2014年7月31日木曜日

おはようさん 2014.7.30.

先週、ひどい自律神経失調症の患者さんに手の十井穴刺絡をしました(もちろん実証です)。 今日、再診されて・・・刺絡の翌日から、それまでの辛いさまざまな症状がウソのように軽快して、数週間、休んでいたお仕事にも復帰できた、と喜んでくださいました。 両手の指をチクチクさされるのは痛いけど、痛いのはその時だけだし、あれでこんなに楽になるのだったら、全然気にならないと今日はご自分から手をパァーと伸ばしてくれました。 もちろん今日も手の十井穴刺絡! 前回よりも黒い血が大量に&早く出てきて、綺麗な血に早く戻りました。 身体&こころの中の邪気が減ってきた証ですね。 自律神経失調症は、心療内科では断トツに多い病状です。 そして治療方法は・・・なかなかGOODなものはありません。 薬物療法も これが効く! というお薬は、メーカー各社が力説する割には・・・ありません。 自律訓練法とか瞑想とかヨガとか・・・確かに効果はありますが、症状がひどい時には、とても「やる気は起きない」と思います。 刺絡は、興奮&憎悪した交感神経系を和らげ、虐げられていた副交感神経系を刺激&復活させる効果があります。 自律神経失調症とは、交感神経系と副交感神経系のアンバランスから生じるものですから、刺絡はSuper COOL!な治療法だと言えます。 特に、手の十井穴刺絡は十二経脈のすべてに通じており、それぞれの経脈で症状を作りだしている邪気を祓うことができます。 自律神経失調症には100あまりの症状が見受けられますが、それらはすべて、この十二経絡と関連づけることができるので、十井穴刺絡によって、自律神経が改善するのも当たり前だ、ということがわかります。 今日はもう一件、最近、胃液が上がってくる・動悸がする という訴えをされた自律神経失調症で通院中の患者さんもおられました。 この方は腹診すると・・・両側の不容(足陽明胃経)にひどい邪気がありました。 もちろん実証なので、その不容への刺絡です。 吸角を使うと、どす黒い血がドッと出てきました。 これを綺麗な血になるまで続けて・・・刺絡後の舌診で、汚い黄膩がなくなり、舌色も明るくなったのを確認しました。 不容に実邪が昇ると、そこから胃を衝き上げると嘔気となるし、心を衝き上げると動悸になります。 自律神経失調症由来だと、精神的ストレスやトラウマ、心労の自覚がなくても、この嘔気や動悸に「突然」見舞われます。 これは薬物療法:抗不安剤や抗うつ剤など にあまり反応しないタイプの心身症ですが、腹診さえちゃんとすれば、陽明胃経のどこに邪気が滞っているのか?を見つけ出し、刺絡することができます。 今日の自律神経失調症への刺絡の効果は・・・乞うご期待ですね。 前世物語 「ここでは対立する者同士が精神的な夫婦だと言われていたわね。肉体的には決して結ばれることなどなくっても、精神的に結ばれることは拒否してはならないのだわ。対立する者を受け入れなくてはならないのね。対立することも、『ある意味で共に歩む』ことなのだから。  ソウルメイトという言葉が独り歩きしていて、狭い意味で『夫婦』になる魂だと思われているわ。この世の夫婦が肉体的な夫婦だとすれば、精神的な夫婦だってあってもいいですもの。ね、先生、二元性の世界なんだから、でしょう」  先生はニコニコしながら親指を立てました。私は微笑みながら続けました。 「精神的な夫婦の定義が『共に歩む者』と言うだけで、対立する者、平たく言えば一番嫌いな奴を含むと言われると、もう簡単にソウルメイトなんて言葉を出せなくなっちゃうわね。  でも、この話はこのワークだけではなくって、前からいろいろな先生方が言われてきたことだわ。ソウルメイトだからこそ、時には宿敵を演じてくれるとか、殺し殺されるような状況にまで追い込んで共に深い学びを得るとか・・・。だけど、このワークみたいに露骨に言われちゃうとなんだか応えますよね」  先生はウンウン言ってます。 「私ね、ゾクゾクしながら先生のことを思っていたの。だって先生と私の関係って、今は本当に『精神的な夫婦』なんですもの。なんだか私のことを言われているような気がしちゃったの。だからゾクゾクもの、だったのね」  私は寒気のポーズをして先生を笑わせました。 「でも今は大丈夫よ。ホラ、こんなに先生のこと、受け入れているでしょう」  私もアッと思いました。そこには左手の指輪をはずして先生に差し出している私がいました。 「私って何してるんだろう?」

2014年7月30日水曜日

おはようさん 2014.7.29.

夢分流打鍼を始めて1年あまり経ちました。 毎日、たくさんの患者さんのお腹を触らせていただいています。 その中で気づいたことを、どんどん腹診&打鍼のテクニックに応用しながら、患者さんたちがもっと良くなるようにフィードバックしています。 不思議な話で、新しいことに気づくと、ちゃんとそれを試させてくれる患者さんがやって来てくれます。 お腹から胸部へと腹診&打鍼を広げた時もそうでした。 経絡に沿って、ダイナミックに反応穴が移動していくのに感動したこともありました。 昔の人たちは、こうやって経絡や経穴を見つけていったんだな・・・すると杓子定規な穴の概念が4次元、6次元的に広がっていきました。 先週、打鍼の新しい知恵を得ることができました。 これまで気づいていたこと、工夫しながらやってきたことがすべて、その知恵の中にありました。 間違いじゃぁなかった・・・とても心強くなりました。 そしてその知恵の中にあった新しい手法も、今日、やってきた患者さんに試すことができました。 慢性腰痛・坐骨神経痛・肩こり・首こり・頭痛 どれも打鍼で治療することができるようになっていました。 もちろんうちは普通の医院。 患者さんたちはお薬も注射も検査もリハビリも・・・大好きです。 鍼灸はリハビリのおまけみたいに受け取られています。(あと・・・院長の趣味の世界とか(;^^)ヘ..) でも、今はまだ、それでいいのです。 この1年間で、お薬の量も、ブロック注射の回数も、他院へのMRI検査の依頼も、明らかに減ってきています。 それはね・・・鍼灸が効いてきているってことですよ! 癌の患者さんで鍼灸を続けてくれている人たちは、抗ガン剤に負けずに、とても元気で過ごされています。 あとはこのまま、100匹目の猿現象の発現を待つだけです。 鍼灸が効いてるなって自覚してくれる患者さんがもう少し増えれば、口コミ効果が出始めるでしょう。 医院が流行る云々よりも、この鍼灸という治療法の素晴らしさをたくさんの患者さんたちに知って頂きたいのです。 特に、癌と難病。脳卒中後遺症や先天的な脳神経疾患の患者さんたちに、この鍼灸の治療をお薦めしたいと願っています。 そんな想いで、空き時間が出来ると鍼灸関係の本を読んでいます。 今はマイ・ブームの「刺絡」の本が多いかな。 刺絡はどうしても鍼灸師さんたちの腰が引けちゃってる療法だから、ドクターが率先してやらなければ! とメラメラ燃えかけています。 乞うご期待!です。 前世物語 「それは個人個人が気づいたらいいことなんだよ。その気づきが正解だったら、お待ちかねの現世の大反動がやって来るから正解だとわかるよ」 「この世に存在する意味ですら、そんなに深遠な気づきなんだから、生きる意味となると、もうとても手が届かない気づきなんでしょうね」 「いいや、そんなことはないよ。確かに宇宙の彼方にあるように思えるけど、意外と手を伸ばせば届くものなんだよ。手を伸ばせば、ね」  先生は両手を前に伸ばして大きく背伸びをしました。私も微笑みながら一緒に背伸びをしました。 「彼もまだプロセスを歩んでいるのだわ。私は彼の足跡を追ってここまで来たけれど、確かに彼は私の道標をしてくれているわ。そして彼自身もとても苦しんでいるのだわ。顔で笑って偉そうなこと言ってるけど、襲い来る孤独と悲哀の嵐に向かってプロセスの頂上付近で仁王立ちしてるんだわ。心が凍傷で崩れ去っていくのを愛の灯火ともしびでかろうじて防いでいるのだわ。そんなところにいないで早く降りてくればいいのに・・・。  あなたは私のザイルをつかんでいるの? 私を引き上げようとがんばっているの? それだけじゃないわ、あなたの両手には無数のザイルがあるじゃない。誰を助けようとしているの? 何のためなの?  私にはわからないわ・・・」  突然、そんな思いが湧きだしてきました。私は背伸びの姿勢のままで、心に込み上げてきた彼への言葉をじっと押さえつけました。私の耳元で何かが囁いた気がしたからです。 「まだ言っちゃダメだよ」  それは私のエンジェルの声でした。私も初めて聞く声です。でも、私にはエンジェルが何を言おうとしたのか、がすぐにわかりました。まるでエンジェルが時間を戻してくれたように、私と先生は大きな息を吐きながら向かい合っていました。 「ねえ、先生。『精神的に結ばれること』という件くだりがあったわね。私ね、あれを聞いていてゾクゾクしちゃったの。だってね、私たちのことを言われているような気がしたもの」  先生はカルテを見ながら、おさらいしてくれました。 『共に歩くことではあるけれど、ただそれだけなのだ。いろいろな、そしてあらゆる意味で共に歩むのだ。お前は今、彼を受け入れることを強く拒否している。だからお前にはこの意味はわかるまい。拒否するな、と私はずっと言っているだろう、それともお前には聞こえていなかったのかな。そのうち彼と向き合う時も来るだろう。今はそれまで待つしかない』  先生は大きく頷きながら私に続けるように促しました。

2014年7月29日火曜日

おはようさん 2014.7.28.

超高齢化社会になってきました。 おとしよりばかりの毎日です。 みなさん、死にたくない と思っています。 そんなおとしよりたちの死生観を覗き見してみました。 まず・・・守るべき何かを持っている人たち。 それは愛だったり、財産だったり、家族だったり、地位や名誉だったり・・・ 何か大切なものを持っているから、 この大切なものを守っていきたいから、まだまだ死にたくない。 よくわかります、その気持ち。 守りたいのは自分の幸せ・・・自分がこれこそ幸せだと思える何かです。 傍から見れば、それが本当に幸せなのか?  どうせ死んだらあの世には持って行けないでしょう? なんだけど・・・ これをエゴだ!と片づけてしまうのもどうかな。 所詮この世は自己満足なんだから。 幸せも死もやっぱり自己満足なんだから、いいんじゃないのかな、それで・・・と私は思います。 次に死にたくない人たち・・・守るべき何かはありません。 あれれ? 何もないじゃん? そう、自己のアイデンティティが何もなく、ただ生きている人たちです。 生きがい・・・ありません。 愛・・・ありません。 大切なもの・・・自分の命くらいかな? アイデンティティがない人たちも強く「死にたくない」と思っています。 「私はええ歳やから、ポックリ死にたい」なんて言ってる人に限って、ジタバタします。 このグループ あえて大衆と呼んでもいいでしょう このグループは、自己というアイデンティティがないから、漠然と死を怖れています。 死んだ時、アイデンティティがないと、自己が消えてなくなる、忘れ去られてしまう、という漠然とした恐怖を感じているのです。 だから、死にたくない。 だけど、日々の生の中で、アイデンティティを育む営みを始めようとは決してしません。 そんな人生は、まるで蟻や蜂 昆虫のようです。 生まれて、働いて、死んでいく。 そこに個はありません。 生はあったけど、死はありません。 消であり滅があるだけです。 このグループの人たちには、輪廻転生も極楽往生もないかもしれない・・・あるのは、ただ生だけ。生が終われば、滅して消えてしまうだけ・・・そんな 怖ろしい?ヴィジョンを光さんが最近、見せてくれていることに気づいています。 天命・天職・生きがいに目覚めて、その道半ばの人たちも死にたくないでしょう。 このグループの人たちは、愛も財産も権力も・・・天命・天職・生きがいの成就のためだったら、手放してしまう人たちです。 ある意味、怖い人たちです。 弁慶の仁王立ちのような死に方をします。 死にたくないというよりも、成就するまで生きるんだ、という強い執念を感じます。 やがてこのグループの人たちの中から、生死を超越してしまう人たちが現れます。 天に生かされるまま、日々を生きて、天命・天職・生きがいの成就を果たそうとする人たちです。 道半ばで死が訪れても、これも天命 今日は死ぬのに善き日だ、と笑って旅立っていきます。 この人たちにも、輪廻転生や因果応報はありません。 輪廻転生や因果応報に囚われる人たちよりも、もっともっと光に近づいているので、魂本来の自由さと創造性が輝き、そのひとつの魂自体が大いなる光そのものとなって、終わりの始まりを迎えます。 死とは何か? 生とは何か? 死んでみたら、わかるさ・・・ではないのですよ。 この生 生きざま次第で、滅してしまうのか? 悠久の輪廻転生の渦に投げ込まれるのか? 大宇宙の真理になるのか? がチョイスされるのです。 2011年を境に時空間が退縮し始めている、と感じていましたが、どうやら2011年以降の時空間の退縮はフェイクであり、2011年のピークと同じく「今、この時」だけに「生」が与え許されているように感じます。 最後の審判を告げるラッパが吹かれた と言ってもよいかもしれません。 額の刻印は・・・自らの生きざまで形作られるのでしょう。 死を怖れるより生を怖れよ 汝らは死を喜ぶものとなるであろう 前世物語 「孤独の何たるか、孤独の意味を知っているから、心に波風は立たないんだよ。ただ孤独を受け入れている。きっと感情も湧かないかもしれないね。感情の何たるかを知っているので、完全にコントロール出来てしまうからね。覚醒した人の心はどこまでも澄み切っていると思うよ。そして何かを想った瞬間にそれが現れているんだ。生きていくには困らないけど、次第に何も想わなくなっていくだろうね。まさしく神となって見守るだけ・・・になっていくのだよ」  先生は急に憂いに満ちた顔になりました。何かが先生の心に去来したのでしょう。私の愛がそれについては触れるな、と言いました。 「ある人の意見では・・・だったら、先生は一体どう考えているの?」  先生は私の中へ戻ってきて答えてくれました。 「過去生、未来生と言った一本の時間軸で考えてもいいけれど前にも触れたように、『過去も未来も今、同時に起こっている』と言い出している人が最近、急に増えているんだよ。誰も確証なんかないよ。でも確かに直感的にそのような気がするんだ。過去、今、未来を一本の時間軸で考えるよりも、この考えの方が想像もつかないくらいの膨大な事象を含むことになるんだ。そしてそのエネルギーは言い表せないくらい巨大になってしまう。果たしてそんなエネルギーが・・・いやいや、わからないよね。  生きる意味に気づくことと、こんな宇宙の神秘に触れることとは関係ないように思えるかもしれないけど、ドッコイ、関係があるんだよ。生きる意味には自分がこの世に存在する意味も含まれるだろう。例えば、ある人の今の人生の中に十ヶ所の人生の節目があったとするよ。それぞれイエスかノーを選べる節目だ。もうそれだけでその人生は1024通りあることになるよ。すると約千人の自分が生きているわけだね。その中には、これが本当に自分のなれの果て? と認めたくないような人だっているだろう。でも、自分がこの世に存在する意味を知るにはどうしてもその千人の存在を認めなければならないんだ。だって自分なんだから。たまたまあの節目でノーと言ったからそうなっただけであって、どんな人になっていようとやっぱり自分なんだよ。ホラ、子供がどんな悪人になっていても親は子供がかわいいものだろう、愛しているだろう。子供でさえそれなのだから、自分の分身を愛せないわけがないものね」  先生はわざとアッケラカンに言っているように聞こえました。 「自分がこの世に存在する意味は全ての人を愛すること・・・なのですか」  私は静かに尋ねました。温かい涙が溢れてきます。

2014年7月28日月曜日

おはようさん 2014.7.27.

せっかくの日曜日  向日葵写真を撮りに行きたいなって思いながらも、昼には雨の予報にがっかりした朝でした。 晴撮雨読 だったら本を読みながら、溜まったフィルムのスキャンをしましょう!と医院に出かけていきました。 まだ昼前なのに、医院に着いた途端に大粒の雨が・・・はいはい、今日は一日、お勉強しますよ、ということで、先日、いただい藤本蓮風先生の新刊「臨床というもの」を読破しました。 やっぱりすごい先生です。 ハッと思うところ、なるほどなぁと感心するところがいっぱいありました。 蓮風先生の鍼の感性は、誰にもマネできません。 知識もすごいですが、知識はがんばって勉強を続けていれば、やがて身についてきます。 でも、鍼の感性は、神さまからの授かりものなので、神さまに選ばれない限り、身につけることは難しいのです。 それはわかっているけど、医療としての鍼の力を世の中に知らしめたい、という熱い想いがあふれ出ていました。 鍼の力を広めるために、志ある鍼灸師に知恵と技量を伝授したい想いが強いほど、未熟な技量と知識の鍼灸師たちへの風当たりも強まります。 やがてそこに、内なる葛藤が邪気となっていく・・・ 私も「光の前世療法」で同じ道を歩んできたので、深く深く共感しました。 こんなに素晴らしい療法はない! これで心悩める人たち、人生の節目でさまよえる人たちを救うことができる! もしかしたら、世界中の宗教戦争も解消できるかも! 本気でそう思っていました(今でも思ってますけど) そして、この療法ができる医療関係者を増やそう!とセミナーを始めたりもしました。 結果は・・・テクニックは誰でもマネできます。 でも、私が繋げたい光さんのところまで、誰も行けなかったのです。 みんな、自分のエゴや呪縛の色眼鏡を外せない・・・遠くの方から自分色の光さんを眺めているだけでした。 それで満足する人も多くて・・・ ちがう! ちがうんだよ! それはフェイクだよ! 本当の光さんはもっと上で輝いているじゃないの! 叫べば叫ぶほど、集っていた人たちは去って行きました。これが現実・・・ それでも毎日、光の前世療法を行って、光との対話に導いて、神託を持って帰ってもらう・・・そこには達成感があり、蓮風先生が鍼が楽しくてしかたない と書かれている気持ちがよくわかります。 そして今は・・・・ ジタバタしてもしかたありません。 光さんと繋がる それも各宗教の教祖さまたちが繋がっていた光さんの源に繋がる役目は天職であり、天命なのですから。 蓮風先生の鍼の感性&力も同じでしょう。 天から授かったものですから、天の思いのままに・・・従うのみです。 よし! 同じ役目の人間を増やすぞ! と動けば、何もせずとも同じ感性&能力を持った人たちが集まってくることでしょう。 次はこの人にバトンタッチしてね! おつかれさま! と言われれば、心安らかに今生を終えることができるでしょう。 それまでは、日々、精一杯 がんばるだけです。 さまざまな葛藤や自己矛盾にさいなまれることもありますが、すべては天命!と悟れば、今を生きることができるのです。 前世物語 「小さい頃、この世の中にあるすべてのもの、すべての出来事は全部想像じゃないか、と思ったことはないかな? 前に言ったホログラムだね。自分以外のすべて、両親も学校も、茜色に染まった空も、昨日も今日も・・・みんな自分の想像じゃないか、ってね」  私は横に首を振りました。だって子供の時だけではなく大人になっても、そんなセンチメンタルになったことはなかったですもの。でもフッと、この人ならありえるな・・・と思いました。 「自分の人生が完結すればこの世は終わる、と聞いた時、昔のその想いが蘇ってきたんだよ。なんだ、やっぱりそうか、ってね。  生きる意味のすべてを知っている状態とは、どんな状態なのだろうね。スピリチュアルの世界ではよく、エンライトメントとか覚醒という言葉を使うよね。すべてを知っている状態とは、この覚醒状態だと思うんだ。覚醒状態に行き着くまでに、何回も気づきを繰り返すのが普通のプロセスなんだ。だって気づきはなかなか長続きしないからね。  なぜなら気づき、アウェアネスが訪れると、しばらくの間は自分でもスピリチュアルにアップしたなぁ、と思えるんだ。これは良い感じだよ。宇宙の真理にもう少しで手が届きそうなんだからね。でもその後がひどいものなんだ。いい気になっている所へドッーと現世的な問題が押し寄せてくるんだ。もうこれは悪魔の災いだ、と思ってしまうほどだよ。たいていはコテンパンに叩きのめされるね。これでスピリチュアルなプロセスから離脱してしまう人も多いんだよ。スピリチュアルにアップすればするほど、現世の反動は辛辣になるようだね。しかも生きていかなければならないから、真正面からまともに受け止めることになってしまう。なぜこんな現世の反動が起こるのかな?  ある人は、気づきでステップアップしたら、その気づきに関しているすべての過去生、未来生のエネルギーが現世に吸い寄せられてきて、そのエネルギーが現世で開放される際に、現世の反動的な事象を生み出してしまうのだ、と言ってるんだ。そう考えると、大きな気づきを得ると大きな反動を食らってしまうのが説明できるよね。そうしたら、すべてをずっと知っている状態の覚醒に至ったら、時間軸上のすべてのエネルギーが現世に収束してくることになるからね。そしてそれが人間の目に見える形の巨大な反動となって最後の決戦を挑んでくるわけだ。本当の最終決戦になるね。なんとかそれを乗り切った時、人間の目に何が見えるのだろうね。もう過去も未来もないわけだよ。ただ今に生きているだけ、そしてすべてを知っているんだよ。生きているけど、もう誰も何者も関わってきてはくれないんだ。何でも知っている、何でもわかる、何でも出来るんだ」 「先生、それってすごく孤独じゃないの?」

2014年7月27日日曜日

おはようさん 2014.7.26.

今日も36度を超える猛暑でした。 この暑い時期の外来では、こんな話になることがよくあります。 「今日も暑いから、しっかり水分摂りぃなぁ」 「ちゃんと摂ってます」 (脈を診ても、舌を診ても、明らかに慢性脱水なんやけど・・・言うても聞かんわぁ。。。) 「どこか調子の悪いところはありますか?」 「ふらつくし、何となく頭が重いし、怠いし・・・そういえば、手が震えるような気もするし」 (それって脱水症状やんか・・・言うても聞かんけど。。。) 「やっぱり熱中症になりかけると、そんな症状も出ますから、水分をもうちょっと多めに摂った方がいいですよ」 「そやけど、おしっこが近くなって、嫌でんねん。それに、ずっと冷房の部屋におるから汗かかんし、脱水とはちゃいますわ」 (ここで普通の内科みたいに、「じゃぁ 血液検査しましょうね」と振れば、儲ける医者になれるんやけどなぁ。。。 あかんなぁ(;^^)ヘ..) 「だったら、そういう症状に効く漢方薬を出しときましょう」と清暑益気湯を中医学でも日本漢方でもなく、強いて言えばツムラ漢方で処方してしまう私。。。 「先生、しんどいから点滴もしといてぇなぁ」 「(ほら、見てみぃな 身体は脱水やから助けてくれぇ!と訴えてるやんか)はい、わかりました」と君子危うきに近寄らずな私。。。 注:ただし、この時期の脱水・熱中症に伴うさまざまな症状には、清暑益気湯がよく効きます。 ヘタに水をさばくよりも、補気してやれば、とりあえず元気が戻ります。 そして、頑固な人たちは、この「とりあえず元気」を求めているのですから。 頑固な人たちの情報信用度は、TVのワイドショー&CM > 友だちの話 >> 医者 です。 なんでやねん! って叫びたいですよね。 そんなわけで、頑固な人は、目に見えないところで、いろいろと損をしています。 無難&適当にあしらわれている場面を他業種でも度々目にします。 素直な人と頑固な人との差は、寿命で10年分以上あると思います。 (もちろん 頑固な人の寿命 < 素直な人の寿命 です) 人生の幸せ度では、頑固な人 <<< 素直な人 でしょう。 そんなことをフッと思った酷暑の下の外来でした。 前世物語 「それで先生はどうやって光とコンタクトする方法を見つけたの。まさか光に聞いた、なんて言うのじゃないでしょうね」 「先に釘を刺されたら、もうそれは言えないね。実はさっき説明した第三世代の誘導をしていた時だったんだ。下を見て現世と過去生を見比べるだろう。その時ね、フッと、『では、そのまま上を見て』と誘導したんだよ。そうしたら上には神々しい光が輝いていた、という次第だったんだ。偶然と言えば偶然だよ。その時の患者さんがとても心が開かれていた方だったから、はっきりと光が見えたんだからね。でも昔から発見なんて、そういうものなんだよね。偶々たまたまとか、偶然に・・・とかがきっかけなんだよね」 「だったら先生のワークは第四世代になるのじゃないですか?」 「いやねぇ・・・自分で言い出すにはちょっと内気なのかなぁ。美子さんには面と向かって『愛してるよ』と言えるのにね」  こいつのどこがナイーブなのでしょう。私はなんだか可笑しくなって大笑いを始めました。先生も一緒になって大笑いしています。私たちの笑い声が夜の診察室に再び響き渡りました。 「ねえ、先生。今日の患者さんの中にもジェロニモの小さな光が入っていますか? と尋ねたら、たくさん入っている、と答えが返ってきたわね。その光の意味は何か? を尋ねたら、生きる意味の答えを求め続けている、と言われたわ。そして、彼女はこの人生ですでにその答えを理解したのでもう生まれ変わることはなく、この後は宇宙に戻って『大いなる意志となって・・・人々を見守り続けるのだ。女神、神、見守り続ける』だけだ、と言われたわ。もう彼女は人間を卒業した、と思っていいのかな?  この人生は人間として生きる最後の卒業試験だと思っていいのですか?」  私はメモをめくりながら尋ねました。 「あの問答はそういう内容に取れるよね。それはそれでいいんだよ。ジェロニモの人生を自分の過去生として見てしまうと、本人もそんな気になっちゃうだろうからね。このワークは・・・」 「患者さんが前向きに歩き出すための杖代わりに使ってくれればいい、でしょう?」  先生は笑いながら大きく頷きました。 「でも先生、私はちゃんと聞いていましたよ。先生の意図はちょっと違っていたのじゃないですか?  『私が知ったら、この世は終わるのですか?』  あの尋ね方は変ですもの。先生はどういうつもりで聞いたのですか?」  先生は悪戯がばれた子供のように頭を掻きながら答えました。 「スピリチュアルに成長した美子さんには、かなわないなぁ。確かにね、私が今回生まれてきた意味は何ですか? に対して、『完結。この世の終わり』と答えが返ってきた時に、何か引っ掛かるものがあったんだ。だから聞き直してみたんだよ。ある人の人生の目的がその魂の完結だった、というのは構わないけど、それでこの世を終わりにされちゃうと困るからね」 「また、そうやってしらばっくれる・・・何か気づいたことがあるんでしょう?」 「今夜の美子さんは本当に鋭いね。夜が更けるといつもそうなの? カミソリ美子だね」  私はゲンコツを振りかぶりました。先生はわざとイスから尻餅をつきました。

2014年7月26日土曜日

おはようさん 2014.7.25.

先日、光の前世療法のお部屋でお昼寝していた時の夢のお話です。 (たま~に午後の空き時間に至福のお昼寝timeをいただけるのです(*⌒▽⌒*) 老若男女が混在している大きなグループの引率をしている私がいて・・・ バス? を降りたら、そこは目的駅と離れた造成地のようなところで・・・ 老若男女さんたちはみんな、疲れた顔をしながら、頼りにしてまっせぇ な空ろな視線を投げかけてくれていて・・・ まわりを見渡すと、ここは来たことあるよ、確か・・・と、iPhoneを取り出して、位置情報を確認してみると・・・ 目的駅までは、あと少し歩けば到着できるところでした。 空は天晴れ 日射しはきついけど、なんとかみんな、歩いて行けそうだ、という自信もあって・・・ 最短距離を歩き始めると、デーンと高い茶色の(たぶん木製)壁に守られたUFJ(なぜか直感で大阪湯リバーサルスタジオだと)が行く手を遮ってました。 これを回り道するとなると、とてもじゃないけど老若男女は目的駅まで辿り着けない・・・ でも、UFJの中に入っても、目的駅に着けるかどうかわからない(入れば二度と出てこられない直感が・・・) どうしよう? どうしよう?? 抜け道はないかしら? と再びiPhoneを取り出してみたけれど、なぜか地図は出てこない・・・ 行く手を阻む高く大きな茶色の壁を眺めながら、よく見ると、壁の手前に農道があって、それは目的駅の方へと一直線に伸びているように見えました。 う~ん、あの農道を行くか? でも、行き止まりだったら、このグループは全滅や・・・どうしよう・・・と思案している私。 すると、農道の左から右へ 軽トラが砂埃をあげながら、颯爽と走り抜けていくのが見えました。 そうか! あの農道は目的駅に通じているぞ! と(何の根拠もなく確信した私・・まぁ夢だからね) そして、老若男女のグループを率いて、その農道のところまで歩いていって・・・ そこで目が覚めました。 光の前世療法の部屋には、私の縄文系神さまたち:出雲の神さまたちのお札が祀ってあります。 だから、この夢は、これから集まってくる老若男女の人たち:みんな 光の世界へと向かう人たち を光の世界の入口までちゃんと導いていきなさい というメッセージだと思いました。 ただ、そのメッセージ自体は、以前から度々、降ってきているものと同じですので、そこには意味がないなって思って・・・ この夢メッセージの一番のキモは、あの軽トラや!と思いました。 そもそも目的駅を地図で探したとき、左手に進まなきゃいけないことに、左って過去の方向やん? なんで過去やねん?? って引っかかっていましたが、「軽トラが左から右へ駆け抜ける」 つまり、過去から未来へと颯爽と駆け抜けることが大切だったので、ここは左手が目的地となったのでしょう。 あとは あの軽トラの正体や如何に? だけです。 まぁ そのうち 現れるでしょう と思っていたら、さっそく、現れた次第です。 その正体は・・・昨日のブログでご紹介した芝田吾朗さん:ごろーさんです。 ごろーさんが笑顔で颯爽と駆け抜けていく道を、ご縁ができたさまざまな人たちを引き連れて、歩んでいけばいいのです。 ごろーさんの道 それはまだはっきりとはわかりません。 ハグすることかも? ・・・ ・・・ ちょっと違うな・・・ きっと 大きく世の中が変わる時、みんな、右往左往しちゃうけど、ほとんどの左脳&古い世界の人たちは高く大きな壁の内側に逃げ込んでしまうのでしょう。 残った右脳 直感に目覚めた人たちを連れて逃げるとき、ごろーさんが光の世界への抜け道を示してくれるのだと思います。 左脳スピリチュアルな人たちに光の前世療法をすることが多くなってきました。 もちろん過去生も見えるし、光との対話もできます。 ただ、「今生の使命を果たした未来の姿」を見せてもらうと、今生の未来の姿ではなく、別人・・・つまり転生した次の人生・・・が見えることがとても増えました。 これはどういう意味があるかと言うと、左脳の人たち(スピリチュアルな人も、そうでない普通の人たちも)には、今生の使命や目的を成就することはなくなった、ということだと思います。 今生の使命や目的を成就できないとなった場合、それでも生かされているのは、その死にのみ意味があるから・・・でしょう。 まるでクリスマスを待つ七面鳥のように・・・ 何が起こるのか、まったくわかりませんが(光さんもこれに関しては何も教えてくれません・・・私を予言者にするつもりはないのでしょう)、絶体絶命な状況下でも、光の世界への道はちゃんと残されているということ、そしてその抜け道が見えている人がちゃんといるということが今回の夢からの学びでした。 前世物語 「私のワークは美子さんも知っての通り、安全装置満載の超安全型の過去生退行だろう。さっき話に触れた赤ちゃんから胎児を経て中間生に入り、そこから過去生へ戻る形が一番古典的な方法なんだ。これは過去生退行催眠の第一世代と呼べるね。この方法は現世を強く引っ張りながら過去生へ戻るので、比較的安全な方法だと言えるんだ。ただし過去生ははっきりと見えるけれど、それを気づきに繋げていくのにはちょっと無理があるんだ。うまく当たれば過去生のエネルギーを開放できるけど、なかなか当たらないところに問題があったんだよ。鉄砲で言えばさしずめ『種子島』だね。  そして誘導方法を改良していった結果、ワイス博士が報告して世界的なセンセーショナルを巻き起こした、マスターとの対話が出来る形の第二世代が生まれたんだよ。ただし、この段階ではマスターとの対話は重要だけど、それは死後に魂が浮かんだ中間生において行われているからね。マスターが出てきてくれればいいけれど、出てこない場合も多いんだよ。それにこの中間生には、生きていた時の感情エネルギーを持ち越したままの魂も浮かんでいるからね。そう、魂の本質に目覚めきれていない『居眠り魂』だよ。従来の宗教観で言われていたように、神(マスター)もいれば、悪魔もいる世界がこの中間生なんだ。だから、その領域でマスターからメッセージをいただいても、いちおう疑ってみる必要があるんだよ。たまに毒リンゴだった、なんてこともあるからね。でも、これはこれで偉大な一歩だったんだよ。私はワイス博士をとても尊敬しているんだ。何より彼の勇気が、今、こうやって世界中でたくさんの患者さんたちを救うきっかけを作ってくれたんだからね。  私たちが過去生退行に使っている誘導は、ユング心理学やゲシュタルト心理学などが導入された第三世代の過去生退行だと言えるんだ。このレベルになると、もう古典的な年齢を退行させていく方法よりもダイナミックなイメージ誘導で直接、目的の過去生へ戻っていくことが出来るようになったんだ。この第三世代の特徴は、今の人生と過去生の対比から気づきを得ることを重要視している点なんだ。これはまさしくゲシュタルトだね。私のワークでも、過去生と現世が『図と地』を行ったり来たりしているだろう。この過去生と現世を見比べるという概念はとても大切なんだ。なぜなら、これはある意味、神の目で自分の人生を見てみることになるのだからね。『過去生を見るだけ』から『気づき、学ぶ』 ことに視点が移ったんだよ。この進歩もとても大きい一歩だったんだ。なぜなら過去生退行が心理療法として確立され、一般の心理学者や精神科・心療内科のドクターにも受け入れられてきたということなのだからね。  そしてちょっと自慢話になるけど・・・私のワークでは、光、神様、仏様、仙人・・・まぁ、いろいろな形で出てくるけど、そういった光とのコンタクトを意図的に行い、光からの直接的なメッセージを受け取ってくることが出来るんだ。これは外国にはあまりないそうだよ。なぜならね、キリスト教圏では、どうしてもそこまで神と近づくのは心苦しいそうなんだ。その点、宗教に無頓着な日本人だからこそ、神をも恐れずに、神さまに患者さんを直接コンタクトさせるまねが出来るのだそうだよ。  でも、恐れないでいいよ。神さまの力、宇宙の意志の力のすごさは十分に身にしみてわかっているつもりだからね。もしもこれが罰当たりのことだったら、今頃はみんな抹殺されちゃっているよ。そうしたら、こうやって美子さんと再会することもなかったんだろうね。だからね、私の勝手な解釈としては、美子さんと見事、再会出来たのは神さまからのご褒美だと思うんだ。神さまはご褒美は絶対に忘れないからね」  真面目に話していたかと思うと、いきなりこれです。私はヘラ女神の目つきで彼に投げキッスを送りました。

2014年7月25日金曜日

おはようさん 2014.7.24.

天満満天堂のごろーさん(芝田吾朗さん)FBの今朝の投稿に感動しました。 まずはみなさんにシェアーさせていただきますね(ごろーさんの快諾済みです) 信号待ちしてたら 前のバイク二台が 青になっても動かない ありゃりゃ と眺めていたら ちっちゃい方のお兄さんが ヘルメット脱いで おっきい方のお兄さんに 蹴りを入れた おっきい方のお兄さんも 長いリーチで応戦 やたら巻き舌でまくしあげる ちっちゃいお兄さん おっきいお兄さんはヘルメットかぶったまま ドスの効いた低音でうなるようになんか言うてる あらま こらえらいこっちゃ ここは正義のあやまりヒーロー ゴロパンマンの出番や 『ごめんごめんごめんごめん まったく無関係の通りがかりやけど間に入らせてもらうでー』 って言いながら 狂犬のように吠えまくるちっちゃいお兄さんをぎゅうっと抱きしめました お兄さんちょっとビックリしながらも 『いやいやあいつがやなー』 と なんかお母さんに告げ口するかのように 僕に訴える おっきいお兄さんの方は 少し冷静になったようで 『俺はなんも手ぇ出してないから』と 僕に訴える ちっちゃいお兄さんは すぐに沸騰して 『アホかお前なぁー!!』 とまたヒートアップ でもしっかり僕の腕のなかに 抱かれながら 『まあまあまあまあ 怒っても誰も得せえへんでー 流し流し許し許しー』 と なためるゴロパンマン だんだん2人がカワイイ子供に見えてきたところで バイク乗りのお姉さん登場 一瞬で状況を察知してくれたお姉さんは おっきいお兄さんに 『いいからともかく早よ行き』とカッコ良く促してくれた こういうときの女性の一言はコウカテキメン あっさりバイクにまたがってくれたおっきいお兄さん そして お姉さんと僕に 『すんません、ありがとうございます』と会釈 すると 『お前ほんまにそれでええんやなっ!?』 と最後まで吠えるちっちゃいお兄さん もちろん僕の腕のなかに抱かれながら 『ええねんええねんこれでええねんみんな仲良くハッピーや』とゴロパンマン 信号が青になり おっきいお兄さんは走りだした ちっちゃいお兄さんは 『よう辛抱したなぁ、えらかったなぁ』となぜか僕に褒められつつ抱きしめ状態から解放 お姉さんと僕に向かって 『知り合い?』 と ちっちゃいお兄さん 『ううん、ただの通りがかり』 声をあわせて お姉さんと僕 ちっちゃいお兄さん 去りぎわに 『ありがとう。また会ったら、、、』 『そやなまた会ったらみんな友達やな』 と僕 『ありがとう。ほんまありがとう!!』 と最高の笑顔でちっちゃいお兄さんも走りだした ニコッと笑ってお姉さんも走りだした 運転席に戻った僕は 目の前で起こったドラマを反すうしながら ホントにケンカしたい人なんて どこにもいないんやろなー って思った 自分にとって とても意味のある体験だったような お兄さんたちに 感謝やな このごろーさん 私がこの世の中で「この人は!」と公認する生き神さまです。 バチカンやチベットやイスラムや仏教で一番偉い人たちの中には、ひとりも「生き神さま」は居ません。 もちろん 世界を動かしている政治家や経済人の中にも居ません。 そんなん あんたが出会ってないだけ、知らないだけやろ! って人たちは左脳人間&古い世界の人たちなので、放っておきましょうね。 光の前世療法を通じて、大いなる光さん、すべての神さまの根源さん、宇宙の真理さん・・・まぁ 何と呼んでもええのですが・・・そういう神さまにとっても近い&親しいところに居らせていただいている私が言うのですから、右脳&感性が開けた「光の世界へと向かっているみなさん」には分かりますよね。 ごろーさんは今朝、ふたりの人の愛&感謝の目を開眼しました。 きっとね、この二人がまたふたり そしてまたふたりと・・・今夜、幸せな気持ちに包まれている人って、この大阪の夜空の下に何人増えたのかしら。。。 十人 百人 千人・・・ 昔々 この大宇宙が闇だけの世界だった時、 ふっと光が生まれたの。 光さんは闇さんをハグしようと、大きく手を広げて、包み込もうとしたの。 闇さんはびっくり。 だって、光が襲いかかってくるように感じたから。 闇さんは元々 大人しくて、寡黙で、恐がりで、ネガティブだったの。 だから、とっても怖くて、パニックになったのね。 光さんを攻撃したの。専守防衛 集団的自衛権・・・あれ? どっかの国と同じやね どっちも闇の世界のまっただ中。。。 でも、大宇宙のこの時空相は、あれ以来、ずっと不安定なまま・・・いくつもの時代が滅びていったのね・・・それでも争いは続いていて・・・ 光さんは光さんで、ハグしようとどんどん近づいてくるし・・・闇さんはそれが怖くて怖くて、ますますパニックが昂じるしで・・・ だからね、今朝のバイクのふたりさん、本当は光の人だったのよね。 闇の人だったら、ごろーさん、刺されてるかも。 昨日まで闇の人だったかもしれないけど、今朝は光の人になる準備ができていたんだよね、きっと。 光の人になる準備が出来たから、引き寄せられて、ごろーさんの目の前に現れたんだね。 そして、お約束通り、ごろーさんに光の目を開眼してもらったわけだぁ。 めでたし&めでたし\(^O^)/ 2011年をピークに、この世はどんどん闇の世界へと縮退しているんだけど、ごろーさんや私や最近出会うことが増えた光の世界の人たちは、この闇へと堕ちていく世界の中から、光の人になる準備のできた人たちと出会い、ハグして光を魂にスパークさせて、光の人を増やしていく天命を帯びているんだよ。 いろいろ辛いし大変だけど、生かされているんだから、その間はがんばらなくちゃね。 そして、ひとりでも多くの人たちを光の世界へと誘っていかなくちゃ・・・がんばるんばっ☆彡 前世物語 「自分では残念ながらないなぁ。瞑想している時に、身体から離れて何だか意識だけがどこかへ行っていた? ということはあったけどね。ジェロニモのように身体と糸で結ばれた魂となって自由に飛び回れたら素晴らしいだろうなぁ。でもこういう体験をするには、それなりのガイドが要るんだよ。ジェロニモには大鹿がいただろう。このジェロニモの不思議な体験は瞑想や催眠などによって今の赤ちゃんから胎児へ、そして過去生へ戻る形を取っている、年齢を退行していく古典的な方法のルーツだとも言えるんだ。ただ、このジェロニモの体験のレベルまで行き着くことはなかなか容易ではないと思うよ。なぜなら大鹿のような達観したガイドがそう簡単には見つからないからね。  前から言っているように、ガイドの能力を越えた領域へは誘導できないという原則があるだろう。そしてもうひとつ、例えガイドに余裕があっても、患者さんの能力の限界を越えた領域へは誘導してはならないんだ。なぜなら患者さんが持っているキャパシティ以上の情報が患者さん固有の潜在意識に一度にインプットされてしまうと、患者さんの潜在意識がオーバーヒートして焼き付いてしまうかもしれないからね。患者さん固有の潜在意識が焼き付いてしまうと、それが修復されるまで患者さんは人間や宇宙の集合意識から分断されてしまうことになるんだ。つまり潜在意識の破壊された、顕在意識だけの心になってしまうんだ。これはもう心なんて呼べた代物ではないよ。肉体の本能が完全に心を支配してしまうことになるからね。そして集合意識との再開通が起こり新しい心が芽生え始めたとしても、肉体の本能の優勢に打ち勝つことは難しく、結局、イスカリオテの悪魔として生き続けることになるんだ。恐ろしいことだよ。  魂の道を歩み始める時、そう、よく私が言うプロセスの始まりだね、それが良き道であり、出立するに良き時であれば、必ず良き師、良き友が現れるんだ。ガイドが走れば走ってついていく、ガイドが休めば自分も休む。歩むのは自分の足でだが、進むペースはガイドに従う方がいいんだよ。そして良きガイドは自分の限界をわきまえているからね。プロセスがガイドを凌駕りょうがした時、彼は必ず新しいガイドを紹介してくれるはずだから、あなたはただ黙々とプロセスを進めばいいのです・・・そんな宇宙の声が聞こえてきそうだね」 「先生はジェロニモの経験がないのに、何だか何度も自分で体験してきたような話し方をしているわ。ホラ、隠さないで白状しちゃいなさい。美子には嘘はつけないわよ」  私は先生の演説口調をちょっと懲らしめてやろうと思いつきました。

2014年7月24日木曜日

おはようさん 2014.7.23.

開業した頃からずっと診ている神経症の患者さんに、先日から刺絡を施術しています。 初回は百会へ。 ゆっくり眠れたそうです。 1週間ぶりに診ると、梅雨明け&真夏日!の影響をもろに受けて、陽気が顔にもうもうと昇っていました。聞けば、まだ調子が悪く、農作業も出来ていないと。 今日は手の十井穴刺絡を施術しました。 真っ黒な血が小指の少沢(SI1)と親指の少商(LU11)から流れ出しました。 両手の刺絡を終えた頃、顔の上気が軽快しているのがわかりました。 刺絡をしながら思いました・・・この患者さんは私の治療の道程やなぁ・・・ 最初、診た時に、なぜか「この人は治る」と思ったのを覚えています。 どうしたらいいのか? は全く見当もつかなかったのですが、直感が「治る」と言っていました。 マハリシのアーユルヴェーダ治療にも行きました。とても真面目で一途な人なので、習ってきた瞑想をずっとやっていました。 トリシア・カエタノの前世療法も受けました。 アカシックのゲリー・ボーネルさんのセラピーも受けました。 漢方薬も飲んでくれているし、 去年から藤本蓮風先生の鍼も受けてくれていました。 そして、この夏に私のところへ帰って来た・・・そんな感じがしています。 これまでのさまざまな治療がダメだったという気はしません。 どの治療も、その時に最も必要だったと。 そして、すべての治療が効を成して、今、こうやって私のところへ帰ってきたんだと思います。 今の私の治療トピックスは「刺絡」 実際、刺絡をしてくれ!って顔色も気血津液も叫んでいます。 この人が良くなれば、何十万人という神経症の患者さんたちにも、大きく明るい希望となるでしょう。 この人は治る、という直感は今も変わりません。 もちろん、単純な手十井穴刺絡だけで治るとは・・・思っていません。 手十井穴刺絡 プラス **** この****を探し求めるのが今の私の使命でもあり、最後の難関・・・なのでしょう。 神さまが手を引っぱってくれているし、たくさんの人たちがお尻を押し上げてくれています。 だから、大丈夫。 この人の神経症が治りましたよ、って皆さんにお伝えする日を心待ちにしております。 前世物語  突端とっぱなから先生の大演説で始まりました。ここで止めとけば良かったのですが、このワークの不可思議さに私は魅了されていたのでしょう。私はノートを取る手を休めて、大きな拍手を送ってしまいました。 「先生、鹿に突かれて魂が身体から離れた時、魂は細い糸で身体と繋がっていましたよね。あのお話はネイティブ・インディアンの何かの物語で読んだことがあるような気がしたのですが?」 「そうだね、美子さんもよく勉強しているね。そんな物語があったね。この患者さんがその物語を知っていたのかどうかはわからないけど、インディアンだということが共通しているね。それにあの魂が宇宙の中を進んでいき、光でいっぱいの世界に入り、そして小さな男の子から赤ちゃんに戻って・・・この部分はまるでキューブリック監督の『2001年宇宙の旅』を彷彿させられたよ。何だか聞いていて嬉しくなってきちゃったよ。このワークでは赤ちゃんが光となって飛び散り、時間を越えて地球のいろいろな人の中に入っていく、そして光の粒が大地でひとつに集まってジェロニモの中へ帰っていく、でも起き上がったのはイギリスの金髪の青年だった・・・この結末なんか、キューブリック監督に映画化してもらいたかったなぁ」  先生と私は大笑いしました。誰もいなくなった医院にふたりの笑い声が響き渡りました。 「そういえば、あの映画が来た頃、あなたとは遠く離れ離れになっていたわね」  私は地獄の黙示録の話題へ独りで脱線している先生を笑いながら見つめました。私の両親はとても転勤が多くて、私には幼い頃の思い出の町が何ヶ所もあります。ちょうど小学校低学年の数年間、私は先生と同級生でした。先生と私はクラスで一番を競い合う「良い生徒」だった・・・ことしか正直、記憶にありません。・・・そう、私が大阪を離れて転校する日に、先生はプレゼントをくれました。それはヒマワリのブローチでした。他にもみんなからいろいろなプレゼントをもらいましたから、先生が何と言ってくれたのかは覚えていませんが、不思議とそのブローチはいつまでも私の机の中にありました。 「ごめんね、先生。私ね、あの映画、中学生の頃、彼と見に行ったんだ。それも黄色のヒマワリのブローチをつけて、ね。これは私の思い出だから先生にも内緒だけどね」  懐かしくて胸がキュンとする想いが私のテンションも上げていきます。私は先生としばらく映画談義の花を咲かせていました。 「先生はジェロニモのような体験をされたことがあるのですか?」

2014年7月23日水曜日

おはようさん 2014.7.22.

今日の外来は連休明けで大忙しでした。 いつもの患者さんたちに夢分流打鍼をしたり、鍼をしたり、刺絡をしたり・・・ どれも時間がかかります。 あんまり混んでくると「神さまの手」の感度をちょいと下げて、「時間短縮しちゃえよ!」という悪魔の声が聞こえてきます。 次の患者さんを呼ぶ時に、待合から「まだかよ!」って視線をドッと浴びると、悪魔の声も大音響になります。 治療に差し障りのない範囲で・・・時間短縮することは簡単にできます。 でも、できません。 中学生の頃、つまらないウソをついて、タジタジとなって以来、「ウソはつかない」がマイ憲法になっています。 これで人生、いっぱい・・・ものすご~~く損をしたけど、いいのです。 憲法というよりも、武士道かな。 白扇を手に生涯を迎えた時に、ただただ悔いのなきように・・・ せっかく授かった「神さまの手」なのだから、これに悔いを残すような使い方をしてはいけません。 だから悪魔の声が聞こえてきたら、「神さまの手」の感度を上げるくらいの気持ちで診療しています。 するとね、不思議といつもの患者さんたちの今日の調子は皆さん、とても良くて・・・つまり診療にあまり時間がかからないで済んでしまうのです。 神さまが時間短縮してくれたのですね。 流行の医院になる方法は、ステロイドばんばん! 免疫抑制剤ばんばん! モルヒネ様製剤ばんばん! そして、目一杯の恐怖&不安を煽ってあげる! ・・・ってことはよく知っています。 そやけど・・・損の道と得の道があれば、損の道を行け (ダスキン創業者 鈴木清一さんの言葉)で始めた医院やから。 鍼灸をやり始めて、流行る医院とは正反対の方向へとますます進んでいっています。 この行き着く先はどんな世界やろう? ちょいと自虐的に(;^^)ヘ..・・・そんな未来の扉が開くのを心待ちにしています。 神さまは背中を押してくれているけれど、それだけ厳しい上り坂だから・・・しんどいけれど、まだまだこれからや! 明日からもがんばっていきましょい!(*^^)v 前世物語  さて話を戻して、光の体現化と言えば何だか神の部分だけを肯定しがちになるけれど、悪魔の部分を体現化する必要があれば、いつだって誰だってそれを体現化してしまうのだよ。『確固たる自分の光』を持って、歴史に名が残るような大悪党をする人だっている、と言うわけなのだよ。  では、事の善悪が生きる意味の判断基準にならないとすれば、何をもってして光の体現化が出来ているかどうかを判断するのかと言うと、それは『光の前進性』だと私は考えているんだ。  光はすべてを知っているが、その知恵はシュミレーションみたいなものであって具現化されてはいなかったのだよ、する必要もなかったしね。光がある事象を具現化して体現化しようと思った時、この世が生まれたのだよ。だから、この世を生んだ光はすべての知恵を体現化しようとしているんだ。なぜなら体現化・未体現化が存在するということは二元性であり不安定なんだ。思考や運動エネルギーが絶えず変化している世界だからね。この世界では今のところ、二元性は必ず安定した一元性に戻ろうとするんだ。一度体現化が始まると、全てを体現化し尽くすまで一元性には戻れないからね。この全てを体現化し尽くすという意図が『光の前進性』なんだよ。ともかく前に一歩進もう、という光のクセなんだよ。光がひとりの人間を具現化した時、必ず何かを体現化しようとした意図があるはずなんだ。光はすべての知恵に満たされているから、ひとりの人間を具現化した際に起こりえる可能性はすべて知っているはずなんだ。ただし、すべてを体現化できるなどとは思っていない。それが二元性の世の中では相矛盾して無理なことだってあるからね。だから何度人間を具現化してもなかなか体現化できないようなことをようやく体現化してくれた人間のポイントは高いだろうね。もし新しい知恵でももたらすような体現化を見せてくれた時には、ボーナスポイントものだろうね。これが光の前進性なんだ。そこには善悪はないんだよ。まぁ、人間は悪の方に陥りやすいから、悪の体現化はすぐにいっぱいになってしまうだろうけどね。  私はね、人間はイソギンチャクの触手のようなものだと思っているんだ。一本一本の触手が一人一人の人間だよ。無数の触手はイソギンチャクの胴体から出ているよね。あの胴体が集合意識であり、ワンネスだとも言えるんだ。イソギンチャクの触手はきっと一喜一憂しているだろうね。オレは長いとか、オレは場所が良いとか、オレは魚に食われやすい場所だとか言ってね。でもイソギンチャク自身にとては触手のおしゃべりなどどうでもいいことであって、すべての触手の使命はエサを取ることなんだ。 プランクトンでも結構、小魚は大歓迎、ゴミは要らん・・・イソギンチャクにとっての『光の前進性』とは生きることなんだ。イソギンチャクが生きるために触手はエサを求め続けているんだね。  でも、そのように大局的に考えると、人間をやっていくのは味気ない気がしてくるかな? しかし触手一本一本が生き生きとしているイソギンチャクは元気そうだし、エサもたくさん寄ってきそうだと思わないかな? 触手、つまり人間にとっても、個人個人が人生を楽しく生き生きと生きていけば、エサ、つまり気づきのチャンスや幸運が集まりやすくなってくるんだよ。人間がイソギンチャクの触手と違うところは、気づきのチャンスをうまく捕まえて魂の学びを深めることが出来れば、その魂の輝きが大きく明るくなることなんだ。触手で言えば、太く長くなるイメージだね。そんなイソギンチャクを想像してみてごらん。ホラ、それが二元性の世界なんだよ。なんだか醜いイソギンチャクだね。とても神さまの創造物だとは言えないよ。でも、神さまはそのような美の一元性を壊してまでも、私たち人間に何かを求めているんだよ。生きることが『光の前進性』だった時代から、学ぶこと、具現化して体現化することを『光の前進性』に据え直してみて、その先に何が見えてくるのか? 神さまもきっと興味津々で見守られていることだと思うんだ」

2014年7月21日月曜日

おはようさん 2014.7.21.

今日は祇園祭の後祭 宵々山に行ってきました。 いつもの立身出世 鯉山さんの「登竜門」お守りと粽がお目当てです。 鯉山さんには左甚五郎作の巨大な鯉が鎮座ましましていて、運気上昇&ステップアップの力を授かったような気がします。(信じる者は救われる!) 我が家の玄関の粽はずっとこの「鯉山」さんです。 ご利益があったかどうか・・・それはこの世を卒業する時にわかることですので、今はつべこべ言わずに、素直に感謝しましょうね。 なぜ大阪なのに祇園祭の(八坂神社の)神さまなの? 新しいマンションに引っ越してきた当初、地元には氏神さまがおられたわけですが、どうもしっくりこなかったのを覚えています。 なんかね、無理矢理 みんな 氏子や!って押しつけられて、とっても窮屈やったのです。 神さまを勧進してくるのもOKって知ってたので、自分にピーンとくる神さまが現れるのを待っていました。 ものすごく深い関係となった出雲の神さまたちは我が家の神棚にドカンと鎮座ましましておられますが、なぜかいつの間にか祇園祭の神さまたち、特に登竜門の鯉山さんと災難避けの霰天神さんと親しくなりました。 能楽大連吟「高砂」との縁結びをしてくれたのも祇園祭でした。 炎天下の宵山を歩き回って、フッと目に飛び込んだ京町屋の前の「無料休憩所」の看板に・・・町屋で足を伸ばして涼んでいると、大連吟のパンフを持ったイケメン能楽師さんが・・・ 出会いとか趣味の始まりとか、そんなもんですね。 さて、今年から前祭と後祭にわかれた祇園祭です。 前祭は有名どころの鉾がいっぱい・・・今年もメイン道路が歩行者天国になって人があふれかえる賑わいでした。 後祭は・・・150年ぶりに復活した「大船鉾」が話題の目玉ですが、山は10基で、どちらかというと、通好みばかりです。 私は牛若丸と弁慶の橋弁慶山さんも、鳩のマークの八幡山さんも、黒一色グッズの黒主山さんも(ここには名物 解説おじさんがいるのです)、宵山で行者さんたちが護摩炊きをしてくれる役行者山さんも好きです。 でも、さすがにお客さんの数は少なかったです。祝日のお昼前後だったけど、去年の半分以下かな? そして、起死回生の新案? 後祭の山鉾11町を巡るスタンプラリーを実施! 全部廻ると、手ぬぐいなどの記念品贈呈! このスタンプラリーのおかげで、各山の入口は大渋滞&長蛇の列で。 でもね、そのまま中に入ってお参りする人、山飾りを観る人は・・・少なくて・・・あれまぁ(^^ゞ 日本人の大衆って、なんでスタンプラリーがこんなに好きなんやろう? せっかくの山飾りを観ずに素通りしてるんやでぇ? 祇園祭後祭の宵山に行ってきました。 何が良かったの? 何を見てきたの? ・・・・ ・・・・ ほら! 全部廻って、手ぬぐいをGETしたんだよ!(自慢) スタンプラリーが長蛇の列だった割には、全然 粽やお守り さまざまなグッズが売れていない現実をさてさて 来年以降の祇園祭の町衆さんたちはどうするのかしら? 乞うご期待な気持ちで帰って来たのでした。 前世物語 「美子さんは今日のワークで何が一番面白かった?」  この一言が初めての二人だけの夜の始まりの言葉でした。 「先生、今日のワークは私には難しすぎました。あらすじは何となくわかったのですが、内容となるともうサッパリです。ただ比較的わかりやすかったのは『今の仕事の意味』についてのところです」 「光が強過ぎて仕事の意味が見えない。仕事の内容はどうでもいい。その光が大切なのだ。その光とは太陽のように強いもの、みんなに影響するものだ。その光を口から飲み込んで自分のものにする。だから仕事だけではなく、全てのことが光を体現することなのだ。仕事は表現するための道具なのだ。仕事自体に意味はなく、自分自身が意味なのだ」  先生が自分のメモを読みあげてくれました。先生の字はまるで早稲田速記です。私にはとうてい読めません。このままこのお仕事を何十年か続けていけば読めるようになるかもしれませんが・・・この夜はいつもの楽しい妄想は消し去って、私は先生の話に集中していました。 「これだけでも深い意味が込められているね。『自分自身が意味なのだ』なんて言われちゃうと、もう何も返す言葉がないよ。この世の仕事は自分を表現するためのひとつの道具に過ぎないものであって、この世に生きている自分のすべてを使って光を体現化することが、この世に自分が存在している意味だ、と言っているのだね。昨今の姦かしましい政治家と官僚に例えれば、肩書き、権力、資金等々があれば、確かにこの世を生きていくのは楽になるだろうね。とりあえず好きなことが出来るから。しかし彼らは光を体現化できているのだろうか? 彼らが体現化しているとすれば、それは光の中の地獄の部分だけだろうね。彼らにとっては仕事とその結果だけが大切なのであって、確固たる自分の光を持ち続けながら仕事を道具として使いこなしている人はこの時代には見受けられないよ。本末転倒して仕事に飲み込まれてしまった人たちばかりが目につくからね。  ここで気をつけておかないといけないのは、光は善であり正義であり喜びである、と偏った捉え方をしてはいけないのだよ。それはいわゆる神と光を混同していることになるからね。神が善、美、正義、喜び、幸・・・で、悪魔が悪、醜、偽、悲、不幸・・・だとすれば、光は神と悪魔を合わせたすべての根源だと言えるんだ。こういう考え方は未開社会の考え方だ、と否定してはいけないんだ。悪魔は二元論的な世界観を支えるための大黒柱としてモディファイされてきたものなんだから。古代ギリシャではダイモーンは死者の魂であって、単なる霊的存在にすぎなかったんだ。哲学や倫理学が社会を支えていた神々の黄昏の後の世界だね。そして次第に世界に二元性が浸透していき、神対悪魔の図式が確立されていったんだよ。今、私たちがやろうとしているのは二元性からの脱却ではあるけれど、決して元の一元性にそのまま回帰しよう、と言っているのではないからね。二元性を踏まえて、まったく新しい根本概念を生み出そうとしているのだよ。その現れが『光』だと思うんだ。

おはようさん 2014.7.20.

「植物が言葉を交わしている」という内容のTVを観ました。 もちろんワイドショーな低俗番組ではなく、フランス制作の科学番組?です。 トウモロコシの葉を食べる幼虫に対して、トウモロコシは食べられた葉っぱの傷跡から、天敵の蜂を呼び寄せる化学物質を放散するとか・・・ 植物の根っこを食い破っていく ねきりむし に対しては、天敵の線虫を呼び寄せる化学物質を出すとか・・・ 同じ植物でも、同じ家系なら葉の茂り方を共生するけれど、違う家系なら、より大きな葉っぱを茂らせて家系を守ろうとするとか・・・ 植物の言葉・・・それは数千種類の化学物質だそうです。 それもほとんどが未知・・・ トウモロコシはたったひとつの化学物質で、自分の葉っぱを食べる幼虫の天敵の蜂を呼び寄せて・・・それもちゃんとGPS付きで!  植物には脳はありません。 脳はなくても、シナプスと同じ回路を作ることが出来ます。 それはまるでインターネットのように・・・ 植物には、動物の血管を流れる血液のように、脈管を流れる水があります。 ちょっとスピリチュアルな目でみると・・・水は波動です。 血液も波動・・・だから、アーユルヴェーダ脈診で、生まれてから今までのことがすべてわかっちゃうのです。 波動として、血はすべてを記憶しています。(って言うと、怪しいとかオカルトとか陰口叩かれるけど、長い間、アーユルヴェーダ脈診をやっていて、ホンマのことやからしゃぁないねん) そして、その波動は氣でもあります。 氣=血=水(津液) ひとつであり、べっこのもの。 別々だけど、ひとつのもの。 氣・血・水が融合して「生命」となる。 生命とは何ぞや! 氣であり、血であり、水である。 というわけで、植物の情報伝達系が水を介したインターネットなんだ!って気づいた時に、ちょっと鳥肌ものでした。 さて、植物が放散する数千種類に及ぶ化学物質のほとんどが未知のまま・・・ もしかしたら、人類をコントロールする化学物質があるかもしれません。 例えば・・・今日の私は完全休息日で・・・お昼過ぎまで気持ちよく寝てました。 目覚めて一番に思ったこと・・・それは、ベランダ菜園の植物さんたちに追肥してあげなくちゃ! 朝、ちゃんと目覚めていれば、きっと出かけて行ったことでしょう。 肥料の欲しい植物さんたちが「お休みモード」な化学物質を出していたのかもしれません・・・ もしかしたら、夢までコントロールされていたかも・・・「追肥しなくちゃぁ」と思わせるような夢を。 まるで安部公房な世界ですね(^^ゞ でもでも・・・恐竜絶滅だって、植物の化学物質が一因だったかも・・・とか、 動植物の進化に、植物の未知なる化学物質が重要な役割を果たしているとか・・・ あんまり植物たちをいじめると、絶滅に瀕した植物たちが禁断の「化学物質 バルス」を放出するかもしれませんよね・・・ 人類の遺伝子を狂わせるとか、天敵のビールスを活性化させるとか、果物や野菜が一斉に毒素を持つとか・・・これだけで小説書けそうやわ(;^^)ヘ.. 医学がどんどん進歩しても、すぐに手に負えない新病が現れてくる・・・もしかしたら植物たちからの反撃なのかも・・・しれませんよ。 前世物語 先生はその白い人に尋ねました。 「あなたはどなたですか?」 「意志です」 「どんな意志なのですか?」 「意識です。そう言うと、また宇宙に帰って行きました」 「どの宇宙に帰って行きましたか?」 「クネクネと蛇みたいに舞い上がって宇宙になります・・・宇宙から更に上があります。そこは光、すごい光です! そしてどんどん上に昇って行くと、そこは静かな闇のような空間ですが落ち着いた感じもしています」 「そこをもっと上に昇ると?」 「何かが開きました。そこは層になっていて円が回っているのが見えます。景色が見えます。人間の営みが見えます」 「この人間の営みの絵は何ですか?」 「それよりも、私は途中でまた落ちて行きました。落ちて行った先で円錐のそばにぶら下がっています」 「そこから上に昇れませんか?」 「上がれます」 「上がると、どうなっていますか?」 「光です。光の庭園です。眩しいけれど、すごくきれいです」 「ここはどこですか?」 「天国です・・・中心に円形の噴水があります。そこに向かって歩いています。そこに座ってみると、何かが降り注がれてきました。すると私が浄化されていきます。羽のようなものが後ろからフワッと包み込んでくれました」 「これからいつでもここに戻って来てもいいですか?」 「いいよ」 「どうやったら来れますか?」 「深く瞑想した時・・・それが必要な時ならば」  このような形で、この不思議なワークは終わりました。彼女には何かとても感じるものがあったのでしょう、目覚めた後もしばらく静かに泣いていました。私はワークの内容が理解できなかったので、彼女に何を言ってあげたらいいのか、わかりませんでした。ただ彼女のエネルギーも静かに落ち着いているのが感じられたので、そっとしておくことにしました。  先生も口数少なく夜診の準備をして診察室で座っています。私は先生にお茶を入れました。先生はニッコリと微笑んで美味しそうに飲んでくれました。私も何も言わずに、黙ったまま先生の肩を揉み始めました。今、とても誰かに触れていたい気持ちがしています。心の響きが共鳴する誰かに触れて、心の響きを伝え合いたい・・・心をひとつにしたい、そんな思いだったのでしょうか。このワークで私の心も何かに共鳴したのだ、とわかりました。先生の肩に私の静かな涙がこぼれました。 「まるで宇宙の子守歌のようだろう」  先生はそう呟きました。その時、私にもワンネスを少しだけ実感できたように思いました。  彼女はしばらくしてから、「ありがとうございました」の言葉だけを残して帰りました。彼女の足取りが一歩一歩地面を踏みしめているように見えました。彼女は生きる意味をしっかりとつかんで帰られたのだ、と思いました。

2014年7月20日日曜日

おはようさん 2014.7.19.

今夜は競争倍率20倍に当たったNMB48シアター 研究生公演に行ってきました。 研究生の高山梨子ちゃん(中学3年)の卒業公演でした。 高山梨子ちゃんと言われても、どの娘??? な私でしたが、卒業公演なるものは初めてだったので、興味津々で観せていただきました。 最後のあいさつで梨子ちゃんが「NMB研究生のことをもっと書いて下さい!」と言っていたので、今夜のブログのネタにした次第です。 さて・・・ NMB研究生とは、チームN・M・B2にまだ入れない彼女たちです。 全員が中学生と高校生(・・多分です) でもステージで歌い踊る彼女たちは、もっと大人に見えてくるから不思議です。 その研究生たちの中にも、いろんなタイプがいることがわかります。 みんな、一生懸命にやっていますが、さらにプラス一生懸命にやっている彼女もいます。 NMBは振付の仲間内チェックがAKBグループの中では断トツに厳しいとの評判ですが、その完璧な振付に若々しくギラギラしたパッションがあふれ出ている彼女もいます。 反面、手抜きしてるの? 今日は調子悪いの? な彼女もいます。 途中でエネルギー切れを起こしちゃう彼女もいます。 一生懸命の上に一生懸命を積み重ねて、がんばってる彼女たちは・・・かわいそうだけど、上には行けないか、上のグループのサブ止まりでしょう。 なぜなら、一生懸命が自己中になっているからです。 お客さんが見えていない・・・目では見えているけど、ハートでは見えていないからです。 NMB 彼女たちの歌も踊りも、その筋のプロからすれば・・・酷いです。 歌にハモりはないし、踊りも体形移動と多人数頼みで個々の技量を隠しています。 だから、いくら歌と踊りでがんばっても、それでお客さんのハートをつかむこと・・・感動を与えたり、重荷を降ろしてあげたり、勇気づけたり、愛する気持ちを思い出させたり・・・はなかなか出来ません。 一生懸命にがんばればがんばるほど、自己満足・・自己中の暗黒面に飲み込まれてしまいます。 では、どんな彼女たちが上へ上へと登っていけるのか? NMBシアターは客席数が200ちょっと・・・ステージは目の前 数メートルの距離です。 当然、目の悪い私でも、彼女たちとしっかりと目が合います。 目が合って、ニコッと微笑まれると・・・堕ちます(;^^)ヘ.. 歌い踊りながらも、まるで私のために、コソッと微笑んでくれたように感じてしまいます。 そんなん 妄想やわ? 目が合うのも「お商売なテクニック」やでぇ? そうかもしれません。 でも、以前 公演終了後のハイタッチでお見送りの時に、その日、断トツに目が合っていた彼女ちゃんが「すっごく目が合ってたよねっ」て満面の笑みでハイタッチしてくれましたよ・・・お商売テクでも・・・おじさん、うれしいわぁ(^^ゞ そんな目の合う彼女たちをフォローしていると、とても上手に視線を動かしていることがわかります。 ボッーと視線を流すのではなく、これだ!と感じたお客さんをしばし見つめるのです。 見つめてくれている視線を探すのではなく、まず自分が熱い視線を送るのです。 ステージ上の彼女たちはMAXにハイテンションです。 だから、振り向かせるフォースが強いです。 この人!と感じた人に視線を向ける。 その人が振り向いて、見つめてくれた。 「うれしい!」の気持ちが素直にこもった笑顔をその人に贈ることができます。 ありがとうの笑顔を贈られたら・・・誰だって最幸になりますよね。 幸せやぁ ラッキーやぁ 元気が出たわぁ またがんばれるぞっ! てね。 ありがとうの笑顔・・・まちがいなく・・・堕ちます(;^^)ヘ.. (今夜は はーこ 黒川葉月ちゃんに・・・堕ちましたぁぁ・・・後で調べたら、はーこちゃんはB2やん やっぱりねぇぇ・・) これは今に始まったテクニックではなく、ずっと昔の歌手さんの話でも聞いたことがあります。 意図して、トレーニングして、それができるようになった歌手さんもいたけど、天性の才能として、それができてしまう歌手さんもいたそうです。 普段の人間性は・・・顰蹙もんやけど、あの人、ステージに上がると人が変わるんやから・・・ そんなわけで今夜のNMBシアター研究生公演からの学びは・・・ 一生懸命は大切やけど、自己中になってないかいな?って、まわりを見渡してみなきゃネ。 まわりの景色が見えていますか? 一生懸命過ぎると、まわりが見えなくなってしまいますよ。 ほら、四季の美しさが見えているかな? 今日、空を見上げてみたかな? パートナーが、家族が見えているかな? たくさんの人たちが支えてくれていること、守っていてくれていること、愛してくれていることが見えているかな? まわりの美しさ、天地自然の生命エネルギー、大切な人たちへの愛、たくさんの人たちへのありがとう・・・それらと目が合って、微笑めば、時空も宇宙も愛も・・・ファンのこころをつかむように、すべての恩恵=運気をつかむことができるのです。 かくいう私もまだまだ研究生レベルです。 でもね、気づいたからには「てっぺん とったんでぇ!」(*^^)v 前世物語 「太郎さんとの関係は何ですか? 私は彼から何を学ぶのですか?」 「対立するものと一緒になることだ」 「それはどういう意味ですか?」  彼女は静かに答えました。 「彼が男で、私が女で、夫婦になることです。現実的な結婚という意味ではなく精神的に結ばれることです。でも交わることはありません」 「精神的に結ばれることとは一体どういうことなのですか?」 「共に歩くことではあるけれど、ただそれだけなのだ。いろいろな、そしてあらゆる意味で共に歩むのだ。お前は今、それをすごく拒否している。彼を受け入れることを強く拒否している。だからお前にはこの意味はわかるまい」 「彼を拒否したら駄目なのですか?」 「駄目ではないが、拒否をしてはいけないのだ。拒否するな、と私はずっと言っているだろう、それともお前には聞こえていなかったのかな。そのうち彼と向き合う時も来るだろう。今はそれまで待つしかない。  そう言うと場面が変わって、私と彼がインディアンの時、火をはさんで向き合っている場面が見えました。この状態がいずれ来るのです。その時、焚き火が眩しい光となって空高く登って行きます」  彼女は光の煙がユラユラと昇って行くのを目で追いました。先生は質問を変えました。 「今の仕事の意味は何ですか?」 「光が強過ぎて仕事の意味が見えてきません。・・・仕事の内容はどうでもいいのです。その光が大切なのです」 「その光は何ですか? その光は何から来ているのですか?」 「太陽のように強いもの、みんなに影響するものです。その光がどんどん小さくなって降りてきて、そして手に触れます。それを口から飲み込んで自分のものとします。だから仕事だけではなく、すべてのことが光を体現することなのです。だから仕事に意味はないのです。仕事は道具なのです。表現するための道具でしかないから、仕事自体に意味はないのです。私自身が意味なのです」  彼女は一言一言、確かめるように答えました。先生はまた少し時間を取ってから尋ねました。 「私の今回の人生はここまで順調ですか?」 「まあ、だいたいはなぁ、これでいいだろう。多少、遠回りはしてきたな。これからも遠回りをするかもしれない。だが恐れなくても必ず行き着く」 「行き着く、ってどこにですか?」 「どこだろうか・・・元の宇宙に行き着くだろう。さっきの鹿に倒されたジェロニモの場面にも行き着くだろう。そして永遠に行き着くのだ」 「永遠に行き着くのですか?」 「そんなものよ」 「このジェロニモの人生は私だけのものですか?」  大鹿が諭すように答えました。 「いや、違う。でもお前だけのものでもある。集合はひとつでもあるが、ひとつではない。難しいか・・・わからなくともいい。わからなくともすべては動いておる」 「どうしたらあなたを呼び出せますか?」 「呼び出さなくてもいつもお前と共にあるではないか。  そう言って鹿の姿が白い人間の形に変わりました。男なのか女なのか、性別はわからないままで光に包まれているので、見えないようで見えている状態です。優しくて女性的な感じかと思うと、力強くて男性的にも見えます」

2014年7月19日土曜日

おはようさん 2014.7.18.

先日、「夫との関係がわかる過去生へ」というテーマで光の前世療法をしました。 クライアントさんは、夫と初めて出会った時に「運命の出会い」を感じて、三人目の子供ができるまでは、とても仲良く&幸せに暮らしていました。 三人目が生まれて以降、「夫がわかってくれない」感が高まって、ついには夫への怒りとなってしまいました。 このままではダメになる・・・と、夫への怒りの原因・ある霊能者に言われた「あなたの使命は夫のサポート役だ」という言葉の真偽・どうしたら元の仲良し夫婦に戻れるか? などを光さんに尋ねに来られたのでした。 お話を聴きながら・・・こういうケースって、ものすごく多いんだよねぇ・・・と思っていました。 ただ、幸いなことに、この方は巷を闊歩する低次元なスピリチュアル系ではなかったので、安心してワークに入れました。 過去生を見終わって、魂・意識体となって、もう一度、その過去生を見下ろしてもらうと・・・慟哭が。。。 その過去生と今生を見比べてもらうと、涙声で「同じです」と。 その過去生での大きな節目こそ、今生の「今」この時でした。 過去生のその節目から伸びる別の道を見てもらうと、そこには求めている「夫との幸せな生活」のヒントが見えました。 光さんとの対話では・・・ 「信じなさい。自分を信じなさい」と何度も諭されていました。 そうです! 自分を信じれば、パートナーを信じられます。 せっかく運命の出会いをしたのだから、信じ切らなきゃ・・・もったいないです。 信じる力があるからこそ、運命的に出会えたのですからね。 この方もきっと、今夜から夫に笑顔を見せることができるでしょう。 夫もそんな笑顔に笑顔で応えてくれるでしょう。 ほらね 今生の人生の節目は上手に最幸な道へ舵取りできたでしょう! 私は光さんを信じています。 だから、光さんが導いて来たこの方は、もう大丈夫だと信じています。 信じているから・・・うまくいきますように なんて祈りません。 だって、上手くいくんだもん吉(*^^)v 前世物語 先生は彼女に代わって大鹿に尋ねました。 「今の私にもジェロニモの小さな光は入っていますか?」 「かなりたくさん入っている」 「ジェロニモのあの光は私の中で何を求めているのですか?」 「答えを求め続けている」 「それは何の答えですか?」 「生きる意味の答えを求めている。だが、お前はもう見つけている。だからもう問う必要はないのだ。もうお前は理解している、理解しているはずだ。だからもう私は必要ないのだ。違うか?」 「それに対してあなたは何と答えますか?」 「そうかもしれません」 「そしたら?」 「それを続けるのだ」 「何を?」 「お前にわかったことを続けていけ!」  彼女は深く頷きました。先生は少し話題を変えて大鹿に聞きました。 「私が今回生まれてきた意味は何ですか?」 「完結。この世の終わり」 「それはどういうことですか?」 「この生で終わらせる終わりだ」 「何を終わらせるのですか?」 「お前の役割を終わらせるのだ」 「私の役割は何ですか?」 「知ることだっただろう? お前は知ったから、もう終わりだ」 「わたしが知ったら、この世は終わるのですか?」  彼女は淡々と答えました。 「私が終わるのです」 「私が終わったら、私はどうなるのですか?」 「宇宙に戻るのだ」 「それから私はどうなるの?」 「大いなる意志となって・・・人々を見守り続けるのだ。女神、神、見守り、見続ける・・・ただそれだけだ」  先生はわざと不思議そうな声で尋ねました。 「本当に?」 「本当だとも」  彼女は大きく息を吐きました。先生は少し時間をあけました。 「それでは死んだ弟との関係は何ですか? 弟から私は何を学んだのですか?」 「助けてもらったのだ。彼の死の意味が私を助けるようです。物質的にも精神的にも私を助けてくれます」

2014年7月18日金曜日

おはようさん 2014.7.17.

早朝の蝉時雨が力強くなってくると、真夏を感じますね。 今朝も蝉たちの大連吟の中、すっきりと目覚めました。 ??? 後頭部を触ってみると、邪熱が・・・ こりゃぁ 今日の午後は蓮風先生に刺絡で邪熱を祓っていただかなくちゃぁ と思いました。 今日のいつもの患者さんたちも、みなさん、氣が昇っていました。 夢分流腹診をしていると、それはまるで真夏の空の入道雲のように見えてきて・・・ 暑い大地(腎)から真夏の太陽に煽られて、氣が上昇気流となって肝肺心を貫いて、大きな大きな熱邪の入道雲が肩~頭上に昇っていました。 患者さんたちの訴えは、不眠・頭重・めまい・ふらつき・耳鳴り・目のかすみ・肩こり・イライラ・・・雷さまが大暴れですね。 だから、今日は百会の刺絡が多かったのです。 刺した途端に、ビュッと黒血が噴き出してくる方ばかりでした。 さて、かくいう私は・・・蓮風先生にいつもの筋縮(GV8)へ鍼をしていただき、これまたいつもの後頸部・瘂門(GV15)へのプチ刺絡を・・・ 今日はものすごく爇が籠もっていると、後頭部をパーの手掌大の広さに渡って、いつもの数倍の数の刺絡をしていただきました。 朝から覚悟を決めていたので、痛くはなかったけど・・・ 40分経っても十分に止血できていなくて、更に数十分も臥位のままで安静に。 今日、頭に昇った熱邪気を祓っていただかなかったら・・・きっと脳卒中で倒れていたことでしょう。 蓮風先生に刺絡をしていただきだしてから、神さまから1週間分の命をいただいているように感じています。 ほら、もう1週間、元気に過ごさせてあげるから、このまま天命を果たしなさい、って言われている声がこころの中に聞こえてきます。 い週間じゃないよ、1年分だよ、って声も聞こえてくるのですが、果たしてこちらの声は本物かどうか? わかりませんので、ここは謙虚に「1週間分」としておきましょう。 日々、大いなる力や神さまに生かされているんだよって八百万の聖者さんたちは語っています。 そのとおりだ、と実感しています。 神さまに「明日も元気に過ごせる命をいただいてる」って自然に・当たり前に思えます。 だからといって、「じゃぁ 私の天命は? 天職は? 生かされている意味は?」なんて考え込む必要はありません。 昨日と&今日と同じように笑顔で過ごせればいいだけなのです。 いつもと同じようにお仕事をして、家事をして、あいさつをして、お話をして・・・ そんないつもと同じ毎日の中に、ちゃんとそれぞれの天命があって、天職が成就されていて、 神さまも大宇宙さんも、あなたを生んで、生かせて、良かったな、大成功やな、うまくいってるわ、って喜んでいるのです。 その証拠に、生かされていると実感できる時って、けっこう善き運命の流れに乗っているでしょう? 気がついているかな。 神さまはきれい好きです。光の前世療法で「まず何から始めたらいいのですか?」と問うと「早寝早起き」と「部屋の掃除」が断トツ2大メッセージですからね。 誰にでも「掃除しろ! 掃除しろ!」と言うくらいのきれい好きです。 そんなきれい好きな神さまなのだから、この世にきれいでないものを放置プレイするはずがありませんよね。 つまり、この世に生きているもの、生かされているものはすべて、美しいものなのです。 大宇宙で美しいものは、シンプル&生き生きしています。 どんな人の天命も天職も生きがいも、やっぱりシンプル&生き生きなのです。 シンプルで生き生きしていると、まるでイルカが泳ぐように、何の抵抗もありません。 何の抵抗もなければ、その存在自体を忘れてしまいます。 だから・・・シンプル&生き生きしている人ほど、天職も天命も生きがいも忘れちゃっています。 空気のように、お日さまの光のように、月の静けさのように、 そこにあって当たり前。 そこにあるから生きている。 だから・・・ありがたいなぁ、うれしいなぁ、幸せやなぁ、と自然に&こころから感謝してます。 生かされている悦びこそ、生きがいなのですね。 前世物語 「男の人に入ってからの変化は何ですか?」 「男の人が私を受け入れるような心理状態を持っていたから、私は彼の中に入れました」 「そうやって、あなたはたくさん飛び散ったのですか?」 「はい」 「では、あなたは何ですか?」 「・・・・・・」 「あなたは無数に飛び散ったのですか?」 「いいえ、十個くらいでした」 「光の粒として飛び散って、人々に入って、そしてそれからどうなりましたか?」 「その人が死ななくても足下から出て行って、地中でまたひとつになります。光りの玉になってインディアンのところに戻って来ました。そして起き上がりました。でもジェロニモではありません。スーツを着た金髪の青年になっています。場所はイギリスの森の中です。緑の木々が円形のアーチを形作っています。その森の出口を抜けて行くと、城のような建物がありました。木の扉を開けて階段を数段登ってから、その横の扉を開けて中に入って行きます。ここは教会でしょうか? 長い椅子が並んでいて、前に牧師さんがいます。私は後ろの方の長椅子に座って礼拝を聴いています。ステンドグラスからきれいな光が差し込んできて私だけが照らされています。また何か聞こえてきます。光が何かを言っています。『何かをしろ!』と言っています」 「私は何をしたらいいのでしょうか?」 「お前のなすべきことをしろ!」 「それは何ですか?」 「それを自分で見つけろ! 私は立ち上がって教会を後にしました。すると中年の男の人になっていて、教室で何かを人に教えています」  彼女は混乱してきた様子です。返事が間延びし始めました。先生はジェロニモの意識へ戻しました。 「鹿の角に突かれた場面に戻って、大きな鹿に聞いてください。今のこの経験は何ですか?」  彼女は大鹿の声で答えました。 「答えを求めるな」 「ジェロニモの魂は未だに何かを、生の意味を求めているのですか?」 「エサーナ!」 「それは何ですか?」 「わかる必要はない」 「エサーナという言葉、諳おんは何ですか?」 「何だろうな」

2014年7月17日木曜日

おはようさん 2014.7.16.

ベランダ菜園のミニトマトさんたちが盛りを越えると、そろそろ梅雨明けです。 昨日・今日と真夏の暑さでしたが、週末はもう一度、梅雨空が戻ってくる予報で・・・ 梅雨明け&真夏のSounds Good!は来週かな? 昨日・今日と患者さんたちの脈&舌を診ていて、梅雨の湿痰や湿爇が緩んできて、真夏の熱邪が入り込んできているのを感じました。 患者さんたちの身体は、季節の移り変わりのだいたい1週間前に変化し始めます。 まだ梅雨だけど、身体は真夏の準備完了!なわけです。 これはベランダ菜園をやっていて、さまざまな植物と同じ(植物はもっと先取り変化が早いです)だなって思っています。 わずかな気圧や気温の変化を感じ取っているのでしょうか? 日の出・日の入り、日照時間や日射しの強さでわかるのかな? ダークマターを感じ取っているのかも・・・大地とお日さまと風の氣だったら面白いね。 人間も如何にその感性が愚鈍になったとはいえ、やはりこの世の生きものですから、生体はちゃんと天地自然の移ろいを感じ取って、生きようとしているんだ・・・そう思うと、身体がとても愛おしくなってきます。 さて・・・そろそろ真夏の熱邪に犯され始めていますが、身体の芯が冷えている、虚している人がとても目立ちます。 身体を輪切りにしての中心、芯の部分・・・漢方では腎ですね。 その腎の表層ではなく、もっと深いゾーンの冷え・・・アーユルヴェーダ脈診の深層でのピッタの弱化、夢分流腹診で表邪を祓った後に診える各経絡の氷結化・・・そんな感じの冷えです。 もちろん患者さんには自覚出来ません。 身体の芯が冷えているよって・・・なるべく歩きましょうねって教えてあげて。 素直な人は・・・歩いてくれるかも。 素直じゃない人は・・・いつもの如く、あれこれ出来ない理由をぶつぶつ&ぶつぶつ。 ピッタを高める食事・・・香辛料の効いた食事などの前に、まず歩かなきゃ。 歩いて気血を巡らせて、ピッタな食事を摂ると、真夏の時期の身体とこころの芯の冷えは治っていきますよ。 かくいう私も・・・言うは易く行うは難し なのです(;^^)ヘ.. 前世物語 「彼の肉体から細い糸で繋がっていますが、とても自由になりました。もしかしたら彼はまだ死んでいないのかもしれません。私は自由になって、どんどん上の方に向かって上がっていきます。もう宇宙にまで来ています。宇宙の中で何かに向かって飛んでいます。大きくて重い光輝く扉の中に吸い込まれました。そのままトンネルのようなところをスッーと進んで行きます」 「そのまま進んでください。その先はどうなっていますか?」 「光がいっぱいです」 「あなたはどうなっていますか?」 「小さな男の子になっています。あのインディアンと繋がっています」 「光は何か言っていますか?」 「私に何か言っている様です。・・・笑っています。私はその光の中で浮かびながら戸惑っています。どうなってるのかわかりません。  光の中からたくさんの手が出てきて、赤ん坊のように私を支えてくれています。  私は赤ちゃんに戻っています。  そして小さな丸いものになって、今、弾けました。弾けたらたくさんの小さな丸い粒になってしまいました」 「その丸い粒は光っていますか?」 「すべて光っています。みんな四方八方に広がっていきます。広がっていきますが細い光の糸ですべてが繋がっています。とってもきれい・・・光の真珠のネックレスのようです。それがどんどん地球に降りていきます。そしていろいろな人の中に入っていきます。ひとりは長いスカートをはいたヨーロッパの女の人です」 「その人の中には元々の魂がいたのではないですか? 元々の魂との関係はどうなるのですか?」 「でも入れました。私がその女の人の中に入っているのではなくて、光の粒がその人の中に入っているようです」 「粒が入ってから、その女の人に何か変化はありましたか?」 「特にありません」 「光の粒はその女の人のどこに入ったのですか?」 「腰の辺りです」 「どの光の粒もみんな腰の辺りに入ったのですか?」 「いいえ、いろいろなところです。みんないろいろなところでしたが、この女の人の姿だけが、今、はっきり見えています」 「腰の辺りとは子宮のことですか?」 「そうかもしれません。腰から入ってお腹に降りている感じがします」 「それからどうなりましたか?」 「女の人のお腹が大きくなって、私が生まれます」 「他に飛び散った光の粒からも子供が生まれていますか?」 「いいえ。ひとりは兵隊の男の人で頭に入りました。鉄砲を持っていますが、何か疑問を感じながら勤めを果たしている感じです」 「その男の人とさっきの女の人は同じ時代の人ですか?」 「いいえ。時間を超えています」

2014年7月16日水曜日

おはようさん 2014.7.15.

今朝、いつものように美味しく炊けた玄米をお弁当箱に詰めて、去年漬けた自家製梅干を1個乗せて、残りはお茶碗に・・・朝ご飯です・・・全部、準備が出来て、トレーの上のお弁当をヒョイと持ち上げた瞬間・・・ガタン!・・・トレーが落下して、私の朝ご飯が全部、足元に落ちてしまいました。 しばし唖然。。。 落ち込むか? 怒るか? やっぱり落ち込むか? 何かにあたるか?  でも、今夜は祇園祭宵々山へ行くつもり。。。 うん、今日一日の厄払いがこれで完了やっ! と素直に思えました。 さて、その効果は・・・ 午前診は忙しかったけど、ちゃんとお昼ご飯をいただく時間もあったし、午後のバイク de 往診も雨も降らずで(暑かったけどねぇ(^_^;) 順調にこなせて・・・夕診も時間通りに終わりました。 祇園祭宵々山へ行くぞっのモチベーションを保ったまま、夕診を終えることができただけでもラッキーです。 さて、その先に今日一番の難題が待っていました。 バイクで京都に乗り込むのはいいのですが、駐輪場が・・・祇園祭ですからねぇ。。。 ググってみると、四条烏丸まで歩いて10分のところに市営の駐輪場がありました。 京都の繁華街もそれほど混まずに通り抜けて、御池通から富小路通へ・・・左手にありました! 富小路六角自転車駐車場!(バイクも駐められます) でも・・・満車の表示が・・・(゜◇゜)・・・ガーン 駐車場の係のおじさんが出てきてくれて「ちょうど一台 空いたところだよ」と手招きしてくれました。 超ラッキーやん\(^O^)/ バイクを駐めて、カメラを出したりしながら思いました「朝の厄払いが効いたんだ!」 祇園祭前祭の宵々山を歩き回りながら、毎年恒例の吉兆もの&粽を買いました。 占出山さんでは、いつもの女の子たちがいつもの笑顔で粽を売ってました。 霰天神さんでは、いつものお母さんが優しいお顔で「火乃要慎」のお札を売ってました。 占出山の男衆さんたちに「山一番 おめでとうございます」と声をかけると、とってもうれしそうな顔を見せてくれました。 郭巨山さんの男衆さんには「三連勝ならず 残念でした」と声をかけると、屈託のない笑い顔で「今年は後ろから一番ですわ」と返してくれました。 孟宗山さんの赤提灯の列も、保昌山さんの保の字の提灯も、いつものところに、いつものようにあって・・・。 芦刈山さんも、木賊山さんも、太子山さんも、いつものように・・・いつものように。 なんだか一年ぶりに田舎に帰ってきて、親戚の子供たちがちょっぴり大きくなっているのが嬉しくて&楽しくて・・・ いつもの風景が当たり前のように、いつものようにあって・・・それがとっても心休まって。 祇園祭は「日本人の田舎」というDNAに染み込んでいる心象風景がコンチキチンの鐘の音と共に、フワッと心地よく浮かび上がってくるパラレルワールドなのですね。 前世物語 「それから?」 「自分の村に戻って来て酋長に会いました。『私は正しかったのです』と言いました。しかし酋長は何も答えずにただ怒っています。酋長は怒った目のままテントを出て行ってしまいました。酋長のそばにいたインディアンたちが駆け寄ってきて『すごい!』と驚いてくれてはいますが、私はガッカリしています。そして『このまま独りで続けなければならない』と覚悟を決めました」 「それからどうしましたか?」 「娘の前で、このまま続けることを宣言しています。娘は泣いて悲しんでいます」 「なぜ悲しんでいるのでしょうか?」 「私がどんどん離れて行ってしまうからです」 「あなたは娘さんの気持ちをどう思っていますか?」 「でも、やらないといけません。・・・私は再び最初の場面のような格好をして村を出て行きました。ずっと道に立っています。朝も昼も夜も過ぎて行きます。私はただ待っています。そして先程の角の立派な大きな鹿が現れたのです」 「その大鹿に尋ねてください。あなたは誰ですか?」  大鹿はゆったりとした口調で答えました。 「私は大いなるもの。鹿であって、鹿でない。おまえは何を求めているのか?」 「あなたは何と答えましたか?」 「私はただ真実を求めている」 「すると鹿は何と言いましたか?」 「真実とは何ぞや」 「あなたは何と?」 「わからない。だから知りたい」 「そしたら鹿は何と?」 「知ることは出来ない」 「あなたは何と?」 「ならば生きる意味はない」 「すると鹿は何と?」 「生とはそのようなものではない。ただ生きるのは苦痛だが、苦痛もまた生なり。生とは何ぞや。それを知りたいか? 知りたい。では、と言って角で突かれました。私は驚いていますが予感もしていました。さっきの夜空を見ながら旅に出ます。だから心安らかなのです」 「それはどんな旅ですか?」  大鹿が威厳に満ちた声で答えました。 「生とは何ぞや? それを知ることになるだろう」 「あなたは肉体からだを離れましたか?」 「はい。今、上から見ています」 「それからあなたの魂はどうなりましたか?」

2014年7月14日月曜日

おはようさん 2014.7.14.

もう10年以上も朝ご飯とお昼のお弁当は玄米食です。 癌になった患者さんたちがまず最初にすること・・・それが玄米菜食! 自炊ぼっち飯ですから、気がつかないところで栄養バランスが悪いかもしれないなぁ・・・と始めたのが玄米食のきっかけです。 今年春に新しい炊飯器を購入しましたが、「玄米活性」モードに大満足しています。 GABAが増えるって効能書きには書いてありますが、何より炊きあがりがモチモチ&トロトロ玄米になっているところが SUPERCOOL!!です。 お昼のお弁当の玄米でさえ、まだまだモチモチ・・・幸せなお昼ご飯をいただけています。 その玄米さん。生協で岡山産の玄米5kgを買って、袋ごと、プラスティックの容器に入れています。 今年はなぜか・・・米虫が大発生(>_<) きちんと蓋がしてあっても、容器の中でパタパタと飛んでいること、しばし・・・(^_^;) もちろん 唐辛子成分入りのお米用防虫剤を入れていますが・・・それでも繁殖してる・・・そんなに玄米がお好きなの? そこで あっ!! と気づきました。 玄米の容器の隣には、白米の入った同じ容器が置いてあります。 この白米の方には、米虫はいません!! 虫や昆虫は天地自然の理を感じ取る素晴らしい感性を持っています。 小さな虫ほど、素直に、純粋に天地自然と共に生きています。 小さな&小さな米虫がなぜ 玄米 vs 白米 で圧倒的多数 満場一致で玄米を選ぶのか? もう おわかりですよね。 生きるために価値のある食べ物は 玄米>>>白米 だからです。 玄米はまずい? 口の中でモサモサする? 歯が悪いからムリ? そこは技術大国ニッポン ちゃちゃちゃ です(*^^)v 日本の炊飯器の「玄米」モードは、ジョブズもびっくらこいで生き返ってきてしまうインパクトです。 栄養価が高い! 癌になりにくい! モチモチでうまい! 何より日本人DNAの主食や! これで食べないなんて・・・あなたの今生は哀しすぎますよぉぉ ということで、みなさん、玄米をいただきましょう! ちなみに、米虫はお米を天日干しすれば、虫は逃げちゃいます。 でも、米虫の卵とか糞とか・・・よく洗っても残ってるかも・・・ですが、 そもそも昔はなかったアトピーやアレルギー疾患が急増しているのは、人が寄生虫と共生しなくなったためだ、とも言われています。 寄生虫と同棲 ちゃう 共生していると、低容量のアレルギー刺激を絶えず受けることになります。 人の免疫系はつねに車のアイドリング状態と同じような状態に保たれるわけです。 いざ、外敵が侵入してくれば、アクセルを踏めば、スムーズに発進加速してくれます。 寄生虫がいないと、免疫系はエンジンストップで休眠してしまいます。 いざ、外敵が・・・あれまぁ バッテリーあがってまんがなぁ。。。なんてことになったり、 ギアを入れ間違えて、急加速でバックしたり・・・。これが自己免疫疾患ですね。 米虫をググってみると、食べても無害だそうです。 確かにね、昔から日本人は米虫ごと食べてきたはずですから。 米虫がわいたからって、大切なお米を捨てるなんて・・・日本人にはムリだったはずです。 昆虫食が世界を救う なんて話題もありますが、さすがに&さすがに私も・・・昆虫食は・・・ でも、いちおう玄米も水で洗ってから炊飯器にセットしてるわけだし、まぁ ええやんと、米虫は思えるわけです。 ちなみに、私が白米を使うのは、混ぜご飯の時&丼物が食べたい時&お粥さんが食べたい時・・・かな。 P.S. 玄米に、自家製梅干し! おかずはシャケ がマイ定番お弁当です(*⌒▽⌒*) P.S.2 今度のピクニックは玄米梅干しおにぎりで決まりだね!(赤谷彰宏風) 前世物語 「大勢で食事をしているのですか?」 「これは食事ではありません。酋長の広いテントに集められて酋長から何かを言われています。・・・太郎君ともめているようです。彼と対立しています。酋長が両者の言い分を聞いています。私は一生懸命に何かを訴えかけています。相手は黙っています。酋長が言いました。 『おまえの言い分はよくわかった・・・だが、今は聞き届けてやることは出来ない』  それでも私は何かを言い続けています。酋長は立ち上がって言いました。 『これで終わりだ』  みんなが酋長に従うように出ていきました。私は不満を残したまま、まだテントにいます。心の中に悔しさが込み上げてきて泣き崩れています。 『どうして誰もわかってくれないのか』 と地面を叩いて嘆いています。母が慰めてくれています。息子は呆然としています。  それから立ち上がってそのテントを出ました。黙ったまま歩いています。静かに夜空を眺めています」 「その時、何か決心したことはありますか?」 「・・・・ひとりでもやるんだ」 「それからどうしましたか?」 「家に戻って何か準備をしています。そして朝早く、大きな袋をさげて出かけました。小高い山の上に立っています。そこに小さなテントを張って、焚き火をして、それからじっと座っています。・・・何かを待っています」  先生はこの辺りで一度、場面転換を入れようと思ったようです。 「ではジェロニモさんの人生で、生まれてきた意味が最もよくわかる場面に移ってください。どこにいて、何をしていますか?」 「さっきの場面から動けません」 「では、そのまま続けてください」 「古びた本を開いて地面に置きました。立ったり座ったりを繰り返しながら祈りの言葉を捧げています。そうやって山の上で祈りの儀式をずっと繰り返していたある夜、何か光のようなものに撃たれました。夜なのに昼のように明るい光です」  私は思わず身を乗り出して耳を振り立てました。 「その光はどこから来たのですか?」 「空でしょうか? 光に包まれていますが炎ではありません」 「その時、どんな気持ちでしたか?」 「神の啓示が降りて来た、と思いました」 「それから?」 「やった、という感じに心が満たされています」 「それから?」 「その光とともに山を下りました。胸のあたりに光を抱いたまま歩いて行きます」

2014年7月13日日曜日

おはようさん 2014.7.13.

今日は京都観世会館の「夏の素謡と仕舞の会」を楽しんできました。 お目当ては去年、あるプライベートな茶会で謡った「養老」です。 いつもの能の会の時も思うのですが、お客さんの年齢層が高すぎます。 超高齢者ゾーンが半分以上を占めているんじゃないかしら? 私で若い方ですからねぇ。 能楽を支えているお年寄りたち・・・あと10年もしたら・・・いなくなる(かもしれない)ファン層です。 イケメン若手狂言師さんが主催する狂言の会に何回も通っていましたが、狂言の方は若い~中年~高齢の、主に女性のお客さんたちで超満員です。 イケメン狂言師さんのMCも上手だし、前説もちゃんとしてくれます。 わかりやすさ・・・わかるように色々と心砕いてくれています。 面白さ・・・やっぱり笑えます。 ただ、人気の面で、狂言がこれだけ趨勢を期しているのは、やはり若手狂言師さんたちの努力のたまものだと思います。 若手能楽師さんたちもがんばっているのはよく知っています。 イケメン度は能楽師さんの方が上じゃないかな。 では、なぜ若い女性に人気がないのか? 越えるに越えられぬ一線が・・・能にはあるのです。 それを越えてしまったのが狂言です。 確かに越えてはいけない一線は大切でしょう。 でも、絶滅危惧種になってしまえば、もうブレークするパワーはなくなってしまいます。 いいのかしら? それでいいの?  観世会館からの帰り道に、いつもそんなことを危惧しています。 まじめ路線のままでも、できることはあります。 例えば、蜷川幸雄さんに演出&舞台設定をしていただく・・・3次元、4次元に拡張する蜷川さんの能舞台を観たい! シェークスピアの連作のように、能の演目を年に2つでも演出していただけたら・・・世界の演劇界がアッと驚くタメゴロウ 間違いなしです。 そして、演劇ファンの若い~中年女性がドッと押し寄せます。 そんな雑談を深野師匠としたこともありましたが、立ちはだかるのは「一線」です。 構造改革! 日本をぶっ壊す! なんて威勢の良い言葉に踊ったこともあったこの国ですが、 どの世界にも、まだまだ立ちはだかる「一線」が無傷のままで根を張っているのですね。 前世物語 「動物です・・・鹿と見合っています。角のしっかりした大きな鹿です・・・私が鹿に倒されています。私は横向きになって、その上から鹿が私を見つめています」 「その鹿は何と言っていますか? 心の中で聞いてください」  彼女の心は鹿の魂と通じることが出来ました。鹿が言いました。 「わかったか?」 「あなたは何と答えましたか?」 「わかりません・・・鹿は『わかったか?』と言って去って行きました。私は倒れこんだ姿のままで夜空のきれいな星を見つめていました。『これで終わりだ』と思っています。静かに目を閉じています。 これで死んだような気がします」 「その時、何を思いましたか?」 「その通りだと思いました」  私には何が何だか、さっぱりわからなくなりました。ただ、彼女と先生の間に流れているエネルギーは決して嫌な感じはしませんでした。私はそのまま見守ることにしました。 「ジェロニモさんの人生で一番幸せな場面に戻ってください。何が見えますか?」 「三十才の頃です。娘とテントの中にいます」 「その娘の名前は何と言いますか?」 「リナです。黒い髪で目は茶色です。愛しい大事な娘です」 「そのリナちゃんは、今のあなたが知っている人ですか?」  彼女はしばらく考えてから、ちょっぴり残念そうに答えました。 「わかりません」 「テントの中で何をしていますか?」 「向き合って・・・楽しそうに笑いながら話をしています。話の内容はわかりません。今、妻はいないようです」 「その日の夕食の場面にまで進んでください。そこに誰がいますか?」 「おじいちゃんが見えます。酋長です。偉い人です」 「酋長さんはどんな人なのですか?」 「黒い目をしています。ともかくすごい人なのです」  彼女には表現しきれないような偉大な酋長のようです。 「その酋長さんは、今のあなたが知っている人ですか?」 「わかりません」 「他には誰がいますか?」 「若いインディアンがいます。血の繋がりはありませんが同じ部族の若者です。仲間です」 「その仲間は、今のあなたが知っている人ですか?」 「亡くなった弟のようです」 「他には誰かいますか?」 「酋長の妻か娘が見えます」 「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」 「私の母親です」 「他には誰かいますか?」 「私の子どもです。男の子です」 「その子の名前は?」 「ユリと言います」 「ユリは、今のあなたが知っている人ですか?」 「私の兄です」 「他に誰かいますか?」 「私の母親が見えます」 「その母親は、今のあなたが知っている人ですか?」 「知っている気はしますが、誰だかわかりません」 「他に誰かいますか?」 「さっきとは別の若いインディアンの男がいます」 「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」 「太郎君(仮名)です」

おはようさん 2014.7.12.

今日は怒濤の土曜外来を終えてから、奈良 学園前の松柏美術館へバイクのまほちゃんに乗って行ってきました。 思っていたより展示されている作品が少なかったのですが、ともかく静か・・・土曜の午後なのに展示室をひとりじめ・・・まるですべてが自分の絵のように思えてきます。 ただいま「上村淳之展」ということで、淳之さんの花鳥図がメインでした。 なかでも気に入ったのが・・・ 展示室の向こうとこっちに向き合うように展示してあった鶴の絵でした。 こっちは、雄雌の鶴が求愛のダンスを踊っているシーン。 あっちは、番の鶴がヒナに餌をやろうとしているシーン。 展示室の真ん中、二枚の絵の中央で見比べてみると・・・何かが違っていました。 なんやろう? 誰も来ない展示室のソファーに座って何度も見比べていました・・・!! 求愛のダンスを襲っている二羽の鶴には、それぞれ違う色のオーラが見えます。 例えば、赤と青。 例えば、赤とオレンジ。 正反対の色なら、自分にないものに惹かれるように、予想外の化学反応を期待するように、互いに激しく求め合います。進化したい、より善くなりたい、変化したい。これは生物の本能であり、天地自然の理のひとつです。 同じような色は、安心・平安・おだやか・無風・・・似たもの同士で分かり合えます。未来のことも含めて全てが予想内です。自然界のひとつの理に、この安定を求めるというものがあります。だから、同じような色同士も天地自然の理のひとつです。 求愛のダンスを踊っている鶴たちは、各々のオーラをぶつけ合っていたのです。 それが情熱として、求める愛として、絵から溢れ出してきていたのです。 ヒナに餌をやっている番の鶴の方は・・・番の鶴もヒナたちも同じオーラの中にいました。 ひとつの色のオーラの中に、親子が安心して、穏やかに、慈しみ&信じるこころに支えられながら、生きていました。 それぞれの親の肉体の表層には、自分の色のオーラの薄層が見えますが、親子の鶴たちをあたたかく包み込んでいる大きなオーラは単色ひとつのオーラでした。 あれだけ情熱的に求愛のダンスをして、自分をアピールしていたカップルが、親になり、子ができて・・・家庭を持つと、すっかり大人の、とても落ち着いた親鶴になっていたのです。 そこには、平和な親子の情景 安心と愛のオーラがあふれ出るわけではなく、ただそこにあって、親子を見守っていたわけです。 求愛のダンスの鶴たちは若者に見えました。 家族の鶴たちは、大人に見えました。 そんな想いで、となりの「白孔雀」の絵を見ると・・・二羽の白孔雀もやっぱり「大人オーラ」でした。ヒナは描かれていなかったけれど、落ち着いた、愛し合って、信じ合っている番の親鳥に見えました。 恋愛と結婚。 鶴や白孔雀たちのように、大人オーラでふたりを、家族をひと色に染め上げることができたら、幸せですね。 前世物語  私と先生の格好よすぎる初夜のきっかけを作ってくれたのは、四十才代の女性でした。彼女からはナイーブな感じの地味な印象を受けましたが、少しお話をしていると彼女の内面には強い心棒があるのがわかりました。口数はとても少ないのですが、先生のワークの要点はとてもしっかりとつかんでいて、先生の問いに的確な答えを返していました。  彼女はこのワークで「生まれてきた意味」に触れてみたい、と言いました。興味本位ではなく、何かとても深い考えがあるように察しられました。私は始まる前から、ただではすまないワークになりそうだと胸騒ぎがしていました。でも先生はいつも通り、何事もないかのように誘導を進めて行きました。 「地面を見て、地面を感じて。どんな地面が見えますか、感じますか?」 「濡れた茶色い砂が見えます。道の両脇に緑の草がたくさん生えています」 「足を見て、何か履いていますか?」 「いいえ、裸足です」 「下半身は何を着ていますか?」 「黒いズボンです」 「上半身は何を着ていますか?」 「長袖のゆったりした服です。模様が入っています」 「手に何か持っていますか?」 「持っているような気がします・・・右手に棒を、左手に三つの指輪を持っています」 「手を見て、どんな手ですか?」 「関節の太い男の手です」 「頭に何かかぶっていますか?」 「インディアンの髪飾りのようなものが見えます」 「肌の色は何色ですか?」 「ちょっと浅黒い感じです」 「どんな髪をしていますか?」 「黒くて長いおさげです」 「目の色は何色ですか?」 「青です」 「他に荷物はありませんか?」 「右の腰に革の袋のようなものをさげています」  先生は彼女の意識をその男の中にしっかりと入れてから尋ねました。 「まわりはどんな風景ですか?」 「前に小高い山があります。それ以外は平原です」 「今そこは朝、昼、夕、夜で言うと、どの時間帯ですか?」 「昼間です」 「天気はどうですか?」 「晴れです」 「そこの気候はどうですか?」 「少し暑いです」  彼女は暑そうに身体を動かしました。先生は少し間を置いてから尋ねました。 「それからどうしていますか?」 「そこに立って山を見ています」 「どんな気持ちでいますか? 心に触れてみてください」 「寂しい。とても物悲しい気持ちです」  「では場面を続けます。時間が動き始めます。時間が流れ始めると、その男の人は何をしていますか?」 「場面が止まってるようです。動きません」  先生は慌てずに時間が動き出すのを待ちました。 「あなたの年齢はいくつですか? 頭に数字が浮かんできますよ」 「四十才です」 「名前は何と言いますか?」 「・・・ジェロニモです」 「そこで何をしているのですか?」 「見張っています・・・何かを待っています」 「あなたが今、いる場所はどこですか?」 「アメリカの中央の辺りです」 「待っていたら、誰か来ましたか?」

2014年7月12日土曜日

おはようさん 2014.7.11.

「こんなん するんやってぇ」と刺絡の成書に載っていた吸角の写真をスタッフと見ていて・・・ 「そういえば、これ あったんちゃう?」 そうでした! 6~7年前の舌癒着症のオペを始めた頃のお話です。 向井將先生の手術方法では、舌をひっぱって固定するために、舌先に1針かけるのですが、その痛みがオペ後もかなりの間、残るのが気になっていました。 そこで何とか1針かけないで舌を固定できないか? と思案して医療器具カタログを見渡しました。 「おっ! これで引っぱろう!」ということで、吸角を1個買って・・・実際にやってみると、全くダメでした(;^^)ヘ.. 吸角はお蔵入り。。。 年度末の大掃除の度に「先生、これ、処分しますか?」「まっ(そのうち役に立つこともあるやろうから)置いときましょう」で手術道具棚の中で静かに眠っていました。 今朝、道具棚の中を探してみたら、ありましたよ! 新品同然のままの姿で! 「でも、これを使って刺絡するような患者さんは・・・いないよなぁ」 ところがどっこい! いつもの患者さんが来られて、腹診すると、何と不容(ST19)に酷い実熱邪が!! すべてがタイミング良くスムーズに流れている時は、まさに「駆け抜ける幸運の神さまの後髪をつかんでいる!」状態です。 これを逃しては一大事です。 実熱邪の不容をチョンチョンと浅く刺絡して、吸角を付けて、手動ポンプで陰圧に引きました。 ・・・出ます 出ます 黒い血がわきあがってきます・・・ 血に赤みが戻るまで刺絡して・・・患者さん曰く「胸が軽くなりました」 (*^^)v 人生の経験にムダはありません。 失敗した、ダメだった、せっかく勉強したのに&買ったのに・・・と、その時は思い悔やみますが、落ち込まないことです。 7年前に吸角を買ってなかったら、神さまが投げてくれた今日のチャンスを打ち返してホームランにすることはできなかったでしょう。 もしかしたら、このままずっと吸角には手出ししなかったかもしれません。 (実は・・・先週、刺絡の成書を読んでいて、「吸角ねぇ・・・これはやらんやろうなぁ」と諦めていたのです) もちろんこれまでの通り、不容の鍼も使います。 現に、今日も何人かの患者さんの不容に鍼をしましたから。 鍼は氣の病に 刺絡は血の病に (灸は津液の病に?) もちろん現実には氣&血 入り乱れての病気ですので、そこは上手に鍼・灸・刺絡を使いこなせれば、もっともっと病気を治すことができるぞ! と思っています。 前世物語 「ねぇ、先生、そのお話はよくわかったわ。それで先生のことだから、HGHをまず自分の身体で試してみるのでしょう。でもね、先生だけ若返っちゃったら同い年の私はどうなっちゃうの? ね? だから今回は一緒にしましょうよ。先生がHGHを始める時は私にもHGHを始めてちょうだい。費用は私のお給料から差し引いてくれていいから。先生だけ若返っちゃうのはずるいわ。それに副作用を見るのだったら一人より二人の方がわかりやすいでしょう?」  私は自分で言っていることが支離滅裂になっているのがわかっていましたが、ここは熱意のドリヴルで中央突破を計りました。そうでも言わないと、先生は絶対に私にギャンブルさせてくれませんから。先生は急にとても優しい顔になって答えました。 「うん、わかったよ。今、私は筋肉マン作戦でドーピング・ダイエットをしているから、それが一段落ついた頃にHGHを始めようと思っているんだ。これはお約束します。だって美子さんの寝顔、初めて見せてもらえたもの。もういつ死んでもいいや、と思ったもの・・・」  昨夜、先生は馴染みのコンシェルジェさんに電話したかと思うと、そのまますぐに私と私のパソコンを抱えてこのホテルへ連れてきました。タクシーの中でもずっと話し続けていたので、私ったらドキドキすることさえ忘れてしまっていました。 「あなたって、いつもこんな手を使うの? まるでフランス人だわ。そう言えば、どうしてだかわからないけど何度もフランス語に挑戦してしまう、って言ってたわね。きっとあなたの過去生にフランス人の大悪党がいたんだわ。きっと町々の最高の女たちを泣かせてばかりいるような悪い男だわ。でも大人の女って・・・そんな奴を憎めないのよね」  そんな思いが一瞬、心に浮かびましたが、私もすっかりマドモァーゼルに変身していました。  先生ったら、このホテルでは有名な方のようです。革ジャン、革パンツのバイカーの正装でフィットネスに通っていれば確かに目立ちますけど。チェックインなしでそのままお部屋へ案内されました。見事なスゥィートでした。 「あなたったら何する気なの?・・・ちょっぴりウフッだけど」  テーブルにはお饂飩うどんとおにぎりが用意してありました。なんという段取りなのでしょう。でも、彼の良さは絶対に二枚目にはなれないところです。きっともうすぐボロを出すことでしょう。  それにしても、話し続けてクラクラしていた頭に温かいお饂飩はごちそうでした。 「受験生の頃を思い出すね」  二人して同時にそんな思い出話をしたものですから、お腹を抱えて大笑いしちゃいました。 「HGHがなくっても、私たちってもう若返ってるんじゃないの?」 「そうだよ、笑いに勝る治療法はないからね。笑いが一番だよ。ノーマン・カズンズが・・・」  そう言いかけて、頭を掻きながら先生はもっと大笑いしました。自分の話がすぐに脱線するのが面白かったのでしょう。  ルームサービスさんがコーヒーを持って来てくれました。私たちはその日のワークの議論を再開しました。でも何だかホッとしたのでしょうか、もう私には先生に噛みつく気力は萎えてしまっていました。私たちはソファーに座ったまま、ワークについてのいろいろな話を夜遅くまでしていました。とても眠くなって、先生に手を振りながらシャワーを浴びに行ったことまでは覚えていました。  朝、大きなベッドの中で明るい光に包まれながら私は目覚めました。先生はソファーで眠っています。彼もシャワーは浴びたようです。ガウンのまま毛布をかけて高いびきです。私は裸のまま、大の字に伸びをしてお日さまを受け止めました。  おひさまが照らすサイドテーブルに先生のメモがありました。 「七時になったらフィットネスへ行こうね」

2014年7月11日金曜日

おはようさん 2014.7.10.

巨大な台風がやって・・・来なかった大阪です。 患者さんたち 「大阪はええとこやなぁ 大きな台風もようけえへんし(訳:大阪には台風は来ない)・・・」と呟いていました。 古の環日本海 縄文文化圏が衰退し、弥生 ヤマト文化圏が形成されるに及んで、奈良を都に選んだ意味のひとつに、この「大阪はええとこ」な感覚があるんじゃないのかな・・・そんなことを思いながら、患者さんたちの呟きに頷いていました。 木曜日の午後は藤本漢祥院で蓮風先生に鍼をしていただく日です。 今日は・・・いつもの筋縮(GV8) 脈診と背候診で、最近、ちょっと寝不足なのがバレバレでした(;^^)ヘ.. (こうやってブログを書いてるせいなんやけどね) そして恒例のうなじ:瘂門(GV15)の辺りへのプチ刺絡を。 氣が昇って、かなりの熱邪がこもっている様です。 今日も「こんなに爇があると、危ないんや!」と・・・ 確かに&確かに。。。 脳卒中に陥る人って、きっとここに(うなじ)爇がこもってしまっているんやろうなぁ。 仕事が多忙・睡眠不足・上から下からのストレス・身体の老化・将来の不安 などなどが爇となって昇っていくわけです。 この爇が頭を破れば脳卒中へ。心臓を破れば心筋梗塞へ。こころを破れば鬱病へ。 毎週、蓮風先生に刺絡で熱邪を祓っていただけている・・・それは神さまから1週間分の寿命をいただいているんだなって、台風一過の空を見上げながら気づきました。 日々、がんばってる  いろいろ しんどいけれど、何とかがんばれている それはまだ山登りをしているから、しんどいんだって気づきました。 50~60代の同年齢相の人たちの多くは、定年間近だったり、普通の開業医だったりで、もっと進化しよう、もっと善くなろうとジタバタしてる仲間はほとんど見当たらなくなりました。(もっとお金を貯めようとか、権力を強めようとしてる人たちは多いけれどネ) そういう普通の人たちは、もう山登りを辞めた人たちです。 眼下に広がる穏やかな牧草地や畑で悠々自適な生活をエンジョイしている人たちですね。 それはそれで善し。 変化に飲み込まれることはあっても、自分から変化することはありません。 しんどい とか がんばる とかは、まだ山を登っている証です。 何度も頂上を踏破して、その度に、次のより高い山が見えてきて、「またかよ いいかげんにしてくれよな」とか言いながら・・・そこで辞めて下山するのも自由なんだけど・・・より高い山へ向かって、息を切らせながら登っていくのです。 どこまで昇ればいいのか? きっと終わりなき旅でしょう。 ただ今日の一歩 明日の一歩は必ずお天道さまに近づけた一歩となります。 空気も薄くなってきて 勾配もきつくなってきて 道なき道を一歩一歩と登っていく 何の因果かしらむ それでも一歩一歩  きっと魂の目に焼きついている大いなる光さんに近づこうとしているのでしょう。 日々の道が正しければ、神さまはちゃんと守ってくれます。 しんどくて 辛くて もう辞めたいな と思っていても、 がんばれ がんばれ と週1回 刺絡をしたり鍼をしたりして、邪気を祓い、元気を入れてくれているのです。 だったら、同行二人 もう行けるところまで行くしかないですよね。 60才以上の「生きがい人生」って、そんなもんなのかな と思ったのでした。 前世物語 「何をニヤニヤしてるんだい? そう、何の話だっけ? ホルモン補充療法だったね。これからうちでやっていくのは『不老医学』と呼ばれている分野なんだ。アメリカではすでにHGH・ヒト成長ホルモンを中高年に用いるリサーチが続けられているんだ。その結果がとても魅力的なんだよ。まず第一に、今のところ致命的な副作用がないんだ。むくみや手関節の痛みなどはあるけど、投与量を減らせばすぐに回復するそうなんだ。ただし長期間の使用で副作用は出ないか? はまだわからないけどね。ここがギャンブルなんだよ。HGHが完全に安全であるかどうか? に結論が下されるのは何十年後になるかもしれないよね。私たちはまだいいよ、中年のおじさん、おばさんだからね。私たちはまだ間に合うけど、今六十才、七十才の方は待っていられないだろう。そこでギャンブルになるんだね。未知の副作用のリスクと十〜二十才分の若返りを賭けたギャンブルだね。このギャンブルを楽しめる人にだけ、HGH補充療法をお薦めしようと思っているんだ。ギャンブルは楽しまなくちゃいけないからね。ここだけの話、必死の血相でやって来る人はお断りするよ。だって必死に若返りたい人って、いざ若返ったら・・・人生を楽しむことが出来ないんだもの。また若返った分だけ必死になって生きていくだけだからね。これでは不幸のプレゼントになっちゃうよ。そうじゃなくって、自分の人生を楽しんで生きることが出来ている人に若返ってもらいたいんだ。充実した第二の人生を生きれているような人に第三の人生、第四の人生があったら、とても素敵だろう。  なぜこんなことを考え出したかというとね、過去生のワークは『生きがい療法』つまり、生きがいを見失った人の生きがいを再発見するお手伝いをする療法だけど、これはあくまで心の話、魂の話だけになっちゃっているからね。確かに生きがいを持って生きている人は生き生きしてるし身体も元気そうだから、肉体のことは放っておいても構わないかもしれないよ。でもね、心だとか魂ばかりに目が行き過ぎると、肉体を持って生きている意味、つまり生まれてきた意味、生と死の意味が疎かになってしまうことがあるんだよ。ほら、今朝方まで話し込んだあのワークだって、肉体の生と死がベースにあって魂の世界が展開していっただろう」  そうなんです。昨日のワークは私にとっては難しすぎる内容でした。でも何とか理解したい、という気持ちがとても強くて、夜診が終わった後も先生に付きあってもらいながら、私はあのワークのレポートを書き続けました。途中でしばしば先生と議論になります。それがまた楽しくて、気がついたらシンデレラ・タイムになっていました。 「この世の中を二元性で割って考えてみると、肉体と心・魂が二元性のペアーだね。この二元性で支配されている世の中を生きがいを持って生きていくには、心と魂だけが満たされているだけではまだまだ不十分なんだ。肉体的な若さが必要なんだよ。老化がネガティブだとすると若さはポジティブだよ。心をポジティブに向け続けるには、この肉体的な若さが必要なんだよ。ただ今まではそれが実現出来なかっただけなんだ。確かに約二十年前は成人に成長ホルモン・GHを使うことは人道上、許されなかったんだ。なぜならGHは屠殺した家畜の下垂体を何千と集めてきて抽出して、やっと手に入れることが出来る超貴重品だったからね。GHを待ち望んでいる小人症の患者さんに優先的に使われていたんだよ。でも今は違う。遺伝子工学的に合成されたHGHがあるからね。さっき言った『神の目』で見てみると、HGH補充療法の台頭は私たちの魂の療法の進歩にシンクロして進展しているように思えるんだ。  心を開いて魂の光を取り戻すこと、そして肉体の老化をコントロールして人生をしっかりと楽しめるようにすること、このふたつが今、始まるべき時が来たような気がするんだ」

2014年7月9日水曜日

おはようさん 2014.7.9.

今日の漢方診の新患さんは在日30年あまりの中国女性さんでした。 日本語はダメということで、娘さんが通訳してくれました。 どこの病院に行っても、どんな検査をしても「異常なし」と匙を投げられた発作性の慢性頭痛と胃痛が主訴でした。 舌は黄膩が腎脾にへばり付いた紅舌で。 脈は沈。アーユルヴェーダ脈診では幼少期からの虐げられるような抑圧が続いていて、肝鬱気滞が「川砂が沈殿するかのように」心に積もり積もって、火山が爆発するように心衝胃犯するらしい・・・娘さんに尋ねると、父親も夫も絶対君主タイプだったそうです。なるほどね・・・。 腹診は、腎虚なし=今でも現役で肉体労働中・・・ただ夢分流打診後に探ると、さすがに年齢的な腎陽虚&腎陰虚がありました。ただ、今は問題になりませんね。 胃土は実でちょっと虚熱があるかな・・・梅雨ですから湿痰もウロウロしてました。 左>右で肝相火に肝鬱気滞が沈み込んでいました。 帯脈は臍上の位で問題なし。帯脈上の方が実熱ぽい感じで。 鳩尾まわりの圧痛なし。柴胡の証なし。 面白かったのは・・・ 発作性の胃痛が起こったら、民間療法で胃の辺りに自分で傷をつけて、カンカンに火を入れて、それをその傷の上に被せて、血を吸い出しているとのことでした。 それって 刺絡&吸角やん!! (°0°)(°0°)(°0°) お腹を診ると、確かに右不容(ST19)に小指頭大の傷跡が・・・うぉぉぉ 陽明胃経やん!! 不容(ST19)の効能:おう吐 胸脇苦満 心悸亢進 胃痙攣 肋間神経痛 胃症状 胆石症 咳嗽 吐血 おそるべし 民間療法(^_^;) 不容穴の刺絡で、心衝胃犯した氣を下げ降ろしていたのですね。すごいなぁ。。。 何千年も前の人たちも、こうやって経験則で鍼をしたり灸をしたり刺絡したりしていたんでしょうね。 なんだか神農大帝さまからの時空を越えた使者のように・・・このおばあちゃんが見えました。 そんなビックリに感嘆しながら・・・ 今日の治療は背候診で「痛っ!」があった至陽(GV9)へ鍼を1本。 命門(GV4)が虚していたので、ここにお椀灸をして(督脈の鍼のバランサーの意味も) 処方は、梅核気がはっきりしていたこともあり、茯苓飲合半夏厚朴湯を主に。頭痛&胃痛発作時に大承気湯の頓用で。 ちょっと遠いところの方だったので、本当は鍼灸(刺絡)に通っていただけると完治に持って行けるのですが、まぁ ボチボチと治していきましょう。 漢方薬だけの専門医で経穴経絡の知識のある先生は少ないと思います。 (以前、通っていた中医学講座での印象から・・・) 経穴経絡を知らなければ、腹診しても「何の傷? 意味 わかんな~い! どうせ民間療法だし、ほっときましょう!」で終わってしまうでしょう。 鍼を学んでいるからこそ、「不容やん! 陽明胃経やん!! すご~~い!!!」と感動できたわけです。 刺絡の成書を読んだ後だったので、「刺絡&吸角やん! すご~~い!!」とワクワク出来たわけです。 本当にステップ バイ ステップ。 勉強すれば、その応用問題が降ってきて、また次のステップが見えてくるという善き流れの中にいることに、こころから感謝&感謝の外来でした。 前世物語 「先生、とってもスリムになりましたね」 「うん、君のためだよ。君とのせっかくの夜に腹上死しちゃったら心残りになるからね」  彼奴アイツはいつまでたっても「はぐれ雲」のままですね。刀の代わりにメスを抜くことはもうありませんが・・・いいえ、毎日、心のメスを抜いている魂の外科医になっていたのです。そんなふうに彼を許せる気持ちになった私は彼のいい恋女房になれるかしら・・・そんなことも思いながら先生と楽しくブランチしました。 「先生、本当にいい身体になってきたわね。肩なんか逆三角形モドキじゃぁないの。先生、ホルモン補充療法を自分で実践していると言っていたけど、確かに効果があるわね。ねえ、先生、私もホルモン補充療法をやってみようかな?」  私は前々から気になっていたことに話を向けました。 「ホルモン補充療法は不妊症や更年期障害の治療として日本でも受け入れられてきた、と言ってもいいだろうね。産婦人科関係の病院の生き残りはこれからの少子化の時代、この分野にかかっているからね。ただ、こういったホルモン補充療法はいずれ内科一般にも広まってくると思うんだ。それもきっとグローバル化の波にのって、ほとんどの医者が予想している以上のスピードで広まってくるよ。技術や知識のグローバル化によって何がもたらされてきていると思う? 善悪、正邪は考慮しない『神の目』で見てごらん・・・見事な二元性だよ。持つものと持たざるもの、ただそれだけだよ。ここでは数が問題じゃないんだ。二極化が際立ってきているということなんだ。お金の話だけじゃないよ、技術と知識を使えるかどうか、がはっきりしてきているんだ。そんなグローバル化が健康や寿命にも及んできていると言うことなんだ」  私はクロワッサンを口にしました。フレッシュ・バターの香りが耳元まで広がっていきます。 「ここのクロワッサンはいけるだろう? 何だったらおかわり、持ってこようか?」  私がニッコリするよりも早く、先生は立ち上がっていました。 「彼がこんなに議論好きだとは思わなかったわ。確かに大昔から児童会活動がやたら好きで、将来は政治家になる! なんて言ってたこともあったっけ・・・。でもあの性格では政治家は無理だわね、正直過ぎるもの。でも・・・これからどうなるかなんてわかったものじゃないから、スピリチュアルな新しい時代が展開したら意外と意外かもね・・・フフフッ・・・そしたら私がファーストレディか・・・」  昨夜の寝不足が私をハイテンションにしています。私はジャクリーンとなって楽しい空想に耽ふけりながらカフェオーレを楽しみました。  先生が目の前にクロワッサンを置いてくれました。ちゃんとイチゴが添えてあります。かわいい伊達者なんだから・・・。

おはようさん 2014.7.8.

二度あることは三度ある 今日も遠方からの初診の漢方診の患者さんが続きました(*⌒▽⌒*) このブログを読んで、これは行かなきゃ! 生きたい ちゃう 行きたいよ~ と来阪された方々です。 うれしいですねぇ ありがたいですねぇm(_ _)m 良いこと:悪いことは51vs 49が世の常で。 昨日も今日も、酷いパーソナリティ障害&神経症の精神科患者さんたちがいろいろと足を引っぱってくれました。保健所にクレームの電話を延々と入れたトラブルメーカーもいて。困ったことですねぇ。梅雨のジメジメと大型台風の気圧低下が相まって、狂躁させているのはわかっていますが・・・困ったことです。 他人や社会への酷い怒りや憎しみや呪いなどを持ったまま、死が訪れても、自分が死んだことに気づいて、その魂がバルド:中間生に昇るまで、こちらの時間軸で数千年かかった過去生をいくつも見てきています。どの症例の主人公もチョー自己中!!でした。 普段なら一瞬で通り抜けてしまうこの世とバルドの隙間に閉じ込められてしまうのです・・・怒りや憎しみや呪いが身体を抜けた魂の足かせになって、まるでGホイホイに捕まってしまったGのように身動き取れなくなってしまうのです。 007じゃないですからね、死んでるから、もう死ねない。 怒りと憎しみと呪いで充ち満ちた意識体のまま、ずっとGホイホイなわけです。これはこちら時間で数千年・・・地獄ってないんだけど、ある意味、これこそ地獄かもしれませんね。 ちなみに・・・このバルド:中間生に至っても、誰もが大いなる光さんの中へ戻っていけるわけではありません。 えええ! じぇじぇじぇじぇじぇ!!(°0°)(°0°)(°0°) かな。。。 大いなる光さんが選抜したり、閻魔大王が決めるのではありませんよ。 見上げて、大いなる光さんが見えた意識体:魂はすっと入って(戻って)いけるのです。 この ♪ 見上げてごらん 夜の星を ♪ の見上げるっていうのに気づかない、気づけないのです。 では、どんな人たちが 見上げちゃう のかと言うと・・・ ☆ 小さな幸せに気づいて、ありがたいなぁ うれしいなぁ 幸せやなぁ と感謝できる感性を持てた人。 ☆ 生きるのって、いろいろあるけれど、やっぱり楽しいなぁ、うれしいなぁ、幸せやなぁ って生きられた人。 ☆ 毎日、いろんな人たちに助けられ、支えられ、愛されて生きてこられたんだなぁ そんな愛の感性を持てた人。 ☆ ようがんばった! 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、いっぱいやったけど、ようがんばれた! みんな ありがとう! 幸せやったよ! と感謝できる感性を持てた人。 ☆ 病気や障害があって、何もでけへんかったけど、それでも、生まれてきて良かったなぁ みんな、ありがとう 楽しかったよ! と笑い顔で逝ける人。 つまり・・・ 感謝 人生を楽しむ 笑顔 愛(信・許・認) を持って死ねた人ですね。 死ねた人ってことは、これを今、読んでいるみなさんはまだ死んでないのだから、大丈夫&大丈夫! 明日から死ぬまでに、上記のやうな死に方ができるようになれば良いわけです。 そんな悟りも一瞬で得られます。別に千日回向しなくても、立派なお墓や戒名がなくても・・・もうおわかりでしょう? そんなもんにこわだってるようじゃぁダメですよね。 大いなる光さんに戻っていける 感謝・笑顔・愛  そう 和・輪・笑 ですね これを悟れる鍼とか灸とか・・・会得しなさいねって光さんに言われているような気がしてます。 三つのわ・・・三わの鍼 三わの灸 イエスさまもお釈迦さまも、これまでのさまざまな聖者さんたちも、この三わの鍼灸を会得していたんだって・・・(以下 銀河通信) 鍼や艾を使うのではなく、指や労宮を使うんだって・・・ 百会。 顔を無心で労宮診してると、閃く穴がある。人それぞれ 時それぞれ 鯉口のやうなもの ただ静かに待てば良いと。 労宮。 神闕。 督脈を上から下へ、下から上へと診れば、閃く穴がある。 腹診も宜し。次第に悟りへと導かれる。 無心に祈れ。祈れば汝の手が花開く。一輪の開花が満開を呼ぶと。 すべては汝の手が教え導くであろうこと、よしなに。 前世物語  第六章     生まれてきた意味  もう十月になります。この時期の日曜日、ゆっくりと朝食を取っている私がいるなんて、とても信じられません。小さい頃からおてんばだった私は大のスポーツ好きです。この運動会シーズンになると、もう心はウキウキ、身体はムズムズしてきて、一年で一番ハイテンションな美子になるのです。そんな自分が好きでしたから、学生時代はずっと体育会系のクラブで活躍してきましたし、結婚してからもリトルリーグのお世話をしたり、テニススクールに通ったりしていました。ですから秋はとても忙しくて、いつもグラウンドを走り回っていました。 「ずっと走ってきたんだ・・・」  私はシャワーの湿り気がちょっぴり残った髪を触りながら、窓の外の大阪城をただ眺めていました。 「おまちどうさま、ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」  愛情と尊敬と信頼の心を込めて盛りつけたアントレが目の前に広がっていました。先生はいつも私のセンチメンタルを抱きとめてくれます。 「なんだかジョンウェイン艦長がセクター001、地球を懐かしんでいるような目をしていたよ。そうだ、そういう時にはルビーグレープがお薦めなんだよ。今、取ってくるからね」  先生はそう言いながらスタスタとブュフェの方へ戻っていきました。私、こんなバイキングは初めてです。先生ったらテーブルが決まるともう私専属のメーテル・ド・テールです。私をブュフェへエスコートして私の好きなもの、嫌いなものを言い当てていくのです。もちろんハズレもありましたけど。ふたりで笑いの前菜をほおばりながらブュフェを一巡したら私をテーブルまで案内して、そう、ちゃんと上手にイスまで引いてくれて(そう、ホテルの方より上手だったわ)・・・冷たいオレンジジュースとたっぷりのカフェ・オーレを持ってきてくれました。  運動会日和の朝日を浴びながら、今朝の私は先生と瞑想して、ホテルのフィットネスで一緒に泳いで・・・まだ朝早いのにまるでブランチな気分です。オレンジジュースが最高に気持ちいい汗をかいた身体に染み込んでいきます。私はカフェの女王様になるために足を組み直しました。  先生は意外と小食です。本当は甘いものが大好きなのですが、フィットネスに通い始めてからダイエットに気をつけているようです。医者になってから、特に開業してからは運動量が極端に少なかったようです。過去生のワークの間は全く動けませんから確かに健康には悪過ぎます。昨年、とうとう何でもない階段で息切れをしたそうです。自分で脈診すると生命の源であるプラーナが分厚いアーマ(ドーシャの老廃物)でかぶわれて見えなくなっていたそうです。 「この息切れは神さまからの注意シグナルだ! ここで生まれ変わったつもりで肉体改造しよう」 と決心したそうです。それからフィットネスに通い続けています。先生のダイエットは患者さんにもすこぶる好評です。先生につられてダイエットし始めた糖尿や高脂血症の患者さんがおられます。「医者の不養生」が通じた時代は終わりました。医者だからこそ、健康であらねばならない時代なのです。病気を治していた時代から健康を伝授する時代へ急速に移り変わっているのです。今朝、プールで見た先生の身体は昔のおデブの彼ではありませんでした。ボディービルダーまでとはいきませんが、太股とヒラメ筋が引き締まっていますし、肩だってちゃんと逆三角形に見える?ような体形になっていました。四十代半ばでこの体形まで戻した努力はさすがです。でも中身は変わりません。医院のクルーといつもこんな会話をしていますから・・・。

2014年7月7日月曜日

おはようさん 2014.7.7.

今夜は七夕ですね。 夜空は梅雨雲が広がっています。 お星さまたちは雲の上でキラキラ キラキラ 輝いていますね。 星の王子様のやうに瞳を閉じれば、ほら、もう雲の上であなたも宙を見上げていますよ。 星明かりが雲海を白銅色に照らし出して・・・聖者のやうに星海の上を歩きながら 織姫と彦星 見つかりましたか? あまたの星々が輝いている中で、たったひとつの織姫と彦星が出会い、結ばれて。 それはとても大切な&大切な縁だから。 人と人の出会いも同じですね。 広い&広い世界の中での出会い・・・天地自然の理 大宇宙の声そのものじゃぁないですか。 出会いがない?  大丈夫ですよ。 あなたが生まれてきたのも天地自然の理。 恋に芽生えたのも、大人になったのも天地自然の理。 今、こうやって生かされているのも天地自然の理にちゃんとのっとっているから。 男と女は陰陽で、この宇宙も陰陽で、この時空間そのものが陰陽なのだから、 ちゃんとあなたの彦星・織姫さんも、今夜、空を見上げながら、あなたと出会えますように、と祈っていますよ。 さぁ、もう一度、宙を見上げてごらんなさい。 今度ははっきりとあなたの彦星・織姫が見えたでしょう。 その後は・・・お た の し み に(;^^)ヘ.. 朋あり遠方より来る また楽しからずや 今日の午後、突然シンクロして遠方の朋さんがやって来てくれました\(^^@)/ 医院は13年ぶり・・・アーユルヴェーダ脈診で過去生・魂・人生行路・ソウルメイト・未来のことなどなど 読ませていただいて。 光さんからもいっぱいアドバイスをいただきながら、それを語りながら。 やっぱりみなさん、人生の大節目に大いなる力に導かれるままに、やって来られるのですね。 それは善きこと。ありがたいことです。 きっと明日からは、光輝く第二の人生を歩まれると思います。 折しも今日は七夕。 善き再会に感謝&感謝なのでした\(^^@)/\(^^@)/\(^O^)/ 注:一般の患者さん・光の前世療法を受けられる方々には、上記のアーユルヴェーダ脈診は致しませんので、あらかじめご了承願います。 前世物語  さて幻覚妄想を説明するには、更にもう少し理論の展開が必要です。 私たちのような精神神経科ではない医者が精神分裂病を疑う決め手の一つに、「人の声が頭の中に聞こえてくる」というのがあります。幻聴ですね。これまでの論法で、時空フィールドの裂け目から流入してきた過去生や未来生での会話が聞こえている、と言いたいところですが、過去生退行した時の特徴として、過去生がヴィジョンで見えるタイプと感覚でわかるタイプがそれぞれ半々を占めていて、聞こえるタイプはほんの僅かしかいないのです。聞こえるタイプがそれほど少ないのに、「頭の中に声が聞こえてくる」患者さんが多いのは説明つかないように思います。そこで私はこのように解釈していきました。  時空フィールドには、この人間界用の特定の時空係数があるようなのです。今、私たちがいるこの世界特有の時空係数があると仮定するのです。それは一種の周波数みたいなものだと考えるとわかりやすいでしょう。この時空係数にわずかなズレが生じると、固有の時空フィールドに変調を来して、自分の「今」にずれが生じてくる、と私は解釈しています。固有の時空フィールド内では、本来は一本線のように流れていなければならない時間にわずかな位相のズレが生じてくるのです。この固有の時空フィールド内で生じた位相のズレが、昨日自分が言ったことが聞こえたり、数年前に自分が聞いたことが聞こえたりする形で幻聴等の幻覚妄想を引き起こすことがあるのです。もちろん過去だけではなく、未来だって同じようにありえます。なぜなら時間は元々が三次元以上の空間的な世界(仮に時間空間と呼びましょう)を呈していると推察され、その時間空間をこの人間界に合わせるべく無理矢理に一次元化したのですから、位相のズレが生じ始めるということは、時間が本来の多次元を回復するということになります。時間空間の中では、過去も未来も今に収束する形で存在していると仮定していますから、一次元化が解ほぐれ始めた途端、過去も未来も今に収束してきます。今の意識の中に、過去と未来が混じり始めるのです。  初めは極く僅かな位相のズレでしょうから、自分の過去と未来の発言や思考だけが混じるのでしょう。しかし位相のズレが大きくなっていくと、家族や友人などとの過去と未来まで巻き込み始めるでしょう。そしてさらに大きく固有の時空係数に変調が起こると、その人が生きている世界自体が、本来は時空フィールドによって認識出来ないはずの時空間を越えた別の世界とあたかも繋がっているように行き来できる現象が生じてしまうと考えられます。これはSFでパラレルワールドと名付けられていて、今の子供たちはテレビを通じて私たちよりも直感的に、そういった世界を認識しているようです。このようなパラレルワールドに出入りしてしまった人間はもはや自分の状況が理解できず、恐怖感にかられて周囲を無条件に激しく攻撃するか、心を完全に閉ざしてしまうことになるのです。これは精神科的には重病であり、自我が状況を把握できるまで回復に向かうことはないでしょう。  このように固有の時空フィールドの裂け目による過去生や未来生の流入と、同じフィールドの時空係数の変調による時間の多次元への復帰とは発症機序は全く異なりますが、人間界から見た人間の病状に関して言えば同じ症状を呈するのです。ただ人間界の外部から多次元の時間が入ってくるのか、内部の時間が多次元化するのか、の違いがあるのです。  どちらにしても今の所は治しようがありませんが、このような患者さんと接する際に、これまで述べてきた推論を念頭に置いて話を聞いてみる必要があるでしょう。幻覚妄想を持っている患者さんは、過去生や未来生の話をしているだけなのかもしれません。患者さんの意識レベルがまだ高くて、このような仮説を理解出来るだけの知能が残っていれば、その患者さんの自我の中にこの仮説を組み込んでおけば、次に時空フィールドの裂け目が生じたり、時空の位相に変調が起こっても、パニックにならずに自己の力で何らかの対処が出来る可能性があります。また自我をしっかりとセンターリングしておくために、瞑想したり座禅をしたりする必要性も理解してもらいやすくなるでしょう。この推論が精神分裂病の患者さんを救うヒントになることを祈っております。

おはようさん 2014.7.6.

明日は七夕。 今夜も さわさわ さわさわ と雨が降っています。 洗車雨:七月六日に降る雨を意味する語。 七夕伝説において彦星が織姫に会う際に使用する、牽牛が牽く牛車を洗う水になぞらえているとされる。 ちなみに、七月七日の七夕当日に降る雨を「催涙雨」と呼ぶ。 今も昔もやっぱり、デートの前には愛車をピカピカにしなくちゃ・・・なんですね(*⌒▽⌒*) そういえば、最近の若者の車離れが酷いとか・・・ 18才になったら車の免許を取りに行って、中古でも上等! スポーツタイプの車を月賦で買いさえすれば、彼女ができる! なんて妄想に若い男はみんな取り憑かれていました。 かっこよく走りたい・・・だから車雑誌を読みあさり、コーナリングの仕方、ブレーキングテクニックなどなど しっかりとお勉強してました。 (だから今でも私はキッチリとアウト・イン・アウトのライン走行です。若い頃よりも上手くなったかな) 車の楽しさ、バイクの面白さに興味ないのかしらねぇ、お若い人たちって。 そういえば、15才になっても精通していない男は、なんと50%もいるんだとか(最近の報告で)。 中学生になっても母親とお風呂に入ってる・・・それのどこが変なの? という母と子。 酷いマザコンが成人男子の半数近くもいるなんて・・・七夕の意味すらわからない若者たちが増えて、こりゃぁ 大変なことですよ・・・と危惧する今日この頃です。 この世は陰陽。 男の陽気が減れば、女の陰気が盛えます。(女性が陰気ってことじゃないですよ。女性は陰。陰気が盛えると女性はますます元気になります) 女性生の平和・助け合い・非暴力・愛といった陰気の善き面が強く出れば良いのですが、今は悪い面 心配・恐怖・嫉妬・疑い・・・が強まっています。 これも男性生の善き面 ラテン系のノリ・集団でやり遂げる力・勇気・・・が減じて、暴力性・威圧的・権威的・独裁的・・な悪い面が目立ってきているのに拮抗しようとしているようにも思えます。 ただ、陰陽は天地自然の理に沿って流れています。やがては陰は陽に転じ、陽は陰に転じます。 陰陽太極論ですね。 願わくば、この鉄の時代が終わりを告げ、新しい光の時代が幕開けするといった究極の陰陽太極まで向かわないで、それまでに何とか鉄の時代の人たちの手で、狂ってしまった陰陽を立て治して欲しいものです。 前世物語  では人間の自由度はどれくらいあるのでしょうか?  こう考えると先程の最大コンマ8%を使えば、人間界に肉体を持って生まれてきた時、その人間界の世界すべてに対して自分で自由に決めれるのは最大コンマ8%なのではないでしょうか。だからやっぱりひとりの人間はちっぽけな存在でしかないのだよ・・・なんて溜息をつくのは早すぎます。昔々、小さな自分の村だけがすべて、外の世界といえば嫁を隣村から迎えたくらい、の時代なら、このコンマ8%の自由度は目に見えて実感できるには小さいかもしれません。でも例えは今なら、人間界は宇宙の遥か彼方から極小のナノの世界までを把握し具現化してきています。この広大な世界のコンマ8%はどれくらいのものになるのでしょうか。文明が進むにつれて人間の自由度もどんどん大きくなっていくのです。だから私たちはそれをしっかりと理解して、十分に使いこなさないといけないのです。  さて、個人用の時空フィールドに小さな穴が開いていると、その穴から過去生や未来生が収束している時間軸のない「今」と繋がってしまいます。すると過去生や未来生が個人の意識の中に流れ込んで来るのです。過去生退行に慣れた人や瞑想、座禅などに秀でた人は自我の中心がしっかり安定しているので、意識の中に流れ込んできた過去生や未来生を自我の意識で冷静に客観視できますが、普通に生きている人々にとってはそれは幻視、幻聴になってしまうのです。見る気もないのに勝手に過去生や未来生を見せられているようなものなのです。過去生という概念がまったくない人がいきなり過去生を見せられたら、これは心理的にパニックになると思います。  初めは小さな穴だから過去生や未来生が少しだけ流れ込んで、人間の意識上に過去生でのワンシーンのヴィジョンや会話を浮かび上がらせるだけで済みますが、普通に生きている人々は自我の中心がずれていたり、揺らいでいたりしている人が多いですから、過去生の流入が繰り返して続くと、自我のセンターへのアンカーが切れてしまい、自我がさ迷いだしてしまうのです。  精神分裂病をこの個人の時空フィールドの裂け目によるものと考えてみると、突然の発症はフィールドの裂け目が突然できることを意味しますし、幻覚妄想は過去生や未来生が流入してきて、揺らいでいる自我を押しのけて意識上に上ってくることが原因であると考えられるのです。そして末期に自我が崩壊するのは、自我が裂け目から時空フィールド外にさ迷い出してしまうためだ、と解釈できるのです。この自我が最後にさ迷い出してしまう所とは、普通は肉体の死後、魂が肉体から「浮かび上がった所」であり、魂が光へと帰るまでの間の仮想的スペースと同じところなのです。肉体が死んだ時はそれなりに魂もわかっていますからパニックになってさ迷い続けることは少ないですが、肉体がまだ生きているのに時空フィールドの裂け目から放り出された自我にとっては、このスペースは暗黒の無限空間に感じられることでしょう。  このように時空フィールドの裂け目から流入して来た過去生や未来生とセンタリングが不十分でふらついている自我の優位さによって、いろいろな症状が説明出来ます。  自分が自分以外の誰かに支配されているように感じる作為体験は、自我が揺らぎながらもセンターを保っているので、自我が流入にして来た過去生等を別人だと認識できている状態だと言えます。もう一人の自分の存在を外界に認めている二重視、自己像幻視という形もこれと同じ状況だと思います。  何だか不合理な思考が突然に訳もなく浮かび上がって来て、その思考をどうしても払拭できないという脅迫体験は、自我のセンターリングが不十分で過去生等に支配され始めている状態だと言えます。  自分のしていることを自分がしていると認識できないという離人症は、自我のセンターリングが崩壊してしまって、自我が過去生等に完全に押しやられてしまった状態なのです。最近話題の同一性意識障害、本来の自分と別の第二の自分が時間的に交代して現れると言う交代人格、つまり多重人格ですね、これもこの状況で説明出来ますが、多重人格の場合、いや、この時空フィールドの裂け目説全般にわたって言えることなのですが、時空フィールドの裂け目がなくても自我のセンターリングが崩壊していれば、自我の空席に誰でも座ることが出来るのです。誰が自我のシートを横取りするのかと言えば、肉体の死後、恨みや悲しみが強すぎて死んだことを受け入れられないでいる魂が入ってくることもあるのです。これは「ウォークイン」と呼ばれている現象です。怪しげに言えば、悪霊とか悪魔になるでしょうか?  私も実際に出会った症例がありますが、巷で言われているような悪意は感じられませんから心配ありません。彼らはともかく深い深い悲しみと憎しみ、恨みに我を忘れているだけなのですから。過去生退行でゆっくりとヒーリングすることも出来ますが、それはとても時間がかかるワークになるのです。  ともかくこう言ったウォークインされた人も同じ症状を呈することは覚えておいていただきたいと思います。ただし私がワークで受けた感触としましては、分裂病の人は時空フィールドの裂け目由来が多いですし、うつ病や重度の自律神経失調症の人にはウォークインがちょっと混じっているかな、という感じを持っております。

2014年7月6日日曜日

おはようさん 2014.7.5.

土曜外来はいつも超忙しいので、今日も覚悟の褌きりりと締めて外来を始めましたが・・・ おや? ゆったりしてるよ? でも、よかったぁ。 実は、土曜日だけリハビリに来る脳性マヒ後両足尖足拘縮の40代男性に足指の刺絡をしてみよう、と思っていたからです。 この方、お母さんと一緒に来られるのですが、お母さんがリハビリ&鍼治療を受けている間、「僕にもしてぇ」とせがんでくれる治療大好き「少年」なのです。 今日はちょっと痛いことするけど、いいかな? に、ウンウンと嬉しそうに答えてくれました。 下のものは上の取れ 内のものは外に取れ が鉄則なので、両足尖足拘縮は両手か督脈任脈か・・・とも考えましたが、まずは直近で! ということで、両足の十指先に刺絡しました。 (何の根拠も弁証もなく、ただただ直感あるのみです。大先生のみなさん、ごめんなさい) 刺絡すると、予想通り、ちょっと間を置いて、黒い血が勢いよく出てきました。 やはり交感神経過緊張、それも慢性型・・・ですね。 足の指も足関節もかなり強直性に拘縮しているので、常識的には戻ってきません。 でもね・・・ 人間の身体は死ぬまで、治ろう&治ろう としているんだ、と最近、いろいろなケースで感じます。 骨折が治るように、切り傷が治るように、発熱したり膿が出るように、 人の身体は細胞レベルから臓器レベル、人型の最終集合体に及ぶまで、生まれてから死ぬまで、片時も休まずに、生きよう&生きよう 治ろう&治ろう としているんだと思います。 だから、どんなに強直拘縮していても、気血のバランス、自律神経のバランスを取り戻してあげれば、自然治癒の方向へ動き出すんじゃないかな、と思っています。 癌の末期で腹水や胸水が溜まって、痛みで苦しんで・・・それは身体が治ろう&生きようとしている証でもあるんじゃないのかな。 だから、死の前日とかに、それまでの苦痛苦悩がウソのように晴れて、大切な人たちに別れを告げたりしながら、翌朝、静かに死んでいく・・・生きよう&治ろう を諦めたがために、病苦から解放された、穏やかな最後の時間を得ることができたかのように。 人は、人の身体は、どの臓器も、どの関節も、どのパーツも、絶えず 治ろう&治ろう 生きよう&生きよう としているんだから、それを信じて、人の内在している崇高な自然治癒力を信じて&敬って、ちょっとスイッチを入れてあげれば・・・時間はかかるかもしれなけれど、治る・善き流れに乗ることができると思います。 今日は、そんな想い&祈りを込めながら、「少年」に刺絡をしたのです。 結果はどうかな? 楽しみです。 P.S. ちなみに、STAP細胞とやらも、私はあり得る話だと思っています。 別にオボカタさん?に惚れているわけではありませんよ。(アチキは詩仙の君LOVEだもん吉) 理論物理学の世界では、実験者の想念が実験結果に影響を及ぼすことは実証されています。 STAP細胞のことはよく知りませんが、簡単な刺激を加えれば万能戦艦ノーチラス号に・・・ちゃう、万能細胞になるって話だったと理解してます。 家庭菜園していると、育ってきた野菜たちに”良い子 良い子”してあげてると、美味しくなる!のは常識ですよね。 秘密の花園のバラやユリさんたちだって同じです。きれいだね、ステキだよってほめてあげてると、切り花にしても、長持ちするし、薫りも数段アップしています。 STAP細胞もそんなもんじゃないのかな? 信じて&信じて、前向きにワクワクしながら魔法のランプをこすれば、願いは叶います。 でも、あるわけないじゃん? ウソに決まってる!とネガティブマインドでランプをこすっても・・・怒りが増すだけでしょう。 もしかしたら、STAP細胞は宇宙人が今の人間の知恵のレベルを計るためにもたらした試金石だったのかもしれませんね。 いきなりファーストコンタクトして、ワープ技術やフェザー技術など教えたら、宇宙に戦争を持ち込むかもしれませんから。 だいたいワープ技術を確立できてない生命体にはコンタクトしない、のが宇宙の常識でもありますし。 STAP細胞でさえ、この体たらくなのですから、まだまだ愛の足りない、野蛮で好戦的な下等生命体だと報告されて・・・また何百年かは宇宙の「ぼっち族」なのかも・・・しれません。 何の話やったっけ・・・ そう、信じるものは救われる なのです。 科学とは信じる力 なのですよ。 私は鍼の力 自分の手 そして人の治る力を信じています・・・命がけでネ。 前世物語  そしていよいよ過去生ワークから見ると・・・の話に入ります。  魂が肉体を持って生きているこの人間界では、各人に人間界用の時空フィールドがあると仮定しました。この固有時空フィールドの発生源はどこにあるのかと言うと、私はその個人の魂がフィールドエネルギーの源だと考えています。魂は光だから、光のエネルギーが物理法則的に心と肉体と時空間に変換されているのです。肉体と心を持って時間の流れる三次元の空間を生きているのが人間なのです。深く良好な瞑想状態では、肉体も時空間も認識されなくなって自我の意識だけが残る一瞬がありますが、この時、心が開いて自我の意識が魂に触れることが出来るのです。そう、つまり瞑想状態は肉体と時空間を仮想的に消し去ることで、光となった魂に戻ることなのです。瞑想とは人間が意図的に自己の時空フィールドを降ろす作法なのです。物理法則的に目に見える形でこれをやれば、例え一人の肉体を消すだけでも数十キロの肉体が完全にエネルギーに変換されてしまうわけですから、とんでもない巨大なエネルギーを人間界が受け止めなくてはならなくなります。これは水爆どころの話ではありません。  瞑想とはこれを仮想的に想念の中で行なうワークなのです。肉体と時空間を消去して生じたエネルギーは、そのまま心を通じて魂に還元されているのです。もともと魂は光の世界だから、これしきのエネルギーの変動は小さな魂のエネルギーが起こしたさざ波程度のものであって、魂の世界に何ら影響は起きないのでしょう。そして瞑想とは固有時空フィールドを日々、再構築する作業にほかならないのですから、固有時空フィールドは絶えず再生されて強固で美しくなっていきますし、自我が自己の中心にしっかりと足を降ろした状態を作り上げていくのです。  さて、魂は時間も空間もないところにいたわけですし、人間界用時空フィールドの外には過去と未来が今と同時に混沌として渦巻いているわけですから、人間が時間を一本線に見立てて空間を固定するためには、この人間界用時空フィールドに僅かな裂け目があってもならないのです。例え小さな裂け目でも時空フィールドの外の魂の光の世界の方がはるかに巨大なエネルギーフィールドなのですから、どろどろに溶けた時空間が流れ込んでくることになります。  人間界の時空間を守っている時空フィールドは、個々の人間のフィールドの総和でもありますから、黙示録のラッパが鳴り響いたりしないかぎり、とても強固で破れることはないと思います。しかし個人の時空フィールドには時々、不良品があるようです。そう、つまり精神分裂病とはこの人間用時空フィールドに穴が開いている状態だと考えられるのです。分裂病の発生頻度は人口千人当り約八人と言われていますから、時空フィールドの不良品発生率は最大コンマ8%になります。全知全能の神様が不良品を作るはずがない、と考えると、ここに面白い推論が出来ます。  神様は光の中で魂に無制限の自由を与えてくれていますが、肉体を持った人間にもある程度の自由を与えてくれています。人生計画は一本道ではなく、大小無数の選択枝が用意されていること、そして人生を歩んでいく上でどの選択枝を選んでも構わないことは今までにも触れられてきました。その人生の計画は自分が立てることが多いようですが、いくら自由に計画させてくれると言っても、まさか魔女のようにホウキにまたがって空を飛んだり、肉体を光に変換してテレポーテーションteleportationしたりは許してくれそうにもないようです。肉体を持って生きていくというのは結構自由のないものなのです。

2014年7月5日土曜日

おはようさん 2014.7.4.

昨日の午後は藤本漢祥院で蓮風先生から鍼をしていただく日でした。 先週の歯痛は厲兌(ST45)の刺絡で見事に消えてなくなって、今週は・・・数日前からちょっと身体がかゆいかな・・・マイ・トピックスでした。 蓮風先生の鍼はいつもの督脈:筋縮(GV8)へ。 そして、うなじを触って「ものすごい爇や! ほら、触ってみぃ!」とお弟子さんの手を持って来られて・・・う~ん、今週は心理面でかなりストレスがあったからなぁ。それも熱邪タイプのストレスやったしぃ。。。 「こういうのが危ないんやっ!」って蓮風先生がおっしゃいましたが、これも自覚しております。 はい、放っておいたら脳卒中でサヨウナラ だったと思います。 未病を治すのが上医。 ありがたいことですねぇ。 ということで、いつもの倍以上、瘂門(GV15)へプチ刺絡を・・・さすがに「痛いか?」と尋ねられて「痛いです」とは言えませんよねぇ。。。まっ 痛いのは一瞬やし、多分、私は患者さんへの同じ瘂門刺絡をもっと深く刺しているので、これも ♪ 懺悔 懺悔 六根清浄 ♪ でございます(^_^;) そして昨夜は、いつものようにヘロヘロへろりんで熟睡してしまいました。 今日の夕診で。 精神科通院中の患者さんが電車を乗り継いで「肩こり」の鍼を所望されて初診されました。 口コミで「そんなに治らないんやったら、よう診てくれるところがあるから行ってみぃ」と紹介されたそうです。 顔貌は明らかに精神科疾患顔でしたが、今の私は動じませんよ。 舌診・脈診・背候診・腹診をして・・・やっぱり肝鬱気滞心衝(腎虚なし)が酷くて実の熱邪が全身を犯していました。 霊台(GV10)に圧痛があり、そこへ鍼1本! そして・・・ 瘂門(GV15)への刺絡! 予想通り、かなりの交感神経緊張状態で、すぐには血は出ず、ワンクッションおいてから黒い血が流れ出してきました。 そして、もうひとり。 漢方医で胃痛を治してもらっていたけど、その先生がいなくなって云々の方でした。 この方もやっぱり口コミで「漢方でよく診てくれる」と紹介いただいたそうです。 明らかな腎虚顔。舌も脈も湿痰脾虚。腹診も酷い腎虚+肝鬱気滞が梅雨の湿痰に犯されていて、陽明胃経がボロボロに(特に滑肉門~大巨)。これが何とも言えない不快感の胃痛の原因ですね。 背候診でも胃兪(BL21):右実 左虚で、右膈兪(BL17)・心兪(BL15)もやや実。 この方には腎兪(BL23)周囲へのお椀灸で補法して、左胃兪へ鍼1本! 漢方薬は啓脾湯:朮・茯苓各4.0;人参・蓮肉・山薬各3.0;山査子・陳皮・沢瀉各2.0;甘草1.0 を梅雨明けまで飲んでいただくことにしました。 おっかぶさってきている梅雨の脾虚を祓わないとね。さて、効果の程や如何に・・・ この方、左の陽明胃経の不容(ST19)・気戸(ST13)・人迎(ST9)にも圧痛があったので、乳癌検診を受けることもお薦めしました。例の乳癌の患者さんも、この陽明胃経の胸部ラインに打鍼痛がありますので、乳癌要注意!だと思いまして(エビデンスはありません(;^^)ヘ.. うれしかったのは、どちらも「口コミ」で初診されたことです。 それも「(漢方的に)よく診てくれる」ってネ。 北辰会の体表観察のおかげです。感謝&感謝。 東洋医学の診察は、身体を触れば触るほど、いろいろな情報をGETできます。 身体、特に「皮膚は第三の脳」とも言われているくらい、さまざまな病状を教えてくれます。 触らないで何がわかる! って見得を切りたいくらいです。 中医学の脈診だって、アーユルヴェーダの脈診に比べれば、その情報量は1/5以下です。 その中医学には腹診は・・・ない・・・。 漢方診に鍼灸の体表観察を加えて、本当に診断力がアップしたと思います。 何倍やろう・・・3倍以上はアップですね。 「口コミ」初診 大歓迎です(*⌒▽⌒*) 今日はとっても忙しかったのですが、そんな疲れも吹き飛んじゃう、うれしい外来でした。 前世物語  ここまでで過去生ワークから見た時空間が少しわかっていただけたでしょうか? では、ちょっと基本的な部分をまとめてみましょう。  まず人間の目で見ている限り、時間は過去から未来へと続く一本の線に見えますが、魂の世界では時間はありません。人間界を離れて見ると過去も未来も今に収束しているように見えます。魂の本質は光であり、物理学的なエネルギーとしての光と同じものだと考えられます。そして光のエネルギーの中に時間と空間が包容されているのです。  それでは過去生退行からみた分裂病の解釈に入ります。ただし分裂病と言っても私は専門家ではありませんから、普通の医者の知識として幻覚妄想がある内因性精神病として考えてみます。そして特にここでは幻覚妄想にスポットを当ててみます。  先程述べてきたように、「時間は人間界で生きている間しか存在しない」と過去生ワークから推測されました。人間界というと人間だけ、と誤解されてしまって意地悪な人から、「植物や他の動物、それにもし宇宙人がいたら、それぞれ固有の時間を持つのか?」と詰問されそうですね。ここで言う人間界と言うのは、「私たちが光と呼んでいるエネルギーの速度、つまり光速が同じ系の世界すべて」と定義出来ます。光子フォトンで定義される世界であって、超光速粒子タキオンは認知しない世界なのです。 人間が炭素を核にして出来ている炭素ユニットと言えるように、物理学上、この世界は光速を核にして出来上がっています。地球上のすべての生物はこの光の物理法則に完全に支配されていますから、人間界の中に含めても構わないのです。そしてもし宇宙人が私たちの前に現れても、私たちに認識されるということは人間界の光の物理法則に支配される状態で現れるのですから、彼らもまた人間界に含まれているのです。もしも光速以外の何かを物理法則の核にした系からなる宇宙があっても、我々の宇宙と彼らの宇宙はお互いに認識し合えないし、ぶつかることもありえないのです。  さてここでは時空間から完全に自由である魂の立場に立って、時空を見直してみるとわかりやすいと思います。  この人間界で肉体を持って生きている間、どのようにして時間と空間を一定に維持しているのでしょうか?   過去から未来へと一本線のように見える時間と空間を作るために、肉体を持った人間は人間界用の時空フィールドに包まれている、と私は考えています。この時空フィールドは人間各々という個人のレベルから地球レベル、宇宙レベルにまで拡がっています。もちろん植物だって、例えば木々の一本一本のレベルから森のレベル、そして地球のレベルの時空フィールドがあるでしょうし、動物だって同じです。ただし地球レベルと個人レベルの違いがとても僅差のために、どの時空フィールドも同じように見えるのです。これは宇宙レベルで見ても、ほとんど差が生じないものです。なぜなら巨大なブラックホールや銀河同士の関係でわずかに時空間の歪みが観測される程度なのですから。ただしここまでは物理学的に見れば、の話です。

2014年7月3日木曜日

おはようさん 2014.7.3.

7月に入ると、祇園囃子が聞こえてきますね(こころの耳に・・・) 今年の山一番は、前祭(17日)が占出山さん! ここの鮎餅は縁起物で、毎年、いただいています。 占出山とは・・・ 占出山の山一番は20年ぶり。神功皇后が九州の玉島川でアユを釣って戦勝を占った故事にならう山で、ご神体は安産の守護神として知られる。順番が早い年にはお産がより軽くなるとの言い伝えがあります。 安産のお守りも腹帯も売ってますよ。 中はゆったりしていて、観光客さんもちょっと少なめ・・・私の好きな山のひとつです。 毎年、山一番さんの粽をいただいていますので、今年もGETしなくちゃね(今年は宵々山~宵山が平日なので、どうしたらいいのか? ただいま考え中でございます) 後祭(24日)の山一番は、八幡山さん! あの鳩の山さんです。 八幡山とは・・・八幡山は、町内にまつられている八幡宮にちなむ。祭神の応神天皇の像は運慶の作で、山を飾る鳥居の上に乗る鳩はとの彫刻は江戸期の名工・左甚五郎作と伝わる。 ここの鳩笛はかわいいですよ。紋所も鳩ですから、写真スポットでもあります。 ちなみに私の祇園祭宵山 お薦めGOODSは・・・ 前祭:郭巨山さん=金運小判の粽  保昌山さん=ラブラブ祈願の粽  木賊山さん=うさぎ柄の暖簾 霰天神山さん=火乃要慎(災難避け)のお守り・京童のお囃子唄CD  占出山さん=安産=夢の現実化のお守り&鮎餅 後祭:橋弁慶山さん=能「橋弁慶」やぁ!  鯉山さん=立身出世・登竜門のお守り  黒主山さん=名物おじさんの解説は必見!&黒いおたべ&黒主山浴衣もCOOLです。 役行者山さん=宵山のお昼過ぎに行者さんの護摩炊きがあります。この護摩炊きの杉をもらってかえると無病息災に! 宵山の夜は鐘の音が町中に響いて、ほんま、お祭りやぁ に浸れます。そぞろ歩きしていると、おっ!となイベントに巡り会ったりして、何年通っても新たな発見があります(もちろんガイドブックには載ってませんよ) そして宵山~祇園祭の間は、きれいな浴衣姿の京童たち、京娘さんたちにカメラを向けると、にっこり微笑んでくれます=写真OK!なのです。 だれもが土門拳になれる宵山です(*⌒▽⌒*) 山鉾巡行は一度だけ、有料観覧席で見たことがあります。雨も嫌だけど、晴れるとものすご~~~く暑いです。もう写真どころじゃぁなかったぁ(^_^;) 今年は梅雨明けしてるかな? P.S. 詩仙の君と・・・また出会えますように 前世物語  それは魂が人間界で一生懸命、その人間を演じてきたからなのです。まさしく役柄に没頭してきたのです。だから死後、その人間の役柄も引きずって来てしまって、すぐには純粋な魂に戻れないのです。阪神ファンが試合後、帰りの電車の中でも六甲おろしを大合唱しているのと似ていますね。  人間時代の知識を手放しきれない死後の魂は、時間を創ったり、地獄や天国といった空間を創ったりすることが自由に出来ます。だから人間時代の宗教感などはとても反映されやすいのです。死んだらお花畑の天国に行く、と信じて死ねば、気がついたらちゃんとお花畑の天国にいるのです。もちろん自分の身体もホログラフィーで創ってあります。これは本当に天国でしょうね、だってフッと思っただけでそれが目の前に現れる世界なのですから。人間界であまりに辛いこと、悲しいこと、苦しいことなどを体験してきた魂は、こういった天国でしばしの休息を取るのかもしれません。これがまだ死んでいない人間だったら、ずっとそんな天国にいたいでしょうが、残念ながら死後は魂の本分がすでに目覚めていますから、魂にはこの天国がホログラフィーに過ぎないということがすぐにわかってしまいます。そして自ら光へと帰って行くのです。  ですからここでもネガティブな人は損ですよ。「死んだら地獄に落ちる」なんて信じていると、その通りの地獄のホログラフィーを創ってしまいますからね。「地獄に落ちたら永久に地獄の責め苦に苛さいなまれる」なんて絶対に信じない方がいいでしょうね。誰かがホログラフィーのスイッチを切ってくれるまで「永久」に地獄巡りをし続けてしまいますからね。  これらの例え話から気づかれたでしょうが、その時代の人間の知識の範囲内において自分でホログラフィーを創りますから、その知識以上の天国は創れないのです。つまり平安時代の人に例えれば、天国とはかぐや姫の月の御殿が精一杯の創造物であって、平安時代の日本の名もない庶民が死んだ時、イエス様が両手を拡げて笑顔で迎えてくださった、ということはあり得ないはずなのです。だって平安時代の庶民にキリスト教は入っていなかったですからね。平安時代だったらお出迎えは八百万の神様か仏様、というところでしょう。  さて、ちょっとわき道に外れますけど、この過去生での死後から光の中へ戻るまでのところ、いわゆるバルドーにも、神様や仏様、マスター、仙人等々が現れることがあるのです。こういった方々が果たして本物の高次の存在なのか、それとも高次の存在モドキなのか、過去生のガイドはしっかりと見極めないといけません。患者さんの心はこの段階ステップではまったくの無防備ですからね。ガイドが自分一人でしっかりと守ってあげないといけないのです。もちろん神様が本物のこともあります。親切にも出迎えに来てくれた存在です。でも、時には人間時代の感情的にネガティブなエネルギーの化身みたいなのもいるから注意が必要です。そういうのは少し対話していると直にボロを出してくれますからわかりますが、もし過去生のガイドがそれに気づいていないと、思いっきりネガティブなメッセージをドーンと患者さんの心の奥底に入れられてしまいます。過去生のネガティブなエネルギーに洗脳されちゃうことになるのです。これはヤバイですよ。死後に残ったネガティブなエネルギーだからつかみどころがないのです。心に入れられてしまうともう消去しきれません。将来、皆さんがワークをするようになったら、この点は十分に気をつけておいて欲しいと思います。

おはようさん 2014.7.2.

今日は久しぶりにゆったりした外来でした。 いつもの診察して、鍼をして、診察をして、鍼をして、また診察をして・・・あっという間にお昼過ぎ・・・も充実していて楽しいのですが、今日はひとりひとりの馴染みの患者さんたちと世間話をしながら、体調のこと、家族のこと、いろいろなことをうかがうのも、理想の診療所みたいでうれしく思いました。 医学生の頃、どんな医者になりたいか? と尋ねられると、「田舎(無医村も可)の何でも診られる診療所」と答えていました。 だから、医学部時代の全科のカリキュラムを手抜きなくしっかりお勉強しました。産婦人科なんか学年トップでしたからねぇ。 そのお陰もあり、また、医者になってからの不思議な導きもあって、今では何でも診られる「よろず診療所」になっています。 後は、田舎に引っ越しすれば、若かりし頃の夢が現実化するわけですね。 まぁ、神さまも着々と準備を整えつつ、運命を導いてくれているのを最近はひしひしと感じています。 刺絡を始めてから、心療内科の新患さんの定着率がとてもアップしています。 以前なら、普通の精神科や心療内科のようにお薬を出すだけでした。 漢方薬も処方するところが他の精神科や心療内科と違うところ・・・でした。 1年前から鍼も取り入れていましたが、心療内科の新患さんは、ものすがく酷い肝鬱気滞や肝火上炎心衝などで「どうしようもないから」受診さらた方々ばかりですので、週1の鍼ではなかなか効きませんでした。 瘂門や百会の刺絡を始めて・・・最初の1回目で、かなり良好な自覚症状の改善が得られます。 患者さんにとっては「これで治るかもしれない」という明るい期待が持てます。 実際、かなりの清熱解欝効果を体表観察を通じて認めることができます。 何より、抗うつ剤や向精神薬、睡眠薬を最初から少ない目に(時には薬なしで!)治療に入ることができます。 以前は2,3回の受診後、「あなたは精神科の専門医に診てもらった方がいいですよ」と紹介転医するケースも多かったのですが、最近は本物の精神科疾患以外はみなさん、うちで治療を続けることが出来ています。 これからの課題としては、手と足の井穴刺絡をどのように外来に取り入れていけばよいのか? ですが、何とかなりそうな具体案も見えてきています。 以前から診ている多動症の4歳児に、今日、始めて百会刺絡をしました。 これまでは夢分流打鍼と瀉法の古代鍼で対処していましたが、なかなか芳しい効果を得られませんでした。 百会に1点刺絡すると・・・不思議なくらいジッとしてました。泣きも暴れもしません。 予想通り、黒色の血がとてもゆっくりと出てきました。 かなり酷い血瘀の証=交感神経過緊張状態です。 この子は朝から晩まで、まるでアラレちゃんのように走り回っています。明らかな酷い交感神経過緊張の症状です。 百会の刺絡が効かないわけはない! 予想外に刺絡の最中、大人しかったのは、きっと気持ちも頭の中も楽だったのでしょう。 「会う人、みんな 神さま」by 中谷彰宏 ですが、 「患者さんは みんな 神さまのメッセンジャー」だと日々の診療を通じて、こころから思っています。 さぁ、明日はどんなメッセージが降りてくるかしら。。。 前世物語  おっと万年筆のインクが一滴、サンフランシスコに落ちちゃいました。あわてて地図を拡げてみると日本にもインクの染みが・・・ありますよね。さてさて、このインクがB星の爆発だとしたら・・・五万光年は何処へ行ったのでしょうね? 答えは簡単でしょう? それは私たちが今、地図の上にいないからなのです。こうやって地図を上から見ているからなのですよね。これが人間界の外にいる、ということなのです。  では今度は地図をどんどん折りたたんでいきましょう。物理学的にどんどん小さく折りたたみ続けていきます。機械を使って圧縮すれば世界地図はクシャクシャになって梅干しの種くらいになってしまうでしょうね。するともう裏も表もわからなくなります。でもその種には世界のすべての距離が詰まっているのです。距離は時間でしたね。つまりすべての時間が詰まっているのです。太陽との距離も、土星との距離も、アンドロメダとの距離も、イスカンダルまでの距離も、そして宇宙の果てまでの距離も、みんな種の中に詰まってしまったのです。  ではもっともっと小さく圧縮していきましょう。すると最後に目で見えるのは・・・光になった世界地図です。光の中にすべての時間が溶け込んでしまったのです。そしてそれはもう時間ではなくて、ある種のエネルギーなのです。  過去生退行では時間のない世界に入り込んでいます。そこはある意味で光の世界なのです。先程の例えのように、その光の世界では時間は普遍的宇宙法則に則のっとって、ある種のエネルギーに変換されています。だから何時でも時間を概念として取り出せますが、普段は時間は見えなくなっているのです。死後の世界、つまりは光の世界では時間から開放されているのです。  症例によっては過去生での死後、まわりが薄明るかったり、すぐ近くに眩しい光がある場合がありますが、そういう人はかなり心が開けていて本来の魂に戻るのが早いのです。一般的に死後は薄暗いか真っ暗なところに肉体を失った意識が浮いています。ほとんどの魂はすぐに光の中へ戻って行きますが、この死の直後の暗いところから次第に光となっていく過程は、肉体を持って生きてきた魂が人間界を生き抜くために身につけてきたクセを洗い流す過程でもあるのです。チベットで言うところのバルドーに当たります。そう、つまり死の直後から光の中へ戻るまでの間には、まだ時間が観念的に残っているのです。正確に言うと、魂が時間や空間を光のエネルギーから呼び起こすことが出来る時期なのです。では魂はなぜそんなことをするのでしょうか? 

2014年7月2日水曜日

おはようさん 2014.7.1.

今日から7月・・・ 今日はこの国が平和をやめた日になりました。 第一次世界大戦がどのようにして始まったのか、ご存じですか? いつも適当に終わりを見るはずだった・・・ケンカがあれよあれよという間に(不可抗力&想定外が続いて)凄惨たる大戦争になってしまったのです。 そう、今に例えるなら、いつもの戦闘機のスクランブルごっこだったはずが、想定外の不可抗力で接触墜落して・・・ 互いに「悪いのはあっちだ!」「戦争行為だ!!」「やっちまえ!!」で民間人に犠牲者が出て・・・ マスコミが偏見報道で民衆を煽り立てれば、はい!戦争です。 戦争を起こすのは簡単です。とっても簡単。だからこそ、戦争はしない!と宣言することがとっても大切だったのです。 私は「戦争を知らない子供たち」の世代です。 私の親たちは「戦争を生き抜いた子供」の世代でした。 今の若者は・・・平和を知らない子供たち なのでしょうか。 日本人は水のありがたさを知らない、と言われます。 北京の人たちは空気のありがたさを知ってるけど、地球人のほとんどは空気のありがたさを知りません。 平和が空気や水のように当たり前にあるものだと・・・平和のありがたさを知らない人たちがなぜにこんなにこの国に増えたのでしょうか。 ナチスがワイマール憲法を葬り去ったのと同じ光景をまさかこの目で見るとは思ってもいませんでした。 ただ、2011年をピークとして人の光の強さも、この世界の光の輝きもどんどん縮退し、時代の退行が加速していることを感じとっていたので、いつかはこういう日が来るだろう、と覚悟していたのも事実です。 今日、往診の最中に突然、バイクが故障しました。 また、あの原発爆発の日に感じた魂のしんどさを思い出しました。 こういう日は、パラレルワールドが、まるでファスナーを開けるように、ふたつに分かれていってしまう時空間変動が起こっています。 今度はどっちの世界へ乗っかったのだろう? またしても退行縮退し続けている闇の世界の方かしら・・・もう、嫌や!なんやけどなぁ。 もしかしたら光の世界へ繋がってる方かしら・・・だったら、いいなぁ。 家に帰って、ベランダ菜園の水やりをしていたら、バラ「PEACE」が一輪、美しく咲いてくれていました。昨日までは全然、(蕾さえ)気づかなかったのに。。。 きっとこれは「PEACE」になるよ、大丈夫だよ、という天啓だと思います。そう信じたい。 日本が平和をやめた日。 とっても重い日になりました。 前世物語  それでは過去生退行から見た時間とは一体どのようなものなのでしょうか?  それはすべての過去生も未来生も今この時に同時に起こっている、という概念になります。ただし、人間界から二つの目だけで見ている限りは、時間は永久に一本線に流れているようにしか見えないのです。でもいはゆる第三の目が働き始めると、心が開いて魂を感じられるようになるのです。そしてすべての時間が今に収束しているようにも感じられてくるのです。私たちの人間界から見ている限り、時間は波動と素粒子の性格を持っている光のように、一筋に流れているような、そしてひとつの集合体のような相反する性質が内在しているように見えるのです。  なぜすべての過去と未来は今、起こっていると言えるのでしょうか?  それは過去生退行ワークにヒントがあるのです。ワークでは、過去生へ導いて過去生を体験していき最後に過去生での死を迎えます。そして過去生で死んだ途端、もはや魂には時間の感覚が全くなくなっているのです。しかもこの過去生での死を通り抜けると、どんな過去生、未来生でも見ることが出来るようになります。つまり死によって既存の時間軸から開放されてしまうのです。これは多くの過去生に関しての報告からでも明らかだと思います。「死後は時間の観念がない」と言うよりは、「時間は人間界で生きている間しか存在しない」と言うことになるのです。  しかし、ここで人間界という概念について誤解が生じてきます。例えば地球から五万光年離れたB星が人間時間の今年、超新星爆発したのが望遠鏡で観測されたとしてみましょう。科学者にとってはB星の爆発が起こったのは約五万年前の話です。光が超新星爆発の情報を地球まで運んで来てくれるのに光速で五万年かかるからです。さて人間は五万年前にはサルだった? から時間は人間の生まれる前からあって人間だけに当てはまるものではなく、宇宙全体を司る自然法則だ、と思われています。ここで言う人間界とは人間が存在する世界という意味ではありません。人間の思考で想像し得た最大限の世界という、もっと広大な意味なのです。人間が本当にサルだった頃は光速さえ人間界に組み込まれていませんでした。今でも例えば最新物理学では重力子のベールが剥がされようとしていますが、まだ人間は重力を全然コントロール出来ていませんから、重力は人間界の外にあると言えるのです。ましてや時間と空間の概念となると、もうこれはSFの分野にしかならないですよね。  先程のB星の爆発に関して言えば、確かに人間界の中で観測している限り、地球とB星の間には五万年の時間が横たわっています。時間が距離になっているのです。これをもっとわかりやすく例えると、おなじみの世界地図を思い浮かべてみて下さい。日本が地球でサンフランシスコがB星だとしてみましょう。時間は距離だから日本とサンフランシスコ間は五万光年になります。さて地図のいいところは折りたためることです、バイクのツーリングの時なんか重宝しますよ。さて今、日本とサンフランシスコが裏表になるように折ってみましょう。そしてサンフランシスコ側を上にしておきます。裏は日本ですよね。

2014年7月1日火曜日

おはようさん 2014.6.30.

日曜は、京都国立近代美術館で開催されている「上村松篁展」を堪能してきました。 松篁さんの花鳥美と松園さんの艶めかしい美人画に昼間っから泥酔してきました。 私は絵とお話するのが大好きです。 お話がはずむ絵が大好き! 美術館を訪れた皆さんはなぜか手すりに寄りかかるほどに絵に近づいて左から右へと流れていきはるけど・・・あれじゃぁ絵とお話はできませんよね。 絵のサイズに合わせて、数メートル離れて・・・写真のファインダーの如くに我が視野いっぱいに絵を入れて・・・目で見るのではなく、こころで見る。 そう、ちょっと半開眼な瞑想の目でネ。 怪しげでしょう・・・でもきっとすごい氣が絵に向かって出てるのでしょう。絵との対話に邪魔な位置に入っていた人たちがそそくさと頭を下げて退いてくれますから。 だから、ひとつの展覧会を見るのに、普通の人たちの倍以上の時間がかかります。 おひとりさまでよかったぁ(負け惜しみじゃなくって、美術館に来る度に心底思います) 「絵とお話をする」っていうのは、中学の時の美術の先生が教えてくれました。 おかげさまで、どんな絵でも楽しめるようになりました。 人生、得しちゃったなぁ。 それにしても、松園さんの美人画 いいですねぇ。 やっと美人画の良さがわかる歳になったってことかしらむ。。。 (そんなステキな女性なんて、この世にはいないよって諦めたってこと・・・かも) 日曜の夕方、恒例の梅干し作りをしました。 今年で10年目かな? お昼の玄米弁当に1個 マイ梅干しを入れています。 生協で熟した南高梅を6kg買って、マニュアル通りに漬け込みます。 今まで失敗歴なし。 秘訣は・・・塩分濃い目。 プロじゃないんだから、塩分濃い目にしないと失敗しちゃいますよ(←10年やってるので強気(;^^)ヘ..) もちろん入れ物も蓋も漬け物石も熱湯消毒&焼酎消毒します。 年に一度、お酒コーナーで焼酎(それも25度!)を買う私を見かけても・・・飲んべえだと誤解しないでネ。 梅のヘタを取って、ペーパーナプキンで水気を拭き取って・・・今年は231個ありました(*^^)v 後は容器に塩まいて梅を入れて、また塩をまいて・・・の繰り返し。 最後に蓋を置いて、漬け物石を乗っけて、神 ちゃう 紙で被って、風通しの良いところに置いて準備完了です。 今日、「日曜日に梅干しを漬けた」話をすると、みなさん、びっくりされます。 なぜかしらねぇ そんなに手間じゃぁないのに。 ただ・・・彼氏が梅干しを漬けると、彼女さんたちはとっても焦るようです(これまでの痛い経験で(^_^;) なぜなのかなぁ? ナカタニアンの宿命なのかしら? 松園さんの描く女性なら、梅干しなんて、あったりまえだのクラッカーなはずやけど・・・ 松園さんの美人さんと台所で梅干し談義をしながらヘタを取って、水気を拭き取って・・・そんな煩悩を楽しんじゃってるから、今世はこのままずっと坊主のままで・・・終わってしまいそうです。 まっ それも善し。あと何年、梅干しを漬けられるのかなぁ。。。 P.S. これからは、君のお弁当にも僕の梅干しを入れさせてね。 (←ナカタニアンやぁ) 前世物語   過去生と精神分裂病の関係について    (アンドリゲスの症例を提示する)  さて、この過去生はレポートにして読み返してみるとアンドリゲスの人生がはっきりとわかりましたが、私自身もワークの最中は何が何だか混乱してしまいました。この混乱の原因は、アンドリゲスの過去生が出てきたからなのです。  もう一度、レポートを読み返してみると、十九世紀のアンドリゲスの時、十三世紀の戦いで悔いを残して死んだ過去生を思い出してしまったのです。その時、アンドリゲスは二十五才、過去生の人物は三十才でした。そして、それは悪夢として何度もアンドリゲスを襲いました。次第に彼は十三世紀の戦いで死んだ自分と十九世紀の今の自分の区別がつかなくなってしまったのです。アンドリゲスは幻覚と妄想に苦しんだのです。これについて、これから詳しく解説していきましょう。  これは今で言うところの精神分裂病の幻覚と妄想だったのではないか、と思われます。特に同一性意識障害の交代人格の症状が強かったようです。  つい最近まで、精神科の先生方は過去生という概念が存在することすら知らなかったのですから仕方ありませんが、そしてまだ先生方が過去生を受け入れるか否かの問題が残っているとしても、ともかく今までは幻覚と妄想のすべてが異常な精神症状だと決めつけられてきました。しかし、この症例は過去生が幻覚と妄想の原因になることを示してくれました。もちろん幻覚と妄想のすべてが過去生から来ているわけではありません。多分、ほんの一握りの幻覚と妄想が過去生由来のものなのでしょう。ですから過去生と分裂病の関係の解明が精神科の教科書を塗り替える、などと言うことは決してありません。もっともその方がこのまま自由に過去生ワークを続けさせてもらえますから、ありがたいですけど。  さて今日は、過去生から見た分裂病の原因について話を進めてみましょう。  その前にまず、時間についての概念から話さなければいけません。前から時々述べているように、時間は過去から今を経て未来へと一本線に続いて流れて行っているわけではなさそうなのです。これは最近の物理学でも同じようなことを言っているように私には思えます。時間に関しての理解は物理学者の方がお得意の分野になっていて、古くはアインシュタインが相対性理論で時間が固定したものではないことを明らかにしていますし、時間はビッグバーンの後に生まれたものだということもわかってきました。  もちろん私には難しい量子力学などはわかりませんが、この過去生ワークを通して多くの症例に直接触れていると、私なりの時空理論が育まれてきました。確かに症例のほとんどは普通の時間論、つまり過去から未来への一本線で説明がつきますが、時々、奇妙な時間と空間の歪みを伴った症例に出くわすことがあります。今の科学では過去生退行は唯物論的に解釈され否定されていますが、仮に過去生があるとして、もっと仮にすべての過去生の症例は宇宙の物理的法則に則った時空間的関係を呈している、簡単に言えば、どの症例の過去生も時空間的関係上で嘘はない、と仮定すると、奇妙な立ち振る舞いを見せる過去生たちをまとめる美しい法則が新たに必要になってきます。とどのつまり、今までの時間軸一本線では説明がトンとつかないということなのです。物理学で言えば、ゲージ理論だとか重力子グラビトンみたいなアッと驚く新概念です。私はここで物理学者さんたちに心からの感謝と尊敬の念を示したいと思います。彼らは新しい理論や概念を打ち立ててから、何十年かけて実証していくのです。私にとって、これはなんだかとても心強いのです。例え机上の空論であっても真実だと思うものに向かって頑張ろう、という気になるのです。それに何ですか? 素粒子にアロマだとかカラーだとか名づけちゃって。本当に学問が楽しくて仕方ない! という感じがします。意外と最新物理学が唯物論を内側から崩してしまうかもしれませんね。さて物理の話はここまでにして・・・。