なのですか?」 「悪い魂というものはありません。ただ、そちらの道を選んだというだけなのです」 「どんな魂も、そういう道を選んでしまう可能性があるのですか?」 「その可能性はあります」 「悪い道を選んでしまうことも修行のひとつなのですか?」 「・・・・・・・」 「悪い魂がないのなら、良い魂もないのですか?」 「魂は一緒です」 「出来の良い魂、悪い魂もないのですか?」 「魂の段階ではみんな同じです」 「修行が早く終わったからといって、良い魂とはいえないのですか?」 「魂に良い悪いはありません」  おじいさんが少し遠くなりました。先生は質問を戻しました。

2014年5月10日土曜日

おはようさん 2014.5.9.

今日の光の前世療法4時間ワークのテーマは「浪費癖」でした。 会社を経営していたけど、見栄っぱり&優しさから、つい浪費してしまい、会社を手放すことになった方でした。 自分では悪癖だとよく分かっているけど、なぜかやめられない・・・切実な・・・人生をこのままだとダメにしてしまう悪性の心病です。 他人にもさんざん騙されて(特に女性に)きましたが、人を信じる力はまだ十分持っていたことが大きな救いでした。 見えてきた過去生は、今生ととてもよく似た人生でした。 最後は借金取りたちに心臓をひと突きされて死にました。 最近、原因不明のみぞおちの不快感があり、みぞおちを押さえていると治ってくると問診で言っておられましたが、それは正しく 過去生でひと突きにされた場所であり、そこをかばうようにする動作が今生にも出ていた訳です。 こういう病理病態は、西洋医学は勿論のこと、東洋医学でも精神医学でも ??? でしょう。 光との対話では、浪費癖の 原因・意味(学び)・治し方 を光さん(今回は祖父の姿)に聞きました。 涙&涙の対話だったので、明日からはもう浪費癖はなくなっているだろうと思います。 光さんには、今やるべきこと・これからどんな仕事に就けばいいのか?・今生の使命と天職も尋ねました(勿論、いつものプライベートな質問もたっぷり尋ねましたよ) 浪費癖をクリアー出来た未来の自分の姿を見て、そんな未来の自分からのメッセージももらって、浪費癖が治った未来と今をしっかりとアンカーして・・・これで大丈夫です。 この方も見事に人生の節目で導かれるように私のところへとやって来られました。 さんざん騙されて(勿論、自分が悪いんですけど)、それでも人を信じる力が残っていたから、神さまに導かれて、人生が&生きがいが救われたのですね。 光との対話は、自分のこころの中に答えが浮かんできます。 左脳や病気の内なる根本原因は「自分で創ってるぞ」「本に書いてあったぞ」「当たり前の話だぞ」などと徹底的にその答えを邪魔してきます。 人生の節目でせっかく光さんが別の人生行路を開いてくれたのに、邪魔な声に負けて、そのままの奈落の道を進んでいってしまう方もおられます。 光の道と闇の道の分かれ目は、自分を信じる力があるかないか? で決まります。 光との対話へ導かれてきたということは、神さまが「お前には新しい人生を歩む力があるぞ」と言ってくれているわけです。それはイコール 「自分を信じる力を養ってきただろう。さぁ 今こそ その信じる力を見せてくれ」と言われているわけです。 これは鍼灸でも同じです。 蓮風先生のところへ導かれて来て、蓮風先生を信じる力があれば、如何なる病気でも治るでしょう。 信じる力。これも氣。 そう思った今日のワークでした。 前世物語 「その上には何が見えますか?」 「空が見えます」 「空を突き抜けると何がありますか?」 「宇宙に出ました」 「その宇宙の中に何がありますか?」 「星があります」 「その星の中に、特にあなたを呼んでいる星がわかりますか?」 「はい」 「その星のなかにスッーと入ります。中はどんな感じですか?」 「平和です」 「そこに誰かいますか?」 「ひとり、誰かいる感じ・・・。スッとごく自然におられます」  そう言ったまま、患者さんは黙り込んでしまいました。先生は場面を進めました。 「傍そばにおじいさんもいますか?」 「はい」 「そのおじいさんに聞いてください。人生の罪って何ですか?」 「悲しそうな顔しています。今、お前に知らせるには大きすぎる問題だと・・・」  患者さんは大きく肩を落としました。 「それを知る力をつけるには、どうしたらいいのですか?」 「もう少し修行を重ねて強くならないといけないよ」 「どんな修行ですか? 何をしたらいいのですか?」 「今のまま、正しいと思ったことをやり通しなさい」 「そうしたら強くなれますか?」 「お前は強くなれる」 「強くなれたら、その問題を見ることが出来ますか?」 「お前の準備が出来たら教えてあげよう」 「その準備はこの人生の中で出来るのでしょうか?」 「時間はたっぷりとあります。でも、出来るかどうかはお前次第だよ」 「この人生で出来なかったら、持ち越すのですか?」 「そうです」 「その問題をマルコの人生から、この人生まで持ち越してきたのですか?」 「マルコの人生では、その課題はありませんでした」 「私は今までにその課題の人生を何回送ったのですか?」 「これで三回目です」 「それらを通して私は進歩していますか?」 「してるけれども問題が大きすぎるのです」 「私はなぜそんなに大きな問題を選んだのですか? 誰が選んだのですか?」 「自分で選んだに決まっています」 「私はなぜ選んだのですか?」 「お前はより深く成長するために選びました」 「この大きな問題に他の魂も取り組んでいますか?」 「いっぱい取り組んでいます」  患者さんは少し安心した様子です。先生はもう一度、聞いてみました。

2014年5月8日木曜日

おはようさん 2014.5.8.

GWのこどもの日に、出雲 一畑薬師さんへ開眼祈願でお参りしました。 宿泊地の大山は10時すぎまで雲の中で、ツーリング参拝はしばし晴れ待ちして・・ 11時過ぎてやっとガスも消えて出発進行! 中海と宍道湖を一周するコースでのんびりツーリングしてきました。 一畑薬師さんへ着いたのは3時前でした。 境内はものすごい人・・・子供と大人がごった返していました。 そう 二才児参り 四才児お礼参り 十三参り だったのです。 ちょうどご祈念が終わって、本堂から100人以上の子供と親御さんが出てきたところでした。 そしてお坊さんたち、キンキラに着飾ったお稚児さんたちに続いて、その子供&親御さんたちが薬師如来さんの真言 オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカを唱えながら、本堂を一周していました。 その姿を見ながら・・・子供も親御さんもみんな、とても幸せそうな顔をしていて、うれしくなりました。 いつの時代も、子の幸せを思う親の心は善きものですね。 ただ、この50余人の子供たちの中で、いったいどれくらいの子供たちの名がキラキラネームなのかしら? 田舎だからキラキラネームなんて付けたりはしない?・・・だったら未来は救われるんやけど。。。 あえて言いましょう。 子供の幸せを願う気持ちとキラキラネームは合致しないと思います。 そのわけは・・・まずひとつ目 名前に使う漢字のひと文字ひと文字が言霊です。 当て字にすると神も仏も宿りません。 神も仏も宿らぬ文字は邪気を引き寄せます。 キラキラネームを見ていても、そのどれもに「美」も「和」も感じとれません。 ふたつ目 社会人となった時に、人様から読めない・書けない名前は明らかに不利です。 舌癒着症の診察を受けに来る子供たちの中にもキラキラネームが増えました。 紹介状を書く際、とても面倒です。ワープロ変換で一字一字探しながら・・・これだけで気持ちはすでにブルーです。 これから一生の間に、キラキラネームのお陰でどれくらいたくさんの人たちをブルーな気持ちにさせてしまうのか・・・幸せになれるきっかけが減りますよね。 すでに有名小中学校の入試や企業の人事では、キラキラネームは一次審査前にボツが常識になっているとか・・・そんな名前を付ける親は桑原桑原ということらしいですが、さもありなんです。 みっつ目 子供が喜ぶでしょうか? 下手すると一生 恨まれます。 私も名前で嫌な思いをしてきました。 「輝実」・・・小学校の時、クラスメートに同じ「てるみ」ちゃんがいて、なにかにつけて囃し立てられました。 名前の由緒を聞いて、なるほどねって納得(なかば諦め)したのは中学生になってから。 成人式の前には振り袖の案内が山のように送られてくるし・・・ 今でも時々、女性と間違えられます。 そう、一昨年の大連吟の本番でも、あれれ? 女性グループの中に私ひとりって??? なこともありましたね。 「いつものことですよ。お気になさらないでくださいね」が常套句になってます。 名前は自分では付けられません。 だからこそ、親の愛情、子供への思い、親の教養・知的レベル・生き方が如実に反映されます。 キラキラネームが一時の流行病で過ぎ去ってしまうことも、お薬師さんに祈願してきました。 前世物語 美子レポート     魂について  昔々、あるところにマルコという青年がいました。マルコは教会でおじいさんのお手伝いをしていました。石畳の町の人々も手伝ってくれます。きれいな庭には噴水があります。美しい祭壇のある小さな教会です。そこは穏やかで喜びにあふれていました。  亡くなったおじいさんの後をマルコが継ぎました。そこは平和な教会のままでした。  ある時、イスラムの美しい人々がやってきました。灰色の石の町の人々はその美しさにあこがれました。  やがてイスラムの美しい人々も灰色の町の人々も、教会に住む者を憎み始めました。でもマルコはおじいさんを尊敬しています。マルコは独りぼっちになりました。  ある時、灰色の人々はマルコを深い穴に落としました。だれも話を聞いてくれません。マルコは怒り、憎しみに溺れました。  背中に見張りの憎悪の視線が突き刺さります。マルコの憎しみが地獄の烈火の如く深い穴から吹き出します。マルコは衰弱しました。  ある時、見張りに石を投げ込まれました。頭くらいある石をマルコの頭めがけて。恐怖とこれで終れるという安心感の中を、石がマルコの頭を打ち砕きました。それは「いつもの頭痛の場所」でした。  先生はマルコの魂に尋ねました。 「身体を離れましたか?」 「はい」 「身体はどうなっていますか?」 「頭から血が出ています。嫌ですね」 「あなたが死んで身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」  マルコの魂は答えました。 「その場にいた町の人たちに対しては、この人たちは何も知らなかったんだ、と思いました。穴の中にいたときの怒りと憎しみから離れました」  先生はマルコに尋ねます。 「あなたのまわりに何か存在を感じますか?」 「おじいさんが迎えに来てくれています」 「おじいさんは何と言っていますか?」 「ご苦労さま、といういたわりの言葉をかけてくれました」 「イスラムの人々に対して、今、どう思っていますか?」 「もう許しています。彼らも何も知らなかったんだ、と」  先生はマルコの魂を高みへと導きました。 「上へ高く高くあがります。高くあがったところから下を見ると、マルコの人生が一本の道のように見えます。そのマルコの人生を高いところから見て、何か気がつくこと、感じることはありますか?」 「もう少し積極的に動けば良かったかなぁ・・・」  先生はもっと高みへと導きました。 「では、もっともっと高く高く上にあがります。高く高くあがったところから下を見ると、マルコの人生が一本の道のように見えます。そして今のあなたの人生が一本の道のように見えます。ふたつの人生が近寄ってきて平行に並びます。マルコの人生と今のあなたの人生をその高い高いところから見て、何か気がつくこと、感じることはありますか?」 「もう少し自己主張をしなくては・・・。自分の考えを積極的に知ってもらう努力をしなければいけませんでした」  先生はさらに高みへと導きます。

2014年5月7日水曜日

おはようさん 2014.5.7.

夜昼の寒暖の差が激しくて、体調の悪い方がとても多かった連休明けの外来でした。 風邪を引くというよりも、何だかだるい・しんどい・疲れてる・・な症状で、腹診してみると、皆さん、腎虚・脾虚な冷えが原因でした。 特に臍周 大巨・天枢・滑肉門の奥に酷い冷えが潜んで、コソコソと悪さをしている症例が多く見つかりました。 寒邪というよりも、いわば「なごり雪」みたいな冷えですので、鍼で払うよりもヘソ灸で温めて、身体の中にも、経絡の中にも暖春を招き入れてあげた方が調子が良いようです。 「家で自分で千年灸をしてもいいですか?」という方々もおられます。 もちろん OKなのですが・・・さて、ご自分でどこに灸すればいいのか、おわかりになりますかしら。 鍼灸の本、穴の本を見ると、それぞれの穴の位置が論理的に書いてあります。 例えば・・・天枢:へその中心にある神闕の両脇二寸にある。  でも、実際に触れてみると、同じ天枢でもその日の体調・病状によって、かなり動くのが分かります。 上下左右の二次元だけでなく、深い浅いの三次元に、更に前・今・これからの時間軸の四次元に穴は動いていきます(←これは夢分流打鍼をしてると分かります)。 この「これからどうなる?」が大切で、これから邪気となって暴れるなら鍼で払っておかなくてはならないし、これからも虚した冷えが居座りそうなら灸で暖じて昇華すればいいでしょう。勿論これから放っておいても良くなるのなら手出しは無用ですね。 昨日、先生がヘソ灸をしてくれたので、今日も家でヘソのまわりに千年灸をしましょう・・・もいいですが、効果がない場合も、下手をすると逆効果になることもあるので・・・「う~ん、自己責任でするのはいいけれど・・・むつかしいよぉぉ」と答えることにしています。 GWの二泊三日のツーリングで、クラッチを握っていた左手が今日はモワッと膨らんでいました。 手の感覚はいつも通りなのに、まるで雲の上に浮かんでいるかのようなモワモワ感で。 左手にとっては千日回峰行だよなぁ・・・ 患者さんの腹診をしながら、深いところに潜む邪気を引き寄せて祓ってしまう左手さんに驚き、感謝した今日でした。 前世物語 「未来を見る意味は、ただ意識をそれに向けてこの人生で努力すればその未来が叶う、ということ。それは国でも同じこと。このままの状況ではいずれこうなる、ということであって、国の中の何かが変われば未来も変わっていく」  先生は目を閉じたまま私に続きました。 「未来は揺れ動き、未来は無限の可能性を秘めているが、未来は今そのものなのだ」  私も目を閉じてゆっくりと時を眺めてみました。過去も未来も今この時に収束されていく姿が見えたような気がしました。先生は毎日のワークで絶えず時間を見つめています。いつしか先生には時間が見えるようになってきたのかもしれません。 「美子さん、今日のワークの最後のメッセージ、『私はお前の魂だよ』の意味はどう思いましたか?」  先生は個人指導の教授のように尋ねました。私も自然と彼の生徒になって答えました。 「光の中心にいる人たちはマスターであれ神様であれ、本当はすべてが自分の中にいるのではないか、と思います。自分の内なる声、魂の声ではないでしょうか? だからメッセージは元々自分が知っていたこと、薄々思っていたことだ、と感じるのです。個々の存在は魂を介して大いなる存在、神様と繋がっており、そこではすべてがひとつ、ワンネスなのです。元々がひとつ、なのではなく、今この時のみんながワンネスなのです。  心が開くと魂からの声が聞こえてきます。その魂は個人的なレベルからソウルメイトと呼ばれている小集団へ、人類の集合意識を経てすべての集合意識へ、そしてひとつの意識であるワンネスへと深まっていきます。個人の魂からどの声も聞こえてきますが、それがどのレベルからの声かによって内容が異なってきます。レベルの深いところからの声ほど、メッセージの内容もグローバルで簡潔になっていくようです。深いレベルからの声は決して難解なものではありません。物理法則みたいに例外なく、あまねく人々に共通するメッセージなのです。その言葉は簡素で美しく、エネルギーに満ちたものなのです。これが真理というものなのでしょう。『私はお前の魂だよ』というメッセージは、この真理のことを指していると思います。そして人々の心の持ち様に合わせて、その真理はあらゆる表情を見せてくれます。  ともかく心を開くことです。心が開けば誰に教わるでもなく、誰にでも真理が伝わってくるのです。心を開いて耳を澄ませましょう。きっと魂を通って大いなる存在や神様、そしてワンネスからの真実のメッセージが聞こえてくることでしょう。  真理を人に求めてはいけません。人から求められても強制すべきものではありません。真理はひとつですが魂の数だけ、心の在りようだけ顔を持っているのです。人間ひとりにひとつの顔ではありません。喜怒哀楽があるように、百八の煩悩があるように、魂の顔も無限に在るのです。だから、人が真理の本質を教えることは出来ないのです。悟ったと思っているのは真理の一顔だけなのです。それを高く掲げてはなりません。真理を悟ったと思った瞬間が真理へ最接近した地点なのです。真理の悟りを手放さない限り、再び真理に近づくことは出来ません。無知であること、無知という知恵のみが真理へと近づき続けるために必要なのです。 そして宗教とは人々が心を開き魂の声を聞けるように導くためにあるのです。ある宗教者の得た真理の一顔を真理を探求し続けている者たちに決して押しつけてはならないのです。パンを与えてはなりません。小麦の種と育て方、パンの焼き方を教えてあげるのです。辛い道程ですが、来年には彼ら独自のパンを焼いてくれるでしょう。神様はパンの量よりも、その種類の多さに祝福をくださるのです」  私は一気に答え続けてしまいました。頭が真っ白です。何を喋ったか、よくわかりません。そう気がつくと、また急に涙があふれてきました。とても温かな涙です。とても幸せな涙です・・・先生がそっとハグしてくれました。私の魂の光がはっきりと見えました。眩しい光です。その光がどんどん大きくなっていきます。そして私の魂が光でいっぱいになりました・・・光に包まれた私の涙は止まりました。 その日、私は心の開き方をマスター出来たのです。

2014年5月6日火曜日

おはようさん 2014.5.6.

ゴールデンウィーク 二泊三日の大山ツーリングを楽しんできました。 日常生活ではGOOD timeとBAD timeは半々あって、そのGOODな方に気持ちを通わせて暮らしていますが、この三日間 小さいけれどGOODなことばかりだったので、とっても楽しかったのです。 じゃぁ どんなGOODなのよ?って言われても、もう忘れてしまうくらい小さなGOODたちでしたが、その幸せやなぁ ありがたいなぁ 生きててよかったなぁ の嬉しさは今もこころに残っています。 新しいバイク:まほちゃん(←恒例のペットネームは、HONDA VT1300CXのVつながりということで、V1046R まほろ になりました(←まほろまてぃっく参照) 普段は まほちゃん ですね(;^^)ヘ..)とも次第に身も心も通じあえるようになってきて、今日はシャカン シャカンとギヤチェンジもええ声出してくれてました。エンジンの盛り上がりのクセもわかったし(=感情の起伏ですね)、トルクのがんばりどころにも合わせられるようになったし(=怒らせたら怖いのはいずくも同じ)・・・10年のおつき合いが出来そうです。よかった&よかった。 今日は「生まれてきた意味がわかる過去生へ」をテーマにされた症例から光との対話を抜粋してご紹介しましょう。 まず、この方は過去生で妻を殺してしまいました。 過去生の人生を終えて、魂となって光の中へ戻ると、殺した妻が待っていました。 C 殺した妻。笑っている。 D 握手したら、どんな表情ですか? C 待っていてくれた。笑っている。言いたいことを言っていいよって。 D ごめんね、申し訳ない、ショックで殺しちゃった。でも恨んでないし・・・辛かったよね。誰もあなたのことを責めてない。笑って許してくれている。私も恨んでないと言ってくれている。死ぬ時は悲しかったけれど、すぐに受けれいれたって。許してくれてありがとう。僕もありがとうって。安心したみたい。 そして、更に上の光の中に仙人さんが待っていてくれました。 D 仙人さんはあなたに一番必要なメッセージをくれます。 C 愛されている。ずっといつでも愛されてきたんだ。今も昔も愛されてきている。お前ほど愛されている人はいない。 D 私が生まれてきた意味は何ですか? C みんなを愛する。勇気を与える。みんなに愛されていることを教えてあげる。それによってみんなが安心してくれる。 D 仙人さん、なぜ私は怒りっぽいのですか? C 沈黙が怖いから。愛が足りなかったから。 D どうしたら怒りっぽいの治せますか? C 愛だよ。愛されている事をいつでも感じていなさい。愛を受け取りなさい。 D どうしたら愛を感じられますか? C 笑顔。笑顔が愛の入り口になっている。発信源になっている。お前が笑顔でいれば、安心してお前に笑顔を与えに来る。 D どうしたら笑顔でいられますか? C 安心しなさい。家族はみんなお前のことを愛している。そのことを感じるんだ。そうすればいつも笑顔でいる。お前の真顔は不安な顔だ。安心があれば笑顔でいる。本当は穏やかな顔をしている。不安が真顔を作っている。安心で笑顔になっている。 D Aさんからは何を学んでいるの? C 人は成長できる。人は変われること。一生懸命、愛を持って生きること。 D どうしたらBとうまくいきますか? C ふざけて笑って、楽しくしていれば大丈夫。Bはしゃべらなけれど、伝えたい事はちゃんとある。答えをせかさないで、しゃべるまで、Bが口を開くまで待ってあげなさい。そしたら、お前の愛情がBに伝わる。お金じゃなくて、してあげられることをしてあげてください。 D Cさんからは何を学んでいるの? C 大きな声を出さないこと。人を傷つけるようなことは言わないこと。それを教えてくれた。周りの人にそういったことをしない。人を傷つけたり、ショックを与えたりしない。大きな声を出しても物事は解決しない。 D どうしたら幸せに暮らせますか? C 愛を与えること。信頼して、許して、待ってあげて、愛を与えること。みんなを幸せにする。 D どうしたら笑顔でいられますか? C 許すこと。安心すること。大丈夫だと思っていること。感謝すること。楽しくいること。ありがとうっていうこと。気持ちを感じること。大丈夫だよ。 D 仙人さんがこれからのあなたに大切なアドバイスをくれます。 C 楽しくやりなさい、自分を信じて、みんなを信じて、楽しく愛情たっぷり。王であったときと同じように、みんなを守ってあげる。みんなを守るために生まれてきた。 D 仙人さん、これからの人生の目的を果たせた未来の私の姿を見せてくださいな。すると未来のあなたの姿がすーっと浮かび上がってきます。 C 笑顔で白髪で、余生をゆっくり妻と過ごしています。 D 未来の私さん、今の私にメッセージ、アドバイスをください。 C 大丈夫。全部持っている。安心してだしなさい。みんなのことを守ってあげなさい。大丈夫だから。 D どうやって人生の目的を果たしたの? C 愛。自分を信じて、愛の塊になって愛を与えたんだ。みんなに優しくしたんだ。できるよ。 D 仙人さん、結局、私が生まれてきた意味は何だったの? C 愛を知るため。自分がまわりに愛をたくさん与えられる人間だと知るため。 D 今日、ここへ導いてきた意味は何だったの? C 愛にあふれる人だと気づくきっかけにした。 D 私は気づける? C 大丈夫、自分を信じる。やっていいというために来た。 仙人さんから 愛 と言われる度に、この方の愛のエネルギーが強く明るくなっていくのがわかった良き症例でした。 <今日は前世物語はお休みにします>

2014年5月3日土曜日

おはようさん 2014.5.3.

大型連休初日 上天気でしたね。 私はお約束通り、医院でレセプト作業と光の前世療法のレポート作成をしました。 今日ももちろん新しいバイクに乗って・・・日々、気心が知れてくる感じで、なんか嬉しいですね。 この感覚・・・親友とか恋人と、おつき合いを始めた頃の感覚に似てるなって思いました。 最初はギクシャク。エンストしそうになることもあるし、おっとっとっとっでコケそうなこともあります。 それでも、めざす方向は同じだから、相手のことを気づかい、相手の気持ちに思い巡らせながら、次第に関係が深まっていきます。 おっ このエンジン音 ええなっとか、 おおっ このトルク感が持ち味なんやねっとか、 なんや うまく小回りできるやんとか・・・ 相手の良さもどんどん分かってきます。 最初のうちは、うまくいかないことも多々あります。 怒ったり、拗ねたり、悲鳴上げたり、知らんプイされたり・・・ ネガティブなことにばかり気持ちが行ってしまうと、 俺のいうことをきけ! な自己中ばかりだと、 傷つくのも傷つけるのも嫌だからと引きこもっていると、 親友も恋人もできません。 私はこの新しいバイクちゃんとこれからの10年を一緒に楽しもうとワクワク楽しみにしています。 だから、ちょっとした良いことをいっぱい見つけてしまいます。 ソウルメイトもこんな感じでしょう。 これからの10年 20年を一緒にワクワクと楽しみながら生きていける人なら、きっとその人はあなたのソウルメイトですよ。 今の私のソウルメイトはこのバイクちゃん。 まだ機械やけど、いつか生身の人間に変身しちゃうような気がしています。 そう、機械の妖精がポニョのように人間となって現れる・・・もちろん、初心忘れずで大切に気づかっていたらの話ですけど。 さぁ 明日から2泊3日の初ツーリングです。行き先は通い慣れた出雲へ。 なんだかまるで新婚旅行のようだなっと信号待ちしながらひとりニヤニヤしてました。 さて、どんな珍道中になることやら・・・明日&明後日のブログはお休みです(PC持って行かないので)・・・乞うご期待候(*^^)v 前世物語  私は思わず大きく頷いてしまいました。前々からどうも先生の普段の言動に疑問を抱いていたことがありました。女の直感は男のヘタクソな嘘を見逃しません。先生の浮気の相手、それは最新物理学でした。十次元、二十六次元・・・これは臨界次元の概念ですし十一次元はM理論です。でもこんな話、高校の物理の先生でもお手上げの分野です。なぜこんな分野に興味を抱いているのでしょうか? 私はメモの片隅に「ヒモ理論」と走り書きしてハートマークをつけました。 「お母さん、この手帳って、まるで中学生の手帳だわ。いっぱいハートマークつけちゃって。お母さんって最近、少女趣味になってない? 何だか可愛いんだから」  私の娘がこの手帳を見て、私を散々虚仮こけにしました。 「でもお母さん、変わったね。お父さんが死んじゃった時にはあんなに落ち込んでいたのに、今はとても明るく元気になったよ。母を愛する娘としましては一安心でございます、だね。これで私もゆっくりと恋が出来るわ」  娘も大きくなったものです。私をしっかりと支えてくれています。娘の年頃には、私はもう先生と出会っていました。娘も先生のような人にもう出会っているのでしょか・・・期待と羨望と嫉妬が入り交じった感情が湧いてきました。私は心を静めるために目を閉じました。遠くに先生の声が聞こえています。メモをする手だけが動いていました。 「未来が揺れ動いているという立場に立っていると、未来に対してある程度の条件を絞ってやらないと明確な未来は見えてこないんだ。先程言ったように、私のワークでは光や神さまにいろいろ質問した後の残り時間で見せていただく形を取っているから、『今回の人生の目的を果たすことができた未来』という条件にすることが多いね。この条件は、今回の人生での最も幸せな場面、と言い換えても良さそうだね。  この未来を見る意味は大きいのだよ。この人生を頑張って生きていったらこうなるよ、という手の届く目標が具体的に見えるのだからね。それは他人ではなく、未来ではあるけれど自分自身だよ。『そうか、今は辛いけれど、ここを頑張って乗り越えたら、あんな風になれるんだ』という具体的な目標が見えることはとても強力な精神的サポートになると思うんだ。『このまま死ぬまでいいことなんか、ないんだ』 『どうせ私の人生なんてこんなものよ』と思っていたけど、頑張れば、踏ん張れば、私にだって結構いい未来が待っているじゃないの・・・これは人生に疲れた人たちに素晴らしいブレークスルーを起こしうるテクニックだと思うんだ。山登りで言えば、厚い雲にかぶわれていた山頂がほんのチラッと見えた感動だよね。もう一歩も進めやしない、と諦あきらめていた足が不思議とまた一歩、一歩進み始めるんだよ。例え自分の希望を創ってしまっていてもいいんよ・・・そんなことは。また勇気と自信を持って人生を歩み始めてくれれば・・・誰が何と言おうとね」  先生の深い優しさが感じられます。そしてのし掛かってくるストレスの大きさも・・・私は言葉に詰まってしまいました。涙が頬を伝って手帳に落ちていきました。 「じゃあ、そんな先生を誰が癒せるの?」 「お母さん、この手帳、所々がにじんでるよ。お仕事中でもお父さんのことを思い出して泣いてるんでしょう。私ね、そんなお母さんのこと、大好きだわ。私もね、お母さんみたいな恋をしたいな・・・お父さん、結構幸せものだね」  娘は娘なりに気を使って私を励ましてくれています。私はハンカチで手帳をそっと拭きました。 「未来を見てきた患者さんに共通する気づきがあるのだけれど、美子さんはもうわかったかな? 皆さん、見てきた未来は絶対ではない、ということを知っているんだよ。ワークが終わってから『未来は揺れ動きますよ』と言うと、そんなこと、当り前じゃない、という感じで頷いていただけるんだ。きっと未来を見ている時に、同時に時空理論のエッセンスが意識下にインプットされちゃうのだろうね。未来を見てきた人に『未来はひとつだけ』と考えている人はいないのだよ」  先生は大きな背伸びをしました。私は先生に聞こえるようにまとめを読みました。

おはようさん 2014.5.2.

今日もしっかりお仕事をして、さぁ 明日から4連休です\(^^@)/ と言っても、医療機関はゴールデンウィークは月初めのレセプト作成業務があるので、どこも「休めな~い!」な吐息だと思います。 私も明日はスタッフががんばって作ってくれたレセをひとりコツコツと仕上げます。 これも大切なお仕事。スタッフの気持ちに応えなきゃね。 そして3連休は10年ぶりのバイク・ツーリングです。 去年、遠方の在宅往診を依頼されて、仕方なしにバイクを復活させました。 すると・・・やっぱり・・・ハートに火がつきますね。 今生では絶対に乗らないだろうと思っていたアメリカンタイプのバイクに、それもいろんなカタログを眺めていて、フッと一目惚れしてしまったHONDAのチョッパー・アメリカンバイクに乗ることになりました。 ほんま、未来なんてわかりませんねぇ。 10年来乗ってきたYAMAHA T-MAX500というスクーターも一目惚れでした。 これに乗りたくて、バイク免許を取ったわけです。 即実行する行動力があるというべきか? 猪突猛進 単純バカと呼ぶべきか? ずっとこの性格なので、きっとこれからも・・・そうでしょう(;^^)ヘ.. 昨日、そのチョッパー HONDA VT1300CXが納車されました。 クラッチ・フットブレーキに慣れていないもんですから、教習所時代のように緊張の連続!で乗ってますが、それはそれで、懐かしいような、照れくさいような気持ちを楽しんでいます。 そやけど、私って、どうしてこうも 一目惚れ に弱いんやろうなぁ。。。 この直感 野球に例えるなら、打率2割前後ってところです。 あかんやん そんなんじゃぁ。2軍落ちやでなぁ。。(^^ゞ そやけど、三振多いけど、当たればホームラン!ってタイプやでぇ。 まぁ、いろんな選手がそろっているチームの方が最終的には強いからね。 この世の中も、いろんな人がいるからこそ、面白う御座候やね。 さて・・・次はどんな淑女に一目惚れしちゃうんやろう・・・生きてるのって楽しいですねぇ。 前世物語  そんなことを思いながら、私は北を向いて合掌しました。先生はお茶を飲みながら言いました。 「ほう、美子さんもとうとう看護婦さんの仲間入りだね」 「え? これはここの決まりじゃないのですか? お土産がやって来た方角にお礼を言うのは」  私はわざと騙されたふりをしました。先生は大笑いしました。 「また誰かに担がれたね」  私も心から大笑いしました。だって最近やっと看護婦さんの仲間入りが出来ているな、と自信が持てるようになってきましたから。ちょっぴり涙がこぼれそうです。私は次の質問に話題を変えました。 「このワークの中で、過去生の彼女は未来の自国の滅亡を予言していましたよね。でも、本当に未来がわかるのでしょうか?」  先生はますます大笑いしながら答えてくれました。 「美子さんも何か私に未来を占ってもらいたことがあるのかな? 美子さんの未来は決まっているよ。それは・・・」  私は思いっきりまじめな目で先生を見つめてやりました。急に熱い想いが湧き出てきます。 「さぁ、言えるものなら言ってみなさい。先生が何を言いたいのか、私にはよくわかっているのだからね。ここで告白しちゃいなさい。今なら私、素直に頷けそうだから・・・」  でも先生は咳払いをひとつして、塩を取りに行きました。また仕切り直しです。 「勇気も歳を取るのかな・・・やっぱり、おじさんとおばさんなのかしら、私たち・・・」  そんな想いを知ってか、知らずか、先生は愛情のこもった優しい顔で答えてくれました。 「よく患者さんにも、未来が見たい、未来はどうなっているのか、と聞かれるよね。雑誌の占いみたいに差し障りのない占いは結果が何でもかまわないけど、このワークで見た未来は取りようによってはその後の人生を変えてしまいかねないからね。だから私は最初から未来へ戻るのが目的のワークはお引き受けしないことにしているんだよ。もちろん今の誘導を単純に逆転させれば未来へだって行けるし、きちんと未来へ行くための誘導だってあるんだけど、今のところ一般の患者さんにワークするつもりはないんだ。別に出し惜しみしている訳じゃないんだよ。せっかく自分の足で歩んでいるこの人生を台無しにしてもらいたくないんだ」  先生の目が右の遠くを見ています。まるで時空間の歪みを見つめているようです。こんな時の先生の目には光も闇もありません。私もそんな目をまともに見つめたことはありません。何だか恐いのです。 磨き抜かれた鏡の向こうの世界・・・十次元の世界なのでしょうか? 「今ここから見れば、未来は揺れ動いているんだよ。未来になればなるほど無数の可能性が拡がるんだ。そう説明すれば、たいていの患者さんは納得してあきらめてくれるよね。時間とはそういうふうに理解されているし、マクロ的にみればそれで正しいのだからね。時空論はまた今度の機会にするとして、私のワークでも未来を見せることはあるよね。過去生で死んで魂となって、光や神さまのところまで昇れた時に、光や神さまにお願いして見せてもらう形をとっているだろう。ただしワークの時間が残っている事、未来を見る必要がある事という条件があるから、二時間のワークではかなりキツイよね。最近では二時間のワークで未来まで行くことはとても少なくなったなぁ・・・以前のようにワークを延長して、ワークが終わるとすぐに夜診開始では、私の固有時空フィールドが裂けてしまいそうだしね。まぁ、そのお陰で分裂病の一因がおぼろげながらわかってきたけど・・・この話もまた今度だね」  先生は私に宿題を出しているのでしょうか? 私はまじめな顔のままメモを取り続けました。 「さて未来を見る場合、まず特定の条件を絞らなければならないんだ。ひとつの人生での出来事はすべて決まっていて、人生の各ポイントでその課題をクリアーできたかどうかの成否など関係なしに、ただ人生が流れていく、と考えている人もまだまだいるけど、これはどうやらハズレらしいよ。アインシュタインが相対性理論を発表してもニュートン物理学の人たちはなかなか受け入れようとしなかったというから、これも同じようなものだね。それが今や、アインシュタインは古典物理学に入れられているのだろう、統一理論だとか大統一理論・・・何だかさっぱりわからない世界だものね」 「やっぱりだ・・・」

2014年5月1日木曜日

おはようさん 2014.5.1.

今日から5月です。 今朝はお散歩通勤で医院まで歩きました。 道々のツツジさんが真っ盛りですね。 バラさんも咲き始めましたよ。 朝のお散歩は抗加齢医学の横綱です。 氣も血も水も朝からリフレッシュ! 早起きは三文の得 と言いますが、なるほど 心身共に元気だと幸せ&ラッキー君も向こうから近寄ってきますよね。 西三荘の松下本社前で・・・あれ?? (西三荘前の)「赤信号、みんなで渡れば怖くない!」な松下軍団がいないじゃん?? そうか! さすが大企業やなぁ 11連休かぁ・・・ なんてちょいとジェラシーしながら歩いてました。 しばらくして気づきました。 そうか今日は5月1日 メーデーやん! お仕事し始めてからこれまで、メーデーなるものにお世話になったことがないもんで・・・ずっと5月1日は普段通りのお仕事日な私です。 こういう思い込みが人と人、国と国との関係をこじらせてしまうのですね。 今朝のニュースで「老人ホームが悲鳴。医者が来てくれない」というのがありました。 4月の医療改正で在宅医療にトンデモナイ爆弾を落としたから・・・こうなることはわかっていました。 医療側からすれば、当たり前の想定内の話ですが、 官僚からすれば・・・きっと(想定内の)想定外の話なんでしょう。 医者たるもの、そんなことをして道義上、許されるのか! なんでしょうね。 先の大戦中の大本営参謀本部と全く同じ思考パターンです。 マスコミも今頃になって問題化していますが、そんなことは3月に分かっていたことです。 これも先の大戦中のマスコミと同じレベルです。 ここにも 思い込みだらけ・・・思い込みが招いた不幸です。 その不幸の悲しみ・苦しみを直接味わうのは庶民であるお年寄りたちです。 そして・・・これもフクシマと同じですよね。 思い込みを防ぐにはどうしたらいいのでしょう? それは・・・思い込みを思いやりに変えることです。 思いやりと言っても、官僚や政治家が大好きな上から目線の思いやりではありません。 あれは思いやりじゃぁなくって、思い上がり です。 本当の思いやりとは LOVE です。 LOVEがあれば、想定外 なんてなくなります。 一生懸命に相手のLOVE&PEACEを考えますからね。 官僚や政治家にLOVE&PEACEがあれば・・・ マスコミにLOVE&PEACEがあれば・・・ 外交にLOVE&PEACEがあれば・・・ どんな世界になっていたんだろうなぁ。 ということで、おわかれの曲は ♪ IMAGINE ♪ http://youtu.be/dq1z1rkjw-E 前世物語 「過去生から才能や能力を持って帰るのがメインテーマの時には、過去生で光や神さまとコンタクトした瞬間を必ず再体験させる必要があるのはこういう理由わけなんだ。才能や能力をそのまま持って帰りましょう、と誘導するのは簡単だけれど、それだけで本当に持って帰れるのかの確証がないからね。私はワークを通じて、ある才能や能力で大成功した過去生の中の、その成功を引き起こした光や神さまの息吹をもう一度、生で感じ取ってもらうことで、今の人生における新しい気づきをも一緒につかみ取ってもらいたいのだよ。そうすれば、その気づきが秘められた才能や能力を解き放つ鍵となってくれるからね。過去生から才能や能力をただ持ち帰るよりも、神さまとの直通ホットラインの電話番号とアクセスコードを覚えて帰った方がよっぽど役に立つと思うんだよ。ただし電話のかけ方を知っていたら・・・の話だけどね。すると知恵が電話料金みたいなものかな、料金滞納しているとせっかく神さまの電話番号を知っていても通じない・・・うーん、悲しいだろうね」  そう言いながら先生は立ち上がってアールグレイのおかわりを入れています。ハリタとカップを手際よく洗っています。先生のガラス洗いはピカイチです。なんでも昔、化学実習の試験管洗いでしごかれたとか・・・でも、とても楽しそうに洗っています。刀の手入れと相通じるものがあるそうです。心を無にしてガラスとお話をするのだそうです。でも今日はガラスではなく、私とお話ししてくれました。 「今の事柄を美子さんのためにまとめておくね。ある才能や能力が最も高かった過去生へ戻ることは出来ます。その才能や能力がその過去生でピークを迎えた時を再体験することはスランプからの脱出や自信の回復に有効です。しかし重要なのは、その過去生の中で神さまや光とコンタクトした瞬間を再体験することです。たとえそれがちっぽけな意味のない経験でも、今の自分に秘められた新たな能力や才能を目覚めさせる鍵となるものかもしれません」  私は先生のお尻を見つめながら、その言葉をしっかりとメモに残しました。 「はい、お待ちどうさま」  先生はカップをふたつ持って私の前に座りました。私はまた金縛りの術に会わないようにサッと手を・・・手には六花亭のマルセイが載っていました。 「はい、これは昨日の患者さんのお土産だよ。このワークのお陰で、日本全国の美味しいお土産を味わうことが出来るね、感謝、感謝」  先生も看護婦さんもみんな単純な子供みたいな方ばかりです。お土産を持ってきてくださる方に悪い人はいないよ、なんて言いながらお昼にワイワイ頂いています。正直言って、初めは戸惑いました。慣れ親しんだ絵画教室の雰囲気とは別世界だったからです。自由とはこういうものなの? と思いました。でも、私にもすぐにわかったことがあります。自由なほど、自己のコントロールが必要になるのです。ここではお山の大将になることも、仕事をサボることも簡単に出来ます。あまりに簡単過ぎて、自分でも気づかないことがよくあるようです。厳しい自己のコントロールが出来ないと普通の方はとてもここでは務まらないでしょう。ただここの看護婦さんを見ていると、とてもそんな立派な自己コントロールが出来るようには見えません。では何がそうさせているのか? 最近になってやっと私にも見えてきました。先生も看護婦さんもただのアホなのです。嬉しいことは嬉しいけど、嫌なことも笑顔で吹っ飛ばせ! なのです。看護婦さんが先生を巻き込んで、患者さんの癒しに最も大切なものを毎日毎日配り続けているのです。彼女たちにエゴは感じられません。先生は時々、経営者の顔に戻りますが、その顔が結局一番うまくいかないことをよく会得されているようです。患者さんのためになること、この発想が最優先されていることが自由を生みだしているのでしょう。 「いただきます」