2014年5月27日火曜日

おはようさん 2014.5.26.

荻生徂徠さんが「古医方」について書かれたものがとても面白かったので、ご紹介いたします。 「下手医者の治療は、痰あれば、痰の加減をし、熱あれば熱をさまし、不食ならば、脾胃を補い、瀉あれば、瀉を止め、咳あれば、咳の加減をし、一色も残さじと加減配剤、理屈はきこえたるようなれども、病はいえぬなり。暫く効あるに似たれども、またあとより再発し、あるいは外の変化出来して、病おもり、終に死に至るなり。 上手の医者は、あきらかに病源をみて、様々の症あれば、病の根本、あるいは疝気を治し、あるいは虚なりとみて補えば、諸症一々に治するに及ばずして、おのずから癒えゆるなり」 西洋医学しかり ツムラ漢方しかり 慰安鍼灸しかり 昔も今も同じ・・・黄帝内経の時代から、ソクラテスの時代から、ずっと医療は同じ壁の前に立ち続けてきているのです。 高度に医療が発展した今も・・・やはり同じ。否! 医療が高度化すればするほど、下手医者ばかりになっているんじゃないかしら。 なぜなら、下手医者の方が断然、儲かるから。 薬が売れ、医療機器が売れ、眼内レンズや透析が増えるような政策は、原子力ムラと同じ穴の狢でしょう。 この根源を温存したまま、医療費抑制!とやるものだから、市井の庶民幸福度はボロボロです。 政治も官僚も行政も下手ばかり・・・上手がいても抹殺されてしまうのが世の習なのかしらむ。 一国の医 世界の医というグローバルな目で歴史を俯瞰してみても、人類5000年、まだ「上手の治」は見えてこないのです。 では、そんな時代をどう生きていくのか? ブツブツ文句を言っていても何も変わりません。 自分にできること・・・上手な医者になろうと精進することでしょう。 病の根本に迫るということは、天地自然の理 大宇宙の根源に近づくということです。 才ある理論物理学者も天文学者も数学者も・・・きっと理系・文系を問わずあらゆる学者たちも、何かに引き寄せられるように、この天地自然の理 大宇宙の根源に近づいています。 今のこの人類5000年の時代は鉄の時代と呼ばれていますが、光の時代でもあります。 この時代の天地自然の理 大宇宙の根源は、光 「大いなるひとつの光」です。 上手な医者 上手な治者 上手な学者 ・・・わずかでもいいのです。 100匹目の猿じゃないけれど、世界で100人でも・・・いいかもしれません。 上手が夜空の星々のやうに瞬き始めた時、世界は救われ、鉄の時代は氣の時代へ、美の時代へと移りゆくでしょう。 上手が集まらなければ・・・火があって、水があって、次は風かな? 風とは病のことだと思います。 それがいつのことなのか? まだ先のようですが、そろそろ こころして上手に務めなさいよ、と言われた雨の夜でした。(久々の銀河通信でした) 前世物語  このワークの最中、私は静かに涙してました。アヤメの夫の死が私の夫の死に重なってしまったのでした。私もアヤメと同じように突然、夫を亡くしてしまいました。あれほど深い悲しみはありませんでした。私も何も考えられなくなりました。夫のところへ行く力も残っていませんでした。ただ悲しかったのです。  アヤメは「死んでからも夫がそばにいてくれているのがわかった」そうです。だから、それからは頑張って畑仕事や縫い物を続けれたのです。「苦しい生活だけど、苦しいとは全然思いませんでした」  アヤメは本当に頑張って生きてきたからこそ、人生を振り返ってこのように言えたのだと思います。もしも悲しみに沈んだままだったら、苦しい生活に押し潰されていたことでしょう。愛する人が先立った時、残された者の心は閉じてしまいます。あまりの悲しみのために、心が悲しみ色にこれ以上染まらないように、悲しみで愛する人を忘れてしまわないように・・・。そんな心の扉を再び開いてくれるのは亡くなった愛する人だけなのです。愛する人の魂がそばにいてくれる、愛する人がいつも見守っていてくれる、そう感じることが出来た時、心が悲しみの中で癒されていきます。その想いが再び人生を生き始めさせてくれるのです。  愛する人を亡くした方々が愛する人の魂の存在を感じることはよくあることです。心静かにしていると、フッと何かを感じることがあります。もちろん今の科学では計り知れないことです。私たちは未亡人と呼ばれています。愛する人を亡くしたから半分死んだ人なのだそうです。死人に科学は通用しません。だから、私たちの愛する人の存在感を脳の生化学的に、心理学的に創られた幻覚、幻想だと言われても構わないのです。ただアヤメのように再び自分の人生を生き始めることが出来れば、科学など取るに足らないことなのです。先生は、宇宙の法則は物理法則のように美しくて単純だ、と言います。肉体は死んでもその魂は生き続け、残された愛する人を静かに見守っていてくれる、これは美しく単純な魂の法則です。既存の科学を駆使して私たちの想いを理解しようとした優れた理論を見ても、そこに夜空の星々のような単純な美しさを見出せないのはどうしてでしょうか? 私たち未亡人の目は泣き過ぎで曇ってしまったのでしょうか?  アヤメにはコラの神様がついていてくれました。彼女は最後にこう言いました。 「毎日を感謝していたから、乗り越えることが出来ました」