2011年5月31日火曜日

おはようさん 2011.5.31.

先日、京都国際会議場で開催された抗加齢医学会総会へ参加してきました。
裏千家千玄室大宗匠の「茶道と長寿」のご講演を堪能してきました。
宗匠は88歳。
「一碗からpeaceful」 茶道から世界平和へ。
和敬清寂が人間の生きる根源の大切な言葉。
なんとか平和ボケ、国際的に孤立してる日本人を奮い立たせたい、日本に大きな和の力を!という熱い言葉で始まりました。
戦中海軍飛行科に学徒動員され特攻要員となり、昭和20年5月26日出撃寸前に外された。
後日、隊長になぜ自分は?と問いただすと「天命だ」と言われたこと。
そして、終戦後、アメリカ兵が実家の茶室へ押しかけてきた時、宗匠の父は兵士たちを茶室に招き入れ、正座させ、一服のお茶に感謝させている姿を見て、お茶のために命を捨てる、と決意したこと。
以来今日まで、私がこうして生かさせていただいている、ありがたいな、どんな天気でも庭に出て太陽に感謝してる。寝る前にも、今日一日生かさせていただいて感謝してることを、その時その場と深く繋がりながら話されました。
木食草衣月に似る。一生は無念また無害。もし人居いずれのところにあるかとと問えば、青山緑水是我家。
この地球に住まわせていただいているこころをみんな、忘れているのではないか?
小さなお茶碗は丸いでしょう。
その丸の中に緑のお茶が入っている。
この小さなお茶碗を地球と思って欲しい。
そしてお茶を自然環境と思って欲しい。
お茶碗の中に全宇宙が入っているでしょう。
どんな人同士でもお互いに譲り合い勧め合うこころが繋がって和をなしていくんですよ。
みやぎまりこさんの重症身障者施設にお茶室を作った。
動かない手を何とか動かそうとしながら、お茶を点ててくれた。
顎に袱紗をはさんで道具を清めてる。
普段動かない身体だけど、這いつくばりながら、一歩一歩お茶を運んでくれる。
「この人は普段、手が全く動かないのに、お茶の時だけはこうして動くんですよ」
目の見えない人がお茶を点ててくれた。
そのお茶碗に点字があるのに気づいた。
窯元さんが特別に前と後ろがわかるようなお茶碗を焼いてくれた。
ひとつひとつの所作には意味がある。
所作を覚えること、間違えないことに気を取られてしまって、お茶は堅苦しい、難しいとなってしまっていませんか?
障害者の皆さんは、不自由な手足で、見えない目で、何とか目の前の所作をやろうとする。だから、その所作の意味がわかってくる。それは利休の侘びであり、茶道の美です。
今、全国の身障者の人たちの間でお茶が流行っている。
日本は礼に始まり礼に終わる。
お茶碗を回す、それは謙虚な気持ち。
半歩でも一歩でも下がるこころ。
相手をいたわるこころ。
相手に譲るこころ。
障害があるからこそ、謙虚になれたからこそ、日本人の和の創造が障害のある人たちの中から始まったんだ。
お茶はどんな人でも平等。
丸腰でにじり口から入る。みんな低頭してみんな平等、敵味方なし。
和敬清寂。
和はPeace & Harmony。
敬いあって人の話を聞く。
自分のこころの中を絶えず浄化して、ほがらかに前を向いて進んでいこう。
「茶道と長寿」年を取っても、いつも自分の足下を見る。
自分のこころの中をいつも見つめなさい。
自己認識を正しくしましょう。
和敬清寂。
寂は喫茶去。
まぁ座ってお茶でもどうぞのこころ。
和敬清寂で世界に真の平和をもたらしましょう。

京都 抗加齢医学会総会。今回のテーマは「アンチエイジングの心の目を拓く」。
結局、こころの目を拓いてくれたのは玄室師匠だけだったような気がします。
ただ壇上の坪ちゃん(坪田教授)の眼差しの奥に、エビデンスからフィロソフィに向いている光が感じられたのが唯一これからへの希望でした。

宗匠のお話は、和・輪・笑と同じベクトルです。
こうやって光の道を説いてくださっている方にお会いできると、台風一過でもモヤモヤ&ウツウツに包まれたままの日本に、日本人に、希望と光が残されているように感じます。
だれもが光の子。
お茶に湯を注ぐように、日本人に熱い想いを、清らかな夢を注いで茶筅でかきまわせば、
美しい光の世界が真ん丸なこの星に生まれるんだ、と心強く実感できました。

2011年5月27日金曜日

おはようさん 2011.5.27.

大阪も梅雨入りしました。
朝晩ちょっと冷える感じなのは、まだ大陸の雨風側に居るから。
太平洋高気圧がどんどん元気になってくると、南の雨風が押し寄せてきて、いよいよ蒸し暑い夏本番!ですね。
路地の夏野菜さんたちもぐんぐん育っています。
人間にとっては鬱陶しくて、かい怠い季節ですが、植物にとっては恵みのありがたい季節です。
地軸のちょっとした傾きがもたらしてくれる四季の美しさ、そして多種多様な歓声を感じながら、
人間だって多種多様でいいじゃない?
ジメジメな湿の人も、燃え上がる熱の人も、実りをみんなに分け与えてくれる和な人も、凍えながら思索にふける寒な人も、恋してる愛の人も、
みんながいるから天地自然の仲間入りができるんだよ、きっと。
なぜそんな性格になったのか? 
心理分析しても前世療法してもインナーチャイルドを探ってみても、結局、絶対!な答えは得られません。
ヒマワリになりたい!と思っていたのに桜だった・・・とか、
犬になりたい!と思ったのにネコだった・・・とか、
天地自然に生まれてきたら、みんな、その生を思いっきり生きています。
日当たりが悪いとか、水が足りないとか、文句言ってるかもしれないけど、精一杯生きてます。
そして、前へ前へ、上へ上へと伸びようとしています。

この人間社会も同じように見えてきます。
さまざまな性格、生まれながらの環境、降りかかってくるアクシデントや幸運・・・
ひとりひとりの人にフォーカスしていると、人生とは? 生きがいとは? と言いたくなりますが、
人間社会を俯瞰して見れば、天地自然そのものです。

天地自然は四季を巡りながら、より美しく、より豊かに向かっているように感じます。
進化とは美であり和を極めることです。
この青い星は、もっと美しく、もっと豊かになりたがっているから、
人間にすべてを託しているように思えます。
紆余曲折は仕方なし。
いつか人間ひとりひとりが自分もみんなも「そんなもんやで」と認め、
「それでもええんちゃう」と許し、
「ええとこ、あるやんか」と愛し、
「なかなかええやろう、自慢したろ」と信じれば、笑顔の花が咲きます。
みんな、笑顔になります。
ひとりひとりがあるがままの和の花を咲かせ、
ひとりひとりが輪となってこの星を包み込めば、
この星は笑の星になります。
人と天地自然も和の輪の笑でひとつに溶け合えます。

ジメジメ梅雨だから怠くてしんどくて当たり前。
気持ちも滅入って動けない。
だから・・・と思うと天地自然の仲間入りは出来ません。
だけど・・・楽しいこと、びっくりすること、うれしいことはないかな? と幼児のテンションでまわりを見渡せば、ありますよ。
ちっぽけで、つまんないことかもしれなけど、いっぱいありますよ。
そしてスピリチュアルな能力・・・例えばテレパシーだとかチャネリングだとか透視だとか・・・そんな能力も実はちっぽけで精妙な感性から始まります。

ジメジメ梅雨は自分を変えるチャンス!
だから・・・はダメ。
だけど・・・で頭もこころを絞りきれば、輪廻転生、因果応報で溜まり滞っていた悪しきクセを捨て去ることができます。
だけど・・・ だけど・・・ だけど・・・。
眩しい太陽を呼び出す呪文ですね。

2011年5月26日木曜日

おはようさん 2011.5.24.

わんこのお散歩の帰り道、近くの黄梅寺のわんこ君にごあいさつを、と寄り道したら、お庭の佐藤錦をちぎってくださいました。
初物のさくらんぼ。
甘酸っぱくてほんわか優しい味が梅雨空を晴らしてくれました。
旬のものは、身体もこころもニュートラルに戻してくれます。
昔からずっとずっと天地自然は、わたしたちを愛してくれているんですね。
わたしたちが天地自然を愛して感謝すれば、善き道が見えてきます。
原発事故以来、悲しいことに政府にも企業にも国民にも一片の愛も感謝もありません。
事態は悪化し続けて、挙げ句の果てには神さまのせいにまでしてしまいました。

人間が病気から治るのは、薬や手術のおかげではありません。
自然治癒力がなければ、どんな薬も手術も効きません。
メスを入れれば傷がふさがらず、薬を飲んでも胃腸も肝臓も吸収代謝せず、
じゃぁこれではどうだ!と薬を点滴すれば腎臓がダウン・・・
そもそも自然治癒力がないと、明日の生命さえおぼつきません。
内科医でも外科医でも、己を知り畏れを知る医者は祈ります。
できるだけの手当をして、後は時間に委ねます。自然治癒力に患者さんを託します。
人間は生きものであること、人間は生かされていることを知っているから、自分が治したのではなく、天地自然の法則に乗れたから治ってくれたと祈り、感謝します。
医者はみんな、天地自然に逆らう恐ろしさを若いときにこころに叩き込まれます。
その恐ろしさを祈りと感謝に昇華させられるかどうか・・・上医への道だと思います。

今、この国の舵取りをしている人たちに欠けているのは、そんな畏れではないでしょうか。
愛と感謝、そして祈り。どこにも誰にもありません。
保身、エゴ、我欲。
この国を、そして世界を恐怖と絶望の暗黒が飲み込もうとしています。

命惜しむな名をこそ惜しめ

命どころか、権力や利権、金銭争奪戦に奔走してる各界のリーダーたちに絶望した向こうに、
何が待っているのでしょうか・・・

感謝と祈りのこころがあれば、天地自然は穏やかに私たちを迎え入れてくれます。
私たちの科学技術も一緒に迎え入れてくれるので、案外、日々の暮らしもお仕事もやっていけますよ。
100年前、50年前、20年前に戻ることはありません。
今までの競争&消費社会の流れがコロッと変わってしまうだけです。
そして、まるで有酸素運動してるように、そんなゆったり世界の方が心地よく、みんな笑顔になれます。
前に戻るのではなく、別の道を前へ進んでいきましょう。

2011年5月23日月曜日

おはようさん 2011.5.23.

今年は梅雨前線がはっきりくっきりしていて、
身体も気持ちも湿濁べとべとさんな朝です。
でも、一年生はピッカピカ。
学校にも慣れてきて、ますます元気になっていますね。
登校する子供たちを目で追いながら、
元気のおすそわけをこっそりいただいてきました。

おはようさん!

日本伝統工芸近畿展に行ってきました。
花器しかわからないけど、漆器や象眼、着物などもたっぷりと見て回って、日本人の手先の器用さ、感性の彩り豊かさを堪能しました。
目の前の作品を眺めていると、作者さんの日々の想い、その光と影までもが浮かんできます。
作品が、自分が売れるために・・の想いが作風を毛羽立たせ、オーラを弱めます。
遺作となった作品がいくつかありましたが、どれも故人の生きざまが見えてきました。
死を予感されていたかどうかはわかりませんが、
七転び八起きで歩んできた人生のすべてが最高にピュアーな形で結晶化していました。
焼き物も染め物も彫刻も、腕前だけでは限界があります。
火の踊り、染料の渦、木や貝の腰具合・・・自然を味方につけないと善き作品にはなりません。
だから皆さん、神々への感謝、八百万の自然への祈りをとっても大切にされています。
我欲やエゴに飲み込まれていくと、感謝と祈りは形だけになってしまいます。
それでも腕前だけあれば大丈夫。
値段、経歴、馴れ合いの一品。
我欲とエゴの世界は賞賛してくれるし、高く買ってくれますから。

伝統工芸は技術を受け継ぐところ。
受け継いだ来た技術に更に磨きをかけ、腕前を高めていくのが伝統なら、ちょっと寂しいかなぁ。
こんなんも作れまっせ! どうや、すごいやろ! では哀しいかなぁ。
手術にもロボットがどんどん導入されてきています。
繊細に管理された技術は、鉄腕アトムじゃないけれど、生身の医者を追いつめているようにも思えます。
伝統工芸も同じ。
まだまだ人間優位だけど、機械技術やロボットも侮れません。

でも、ハイテク、ナノテク、ロボットにないものがあります。
それは、感謝と祈り。
そして、我欲とエゴ。
我欲やエゴが強いと、伝統工芸も医療も、近未来には生き残れないでしょう。
今は我欲とエゴの世界でちやほやされていても、時の流れはごまかせません。
時代を超えて輝きを放つ工芸作品はなくなってしまいます。
機械技術やロボットの怖さとは、人間の我欲とエゴそのものなのです。
原発など、我欲とエゴで動けば、事態がどんどん悪化していく最たる証ですね。

感謝と祈りがあると、謙虚になれます。人の声が聞こえてきます。
みんなで考えることができます。智恵を出し合えます。

感謝と祈りがあると、自然が寄り添ってきます。力を貸してくれます。
失敗しても、必ず次への何かが残ります。災い転じて福と成します。

感謝と祈りがあれば、創造が出来ます。天からインスピレーションが降ってきます。
チェスや将棋に勝つスーパーコンピューターでも、人間の創造力には永遠に追いつくことはできないでしょう。

そして、感謝と祈りが、光の世界を創造します。
器械もロボットも、光の人たちと共にいます。
伝統工芸も医療も、光の生活の中に息づいています。
年老いた原発だって、のんびりと動いています。
あの頃より、すごく不便でしょう? って・・・
いえいえ。それほどでもないですよ。
財産や権力の大きさよりも、こころの笑顔の美しさが幸せのスケールになったからね。
ほら、みんな笑っているでしょう。
子供のような笑顔がいっぱいでしょう。
あの頃と比べて不便って言えるものは大抵、新しい技術が補ってくれているからね。
あの頃には考えもつかなかった新技術や器械が爆発的に開発されてきたんだよ。
まさしく「創造の爆発だ!」だね。
だから、今、この光の世界の方が豊かだし、みんな、幸せだよ。

感謝と祈り。
それは宗教に縛られることもなく、
我欲とエゴのバブルの虚しさを知り、
世界で一番社会主義化が成功しているこの国だからこそ、
今、光の世界への錦の御旗へと織り込んで、世界の人々の先頭に立って歩み始める時なのです。

2011年5月20日金曜日

おはようさん 2011.5.18-20

毎朝の見慣れた街路樹の一本が、今朝、真っ白になっていました。
近寄ってみると、5ミリくらいの小さな白花で包み込みラッピングされていて。
昨日までは緑だったけど、みんな一斉に立ち上がって、両手を挙げて、ジャンプ!したように真っ白です。
人もこんなふうに皆のこころが繋がって、ひとつになるにはどうしたらいいのかな?
わんこのオシッコにつきあいながら、立ち止まって想いました。

フランス革命や先の大戦では、国王や貴族、ヒットラーとナチスという明確な敵がいました。
恐怖、悲しみ、苦悩がみんなをひとつに繋ぎました。
憎悪、怒り、殺意がみんなを行動へと駆り立てました。
湾岸戦争、アルカイダ・・・西洋社会ではいまだに「敵の創造」を繰り返しています。

ご維新、戦後、そして大震災。
敵の影は薄れ、ネガティブな感情よりも新しい「次の何か」への期待が膨らんで、
それぞれの夢と希望へ向かって一団となって進んでいきました。
やがて、みんなの夢と希望がひとつになれなくって、
各々の夢と希望がいつしかエゴとなり我欲がぶつかり合い、
争い、競争、支配&従属で世の中を染めてしまいました。
権力と財力がすべての判断基準の社会は、無表情な仮面の着用を強制して個人を消し去り、
モノトーンな常識&流行を仮面に薄っぺらく投影し続けて、
「大衆の創造」を繰り返そうとしているニッポンです。

強大な敵が消え去り、悲しみや苦しみ、怒りのない日々は幸せで平和です。
我欲&エゴが適当に満たされた一般大衆の日々も幸せで平安です。
でも、敵は消えません。次から次へと出てきます。
我欲もエゴも消えません。
嫉妬羨望、自己卑下、チャレンジ精神の欠如・・・負けないように、ますます気力を振り絞らなくてはなりません。
物質文明の終焉。こころの時代の幕開け。
聞き慣れたキャッチコピーが色あせて聞こえてくるのは、本当はみんな、こころから幸せだと感じていないからでしょう。
何か足りない。でも今までの延長線でもがいていても、何かが違うような気がする。
世界の政治経済にも社会生活にも、そんな何かの違いが今、急速に膨らんできているように感じます。

バラバラに咲いていても、ずっと緑の木のままです。
みんな一斉に咲き出すと、真っ白な光の木になれます。

どうしたらみんな一斉に花咲けるのかしら?

この世の全員が一斉に覚醒したりアセンションしたりすることはありません。
これはずっと前から光さんが繰り返し行ってきたことだから。
だから、可能性のある人だけを探し出して、その人に集中して引き上げましょう。
これが光さんに繋がるスピリチュアリストたちのちょっと前までの暗黙の了解でした。
過去も未来も平行多次元もすべてが収束している間は、それでよかったのです。

今年になって、グループワークで大いなるひとつの光さんとコンタクトする度に「拡散」とか「爆発」がキーワードで何度も浮かんできます。
いろんなところで「収束」から「拡散」「爆発」へのイメージを目にします。
爆発は花火のような真ん丸な爆発ではなく、収束した光玉がもぁっと膨らむと同時に、一直線に光の束が伸びていく、そんな感じです。
だから、この世のみんなが一斉に光となって輝いてもらわないと、「爆発」を押し出してもらえません。
みんなが一斉にこころを開いて、うちなる光を解放できるように・・・どうしたらできるのかな?

朝の道、紫煙をまき散らして歩いていく人たち。
住宅路を猛スピードで走り去る車。
町の人への気づかい皆無で我が物顔に「みんなで渡れば」な松下社員たち。

くるみの殻を割って光を取り出すには、どうしたらいいのでしょう?

死への恐怖を使うしかないのでしょうか?
小惑星の衝突。未曾有の疫病。地球レベルの放射能汚染。
この三日間、答えは降ってきませんでした。

死への恐怖を使えば、人類史はまた振り出しに戻るだけです。
今回のチャンスもダメだったと・・・石器時代からやり直しです。
だけど、何か他の方法があるはずです。
あるいは、死への恐怖が現実化した時、みんなで手を繋いで、共感しあって、無我となって、みんなのために祈れれば・・・ムリですね。残念だけど、それができるようだったら苦労はしないですもの。

この世のただひとつの真実とは「人はかならず死ぬ」ということです。
光の世界になると、死はありますが、生と死が裏表の関係から、陰陽マークの関係になります。
生から死が見える・・・肉体を持っているかどうかの小さな差だけで、生きてる人とも死んでる人とも、誰とでも共感しあえます。
だから、光の世界では「死への恐怖」はありません。
人は必ず死ぬけど、死の恐怖はない世界。
すると、やはりこの世から光の世界へ移行するには、「死への恐怖」を使うしかないのかもしれません・・・使っていいのかもしれません。
具体的にどんな形で具現化するのかは、こちらでは選べないのかもしれません。
ただ、こころの準備をしておきなさい。
日々の生活の片付けをしておきなさい。
この世を思いっきり楽しみ味わっておきなさい。

まるでディズニーランドの閉園間近のような気持ちになります。
それでも、生きている意味や今、起きようとしている大きな流れの意味、人の本質である光のことを知っていると、ワクワクしながら希望を持てます。
「また来ようね」と笑いながら、ちょっと寂しそうに帰り道を歩く子供のように、
「楽しかったね」と今日の思い出を分かち合いながら、手を繋いで夜空を見上げるカップルのように、
「死への恐怖」なんかに飲み込まれずに、
「生への希望」へと飛び込んでいく。
ひとりひとりが今、目の前に迫り来る自分の死へと向き合わされても、
我欲とエゴに惑わされて右往左往してる間に「死への恐怖」に飲み込まれてしまわないように、
生と死がメビウスする輪廻転生、因果応報な世界へと引き戻されないように。
だからといって、幻覚妄想なスピリチュアルな世界への逃避なんかは今度こそ卒業して、
滝をくぐり抜けるように「死の恐怖」に飛び込んで、
滝の中で「生への希望」をつかみとって、光の世界へと抜け出ましょう。

誰かが光の手を伸ばして救いを求めていたら、
しっかりと手を握って引き上げてあげましょう。
ただそれだけで・・・「大丈夫だよ」といういつものメッセージが降りてきた気がしています。
何かが起こっても、その意味を悟っていれば、恐怖も諦めもなく、ワクワク&ドキドキと希望を持って、夢を抱いて「今、やるべきこと」「進むべき道」が見えてきます。
だから、大丈夫だよ。
やっと光さんの笑顔が見えたような気がしました。

2011年5月17日火曜日

おはようさん 2011.5.17.

大きなランドセルを背負った小学生が家から出てきて、
楽しそうに前を歩いていました。
運動会? 音楽の時間?
手旗信号のように両腕いっぱいに何か描いています。
学ぶことも、想いを描くことも、本当は楽しくってしかたないことです。
願わくば先生が、この子の自由さ、無限の想像力にシンクロして欲しい。
モノトーンでしか見えない大人目線で、この子の光色を汚さないで欲しい。
小学生の手信号は、すっと街角から消えてしまったけど、
今日の幸せの予感が、あたり一面に残っていました。

人は本来、自由で楽しい生きものです。
それが、学校に入る頃からどんどん画一化されていきます。
人間性や表現力。
その人となりの美しさ。あるがままに自分をすべてを描き出せる勇気。
人への、天地自然への気づかいも思いやりも育まれることなく、ただ、
デジタル化された知識を詰め込まれて、マニュアル化された解法テクニックを覚え込まされてきたけれど、
昨日までの過去生では、それが必然必要でした。
だから、昨日までのすべてはもう許しましょうよ。
憎んでも恨んでも妬んでも泣いたって、永遠に過去は過去です。
振り子のように、また過去に吸い込まれ、過去に戻って行ってしまいます。
振り子のHIMOを切りましょう。そして今こそ、永遠から無限の今へ飛び出しましょう。
すべての昨日を許しちゃえば、HIMOは切れます。
どこへ飛んで行っちゃうの? 行き先がわかんないとダメだよ?
だったら永遠に輪廻転生してればいいの。因果応報が飲み込んでくれるよ。
植物のタネは風まかせ、食べてくれた動物まかせで飛んでいきます。
巣立った動物は親の縄張りから追い出されて、未知へと歩いていきます。
生きものの天地自然の理です。
人間? どんどん化石化してきちゃってるよね。生きものじゃなくなってきてる。
震災も含めて、たくさんの不思議なシンクロ出来事が今に収束してきています。
臨界点を最初に突破するのはどうやら&やっぱり日本人でしょう。
黒船の時も、先の大戦の時も、HIMOを切る練習をしてきましたからね。

HIMOを切るには勇気が要りますよ。
だって既得権益もブランドもパッ〜と手放しちゃうわけだから。
HIMOを切るには愛が要りますね。
昨日までの才能やチャンスをくれた、支えてくれる友に巡り会わせてくれた神さまへの感謝が明日の自分を生きる力になるから。
難しい・・・でも大丈夫。これだけ機が熟してるんだから。
大丈夫だよ。
そして光の世界でみんなで会いましょう。
おはようさん!って。


ミスチル大阪公演2daysで、桜井さんが大震災への応援歌「かぞえうた」のなれそめを語っていました。ドラムの鈴木さんからの提案に耳をふさいでいた桜井さん。「かぞえうた」という言葉が降ってきたこと。プロだから・・というドロドロがんじがらめさを自嘲しながら。
絵も音楽も天賦の才能です。
それは天が自由に思いのまま使い切って欲しいと与えた才能です。
彩りもメロディも天から降りてきます。
天賦の才能は、天から降ってきた彩りやメロディをしっかりと受けとめるグローブです。
だから、寝食忘れても描くのが楽しい。ともかく歌ってるのが、演奏してるのが幸せ。
天と繋がってる至福感だから。子供のような無邪気さが心地よくって、いつしか魂が輝き出すから。
そして忘れてしまいます。
できあがった絵も歌も神さまのものなんだってこと。ありがとうを。

農耕民の日本には、古より神さまへの感謝の祈りが続いてきました。
お米も畑の作物も、山川の恵みも、神さまからの贈りもの。
だから、ありがたいなぁの感謝も、みんなで分かち合いましょうの愛も、お日さまの日ざしのように、お月さまの微笑みのように当たり前のことでした。
自分が泥だらけになって働いた収穫だから自分のものだけど、本当は神さまのものなんだ。
だって神さまが見守ってくれなければ、こんなにうまく収穫できなかったもの(大抵、誰もが痛い目に遭ってますから)。
そこに人間の知識た技術が入れば入るほど、どんどん天への感謝と分かち合いの愛が薄らいでいきました。神々へのお祭りが形骸化されるのと相まって。

絵も音楽も同じだと思います。
もちろんそれを糧としてるのだから、それなりのお金をいただきましょう。
でも、昨今の著作権はちょっとやり過ぎじゃないかな?って感じています。
海山の自然も波の音、風の音は著作権なんて求めません。あるがままでどこでも「美」だから。
我がモノ顔になればなるほど、実は天の「美」を喪失した作品になります。
最近のアーティスト(ベテランも新人さんも)はみんな、ちょっと売れるとたちどころに「美」のない作品ばかり・・・な気がしませんか?
我欲の恐ろしさ、エゴの醜さを絵や音楽で表現してくれている。
何だか・・何だかです。
天と繋がったアーティストたちだから、自分の魂でもそんな恐怖や醜態を味わってしまって。
つぶれていってしまうのは残念です。
絵描きさんたち、音楽家さんたち、クリエイターさんたちみんなもHIMOを切って無限の宙へ飛びたてば、この世の彩りは数千倍鮮やかになるでしょう。
こころを繋ぐ風景が、笑顔になるフレーズが世界中にあふれていて、
どこへ行っても、誰と出会っても、こころ開いて自分のあるがままで笑い、話し、手を繋げるように・・・なりたいものです。


光の世界はもう始まっています。
光の道を誰もが歩いています。
我欲が強いほど光の道が透けてしまい、奈落の暗黒が迫ってきます。
恐怖のあまり、足を滑らせて墜ちていきます。
エゴが大きいほど光の道が狭まってしまい、前へ進めなくなります。
落胆や自責のあまり、また墜ちていきます。
光の道を歩いている実感はありません。一歩一歩前進している実感などなくって、ただ宙に浮かんでいる・・自分がどうなってるかわからないけど、ただひとつ、自分を信じてる、大丈夫だと。そんな感じで宙に抱かれている感じでしょう。
光の道に導かれて、無限の宙の中を一直線にどこかへ飛んで行っている感じかな。
そして、いよいよ仲間たちと出会えます。
同じようにどっかから飛んできた、光の道に導かれてきた仲間たちがひとつになります。
光の道が収束し始めています。
たくさんの光の道が収束して、やがて大いなる光が生まれます。
新しいビッグバン。光の世界の目覚めです。
・・・・これはミスチル Sense tour 2011 の最後のPVと重なって見えてきたビジョンです。
出来れば光の世界でも彼らの歌を聴きたいなって。祈りました。
きっと大丈夫。アーティストの古い我欲もエゴもHIMOチョッキンしてくれることでしょう。

2011年5月11日水曜日

おはようさん 2011.5.11.

すっかり梅雨模様ですね。
シトシト・・ジメジメ・・・
まぁ、たまにはお日さまにも背伸びさせてあげましょう。
雨雲の上で、思いっきりくつろいでいるお日さまに、
いつも&これからもありがとうです。

おはようさん!

大震災から二ヶ月過ぎて。
亡くなった方たちのために祈りを捧げ、その家族を励まし勇気づけるのは宗教の天職です。
平和な時は、曹洞宗、真言宗、天台宗、臨済宗、日蓮宗、浄土宗・・・十三宗五十六派、それぞれが好きにしても構いません。
でも、お釈迦様の教えの解釈の仕様がちょっと違うだけ。
どの宗教だって同じで、キリスト教もイスラム教もこの「解釈のちょっとの違い」でたくさんの宗派に分かれてます。
平和な時はそれでオーケー。
他はダメだ、我が最高だ・・なんていってると、大いなる光さんから笑われちゃうけど、まぁ、全身泥だらけになっておままごとしてる幼子のようで、大いなる光さんはオーケー&オーケーしてくれてます。
今回の大震災にはさまざまな意味がありますが、宗教にとっても大きな試練であり、覚醒のチャンスです。
それは群雄割拠していた戦国時代を天下布武していった信長、秀吉、家康たちの時代にも、右往左往してる幕府の下で全国諸藩を新しい形にまとめ上げていった幕末維新の時代にも似ています。
仏教だけでも五十六派あるけど、今、この時にこそ、ひとつにまとまって、人々のために祈らなければ・・・次の光の時代には移れないでしょう。
仏教のことも、ましてや他の宗教のこともよくはわかりません。
けれど、「人々のために祈る」「人々を元気に、笑顔にする」のはどの宗教宗派でも根源じゃないかな?と思います。
直接、お釈迦様に聞いてきたわけじゃないけど、きっとね、お釈迦様にコンタクトすれば、そういうだろうなぁと思います。
戦国時代も幕末も、日本がひとつにまとまっていなければ、外国の植民地になっていたかもしれません。
政治経済でひとつにまとまるのはムリでしょう。我欲もエゴも強すぎますから。
祈りの世界が唯一残された希望です。
私も去年秋、剃髪してみて分かりました。
生まれた時からの頭髪がバサッ、バザッと落ちていく時に、それまでの我欲もエゴも呪縛も一緒に落ちていく、手放していく感覚が妙にうれしくもあり、爽快でした。
だから、お釈迦様の弟子に連なる皆さんが今、ひとつになれないわけがありません。
この大震災はあらゆることに「原点に戻りなさい」と言っている気がします。
祈りの原点に戻りましょう。
そうすれば、自ずと今、やるべきことが見えてきます。
お釈迦様だったら、今、どうしているかな?
どの教典教義を持ち出してきても、きっと震災地でお釈迦様が祈ってる姿が見えてくるんじゃないかな?と思います。
誰かだけのためにじゃなく、道々で出会う人、みんなに涙しながら祈っている姿、手を取って励ましている姿が見えます。
袈裟も衣も骸に捧げて、裸で歩き祈っている姿が見えます。
人影のなくなった家々に残された獣たちにエサを与えている姿が見えます。
放射能? 生と死を説くからには、すでに死の向こうにいますからね、気にしませんし、ちゃんと守られてます。
自衛隊10万人。お坊さん30万人・・・
東北の人たちがどんどん笑顔になって、こころから元気になって・・・
東北に極楽浄土が生まれ、日本中にひろがっていく・・・
きっと十三人の偉大な教祖さまたちも、同じ夢を見ながら、立ち上がろうとしていることに期待しています。

2011年5月10日火曜日

おはようさん 2011.5.9.

朝の通勤通学のにぎわいが戻って、
なんだか町が元気に、前向きに歩み出したように感じました。
おはようさん!

花桜さんたちも土に還って、
木々がぐんぐん育っていくのを支えてくれています。
亡くなった人たちの想いも同じ。
悪しき想いは大地が浄化してくれます。
善き想い、楽しい想いだけがこの世に残り、私たちを見守ってくれます。
まるで空気のようにここにあって、
風となって語りかけてきてくれて、
同じ喜び、楽しみ、ありがとうの想いが集う雲がこころを癒してくれます。

死んだらもう悲しまない?
残してきた人たち、見守っているこの世の人たちが悪しき想いに飲み込まれていくのを見ていると涙がこぼれます。
善き想いたちの涙。
別に供養してくれなくたって、忘れ去られてしまったって、悲しみはしません。
忘れるくらい前向きに日々を一生懸命生きてくれていたら大喜びです。
我欲に走り、エゴを募らせて、どんどん闇に飲み込まれていってしまうのが唯一の悲しみです。

この世から宙を見上げると、晴れの日もあり、曇りもあり雨もあります。
亡くなった人たちの想いの世界、そうあの世からこの世を見ても同じように見えます。
人のこころが晴れあがっていれば、はっきりと大切な人が見えます。すぐそばに光となって寄り添えます。
我欲やエゴが黒雲となって大切な人を、みんな幸せになって欲しいこの世を飲み込んでいくと・・・見えなくなってきます。見失ってしまいます。
この世の人たちの怒りや憎しみが積み重なって、雷鳴となってあの世にも轟きます。
何も見えないこの世へ涙を落としながら、亡くなった人たちの想いは大いなる光へと戻っていきます。

この世に生きてる限り、日々是失敗であり迷惑の連続です。
最近、特にいろんな難題が襲ってきませんか?
一年分の難題が1ヶ月で。もしかしたら10年分の出来事がこの1年で・・・そんなスピードアップで流れていませんか?
別に2012年のマヤ歴信者でも終末期信奉者でもないですけど、
なぜかこの一生の総決算、卒験の実地を受けているように感じます。
どの難題も振り返ってみると、今生のどこかでぶつかったことのあることです。
その時と同じ対処法しかできなくてもいいのです。
ただ、その時よりも相手の気持ちを思いやり、見守ってくれていたまわりへの感謝が沸いてきます。
もし求められているものが違っていたら、もうちょっと深く感じてみなさいよ、だったら、すぐに同じ問題が繰り返してきます。(以前だったら、数年〜数十年スパンだったんだけど)
なんだか神さまの方が時を急いでいるように感じられます。
今生のフィナーレ! では面白くありませんよね。
今生の第一幕のフィナーレ! にしましょう。
どんどん盛り上がって、次はどうなるんだろう・・・ワクワク&ドキドキしちゃうよねって、見守ってくれている想いたち、神さまたちを虜にしてしまいましょう。
バレエでもスケートでも一番苦しいところだけど、拍手喝采があなたを待っていますよ。
大丈夫、できるって。

おはようさん 2011.5.10.

梅雨の走りでジメジメ&ムシムシな朝です。
節電に冷房は使わないぞ!なんてプチ決心してたけど、
一日で萎えてしまってるのがおかしくもあり、生身の人間の楽しさですねぇ。
ありゃりゃぁ。
こんなことでも自分を責めない! 人も責めない!(認め&許し)
軟弱モノだけど、できるところからボチボチと日々、続けていきましょい!(今を生きる)
10やろうとしても、どっかでしくじっちゃったら、ムリを重ねていけば、いつか0になっちゃう。
0になった自分を責め続けても0のまま。
0になった自分を言い逃れするために開き直っても0のまま。
だったら最初から3でいいじゃない?
毎日3の積み重ねなら出来そうだし、出来る人も多そうだから。
みんなで3を毎日積み重ねれば、なんだかDream Comes Trueじゃん!
雨だけど車使わずにバスで電車で歩いて通勤したよ。
シャワーの油温をちょっと下げたよ。
早寝早起き、ひとりサマータイムしたよ。
我欲&エゴの時代から光の時代へ。
大きな決心&日々のちょっとした行動が、こころの幸せ&喜びを分かち合う世界を支えていきます。
無我であり慈愛な決心が大きな大きな想念の流れとなって、新しいこの世を幸せ&喜びへと導いていきます。(幸せ&喜びの未来を引き寄せるってことですね)
真っ暗闇の時は、自分の影さえ見えません。
今はいよいよ曙の時。
お日さまの方を向いて歩き出すのか?
お日さまに背を向け、自分の影を見つめながら立ちすくむのか?
去りゆく闇を追いかけて走り出すのか?
みんながこうだからとか、先生師匠教祖様がこう言うからとか、どうしていいかわかんないからとか、
そんな人たちはちゃんと輪廻転生因果応報な世界へ戻れますから大丈夫。
闇の道を行けば大地となり、
影の道を行けばダークマター(重力の重かな?)となり、
光の道を行けば宙となる。
今はまだ、これまでのしがらみの傷跡に縛られてるから、ちょっとだけしか行動できないけど、
そんな今だからこそ、どれだけ無我&慈愛の想いを持っているのかが、
神さま、大いなる光さんから見れば一目瞭然です。
そしてありがたいことに、何度でも何度でも、そう生きてる限りチャレンジさせてもらえます。
日々のちっちゃな進歩だって、ちゃんと見ていてくれていますよ。
つい、ごめんなさい、しちゃったことにはちゃんと目をつぶってくれていますからね。
神さま、光さんはプラスだけの積み重ね。善行だけ。善き想いだけをチャージしてくれます。
ボーナスポイントはそれに「美」が加わったとき。
光の杖とか神の息吹とか神々の祝福とか・・・感じたら、その時は振り返ってみましょう。
「何か美しいことをしたかしら?」って。
「美」とは何か、どんなベクトルなのかが分かってきますよ。
大丈夫。ご一緒に!がんばりましょうね。

2011年5月6日金曜日

おはようさん 2011.5.6.

チューリップさんたち春の花が終わって、夏野菜さんたちを植えつけました。
まだ風は爽やかだけど、日ざしは夏モードだから、夏野菜さんたちもうれしそうです。
バラさんたちの蕾もどんどん大きくなっています。
連休終わるとバラさんたちの出番です。
今は四季咲きが多いけど、この初夏にだけ花咲くバラさんたちもステキですよ。
ひとつひとつの花の色も香りも違うけど、
自己主張!しなきゃってムリすることもまわりを押しのけることもなく、
来るべき時に自分の花を思いっきり咲かせる。
あるがままに、自分らしく・・・
そう言いながら、何かにがんじがらめになったまま、もがくのはもうやめましょうよ。
バラさんたちの中に入ってみるとね・・・
善し悪しなんかないでしょう? 上下も優劣も貧富もないよね。
日の当たり具合とか、水加減とか、肥料の具合とか・・・そりゃぁいろいろあるけれど、
そんなことに囚われていない自由さって感じるでしょう?

人間界はずっと二元性。
すべてを二極に分けて仕切ってしまう。
だから下を向く人、後ろ向きにしかなれない人、目を開けられない人が半分・・2:6:2の法則で8割かな? いるわけです。
そして結局、みんな見ている方向、歩もうとしている方向はバラバラ。
何回歴史を繰り返しても、何度文明を繰り返しても、やっぱり変わらない、目覚めない。

バラさんたちは一輪も美しいけれど、遠くからバラ園を眺めても、やっぱり美しいですよね。
赤、黄、白、青・・・さまざまな彩りが濃淡織りなす緑の中にちりばめられて。
バラさんたちは自分でも「美」を、
みんなでも「美」を創り出そうとしているように思います。
この「美」のベクトルが加わると「三元性」の世界が始まります。
天地自然の理、宇宙の法則って、今の人間界の二元性をベースにした理解よりも、もっと美しいものです。
二元性、二極化は直線を振り子のように動いている想念だけ。
これまでの人間界の想念ってそんな感じでしょう?
「美」のベクトルがある三元性は X,Y,Z軸の平面を想念が拡がっていきます。
点でしかなかった想念が、無限大の平面になるんだからすごいことですよね。
まずは人間界をそこまでもっていきましょうよ。
そんなこと・・・わかんない??
もうすでに現実化し始めてますから、大丈夫ですよ。
震災地へ大勢のボランティアが訪れています。
自分たちにできること、これまでの生活を根本から見直して、何が本当に必要なのか、大切なのかを自分で創造している人たちがいっぱいいます。
前を向いて歩むって、そういう一歩だったんですね。
悲惨な現実が襲ってきたけれど、
やればできる、ちゃんと自分で創造できるってことを今、神さまに示して見せているのがニッポン人です。
ニッポン人にできることは、世界の人たちにだってできるでしょう。
きっと神さまもホッと胸をなでおろしながら、
やっと文明の輪廻転生が終わって、新しい人間界へとスタートできるぞって、
ワクワク&ドキドキしていると思います。

「がんばろうニッポン」
そう、その時、「これは美しいかな?」って自問自答してみましょう。
我欲もエゴもない「美」の力強さ、幸せさ、至福の喜びを実感していきましょう。
日々精進だから、失敗も挫折も大丈夫。公文式みたいなもんですからね。
神さまは前向きに歩む人たちに、これからは集中して見守ってくれますから。
日々是好日。どんどん「美」がわかってきますよ。
美の神聖さ、美の愛、美の絆、天地自然の美、宇宙の美・・・
そして、気づくと4元性に、立体で=スペース:宇宙意識で創造できるようになっていますからね。
黒船来訪のような、今、このときを生きているのはすごいことですね。
だから、大丈夫。大丈夫。
どんどん前へ向かって進んでいきましょう。

2011年5月2日月曜日

おはようさん 2011.5.2.

朝から黄砂に包まれた町を歩きながら、
新緑がいつもより眩しく輝いていました。
それはオーラーのように、
フォトンフィールドの「光の12日間」の始まりのように、
どの葉っぱからも、どの花からも光が放たれているように見えました。
雨上がりの虹のように、
黄砂も第三の目をちょっと開眼してくれるのかもしれませんね。
(昨日のグループワークの後だから、大いなる光さんのエネルギーが残っていたのかもしれないけど)
おはようさん!

数年前までは、「私の今生の目的は何ですか?」「私の天職は何ですか?」「私のソウルメイトは誰ですか?」という問いに、光さんはある意味、バラバラな答えをしていました。その人に合った光の答えです。
もちろんその問いを突き詰めて問い直していけば、許・認・愛・信となって、和・輪・笑で終わりましたが、ここ数年は、誰がどんなスピリチュアル・レベルの人が尋ねても、初めから「許・認・愛・信。そして和・輪・笑」と答えて、あとは「もうわかっているだろう」と突き放されてしまいます。
それだけみんなレベルアップしたのかな?
個人ワークを受けられる方がめっきり減ったけど、逆にみなさん、必ず何かに強く導かされるようにして来られるようになりました。
レベルアップというよりも、光さんに選ばれた人たちだけが「光との対話」をし「光の洗礼」を受けられるようになったんだと思います。
光の答えはますますシンプルになり、それはまるで禅問答のようです。
でも、禅問答をひとつ我が智恵とするために、一生を難行苦行に投じた人たちからすれば、今はパラダイスでしょう。光さんとの禅問答は究極の極楽ですよね。

今年に入って、光さんの受け答えにちょっと変化を感じています。
これまではどちらかというと「目を閉じて」か「上を向いて」答えてくれていた感じでしたが、今は「前を向いて」&「歩みながら」答えてくれているように感じています。
これまでは何千何万という人生たち(過去生も未来生も平行人生も含めて)を踏まえての「光の答え」だったのが、今は和・輪・笑の光の答えを踏まえて、私たちと共に光さんも「明日」を創造しているのを楽しんでいる様子です。
これまで師弟だった関係が、今は共に歩む楽しみを味わっているかのようです。
「今を楽しみなさい」
光さんがどのワークでも、いつも最後のメッセージで言っていた言葉です。
「今から一緒に楽しもう!」
光さんは今、そう言っているようです。
だからかな?
ソウルメイトについての問いかけにも(もちろん前時代レベルの質問にはそっけないですけど)、なんだかワクワク&ドキドキするような答えやイメージを返してくれます。
夢と希望、そして自信。
許しも、認めも、愛も、信じることも、
和も、輪も、笑も我が智恵となれば、
光さんと一緒にワクワク&ドキドキする「明日」を夢と希望をたっぷり詰め込んで創造するようになるのですね。
光さんと手に手を取ってだから、自信の塊ですし・・・
もう何でもおかしくって、楽しくって、ありがたくって・・・
「みんな、本当に生きるってことは、こういうことなんだよ」なんて叫びだしたりして・・・危ないかな?

今、日本人ひとりひとりがそれぞれの問題に直面していて、とっても大変な時です。
ひとつ言えることは、自分を信じるしかないでしょうってこと。
風評や政府、著明人、宗教者さんたち・・・ありゃりゃ、化けの皮が剥がれたぞ〜〜ですしね。
(我欲やエゴの怖さに気づく最後のチャンスを与えてくれてるので、ありがとう!です。これで気づかんかったらアホやしなぁ←政治批判じゃありませんので逮捕しないでください。お代官様)
許しも、認めも、愛も、信じることも、
和も、輪も、笑も、ぜんぶみなさんの目の前にそろっています。
さぁ、後は自分なりに、自分らしく、それを味わい、練り上げ、何かを創り上げましょうよ。
何を創っても、どんなものになっても、光さんが大笑いしながら、あなたと手を繋いでくれますよ。
何もしなければ・・・

新緑が四季の中で一番、輝き、オーラを見やすい。
この大変な時期に新緑を重ね合わせた意味がそこにあるのかもしれません。
さぁ、ご一緒に光の世界へと歩みましょう。

2011年5月1日日曜日

5月1日 天満満天堂Live「雨のワーク」

5月1日 天満満天堂Live「雨のワーク」終了しました。
今日はネット環境が不調でUst.できませんでした。ごめんなさい。
とても高度な内容でしたが、集うべき人たちが集い、とてもすばらしいエネルギーのワークでした。
ありがとうございます。


「あなたの雨の人生たちへ」

@涙の雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での涙の雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?

@荒れ狂う雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での荒れ狂う雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?

@浄化の雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での浄化の雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?


@恵みの雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での恵の雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?

@祈りの雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での祈りの雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?

@光の雨の人生へ
*その人生の幸せな場面は?
*その人生の大切な場面は?
*その人生での絆の場面は?
*その人生での光の雨の場面は?
*その人生での虹の場面は?
*その人生の終わりの場面は?

@すべての雨の人生たちの死の場面を見ましょう。
すべての死が通り過ぎていきます。
すべての肉体たちが母なる大地に還っていきます。
闇にさまよい漂う想いたちが雨に浄化されながら、母なる大地へと染みこんでいきます。
あなたの魂たちが大いなる光へと戻っていきます。
そして、あなたは今、大いなる光の前に立っています。



@光との対話
*今のあなたに必要なメッセージを3つ授けてくれます。和・輪・笑のメッセージです。
* ひとつ目はどんな和のメッセージでしょうか?
・・そのメッセージの意味をもっとわかりやすく教えてください。
・・まず何から始めたらいいのですか? どこへ行けばいいのですか?
・・まず誰とコンタクトしたらいいのですか?
・・私の和とは何ですか?

* ふたつ目はどんな輪のメッセージでしょうか?
・・そのメッセージの意味をもっとわかりやすく教えてください。
・・まず何から始めたらいいのですか? どこへ行けばいいのですか?
・・まず誰とコンタクトしたらいいのですか?
・・私の輪とは何ですか?

* みっつ目はどんな笑のメッセージでしょうか?
・・そのメッセージの意味をもっとわかりやすく教えてください。
・・まず何から始めたらいいのですか? どこへ行けばいいのですか?
・・まず誰とコンタクトしたらいいのですか?
・・私の笑とは何ですか?

*3つのメッセージが成就した1ヶ月後のビジョン
・それが成就する月日

@今のあなたのための予言を3つ授けてくれます。光と闇と美の予言です。
*ひとつ目はどんな光の予言でしょうか?
・・その予言が成就する場面を見せてください。
・・そばに誰がいますか? あなたは何をしていますか?
・・あなたは何を願っていますか? 夢見ていますか? 祈っていますか?

*ふたつ目はどんな闇の予言でしょうか?
・・その予言が成就する場面を見せてください。
・・その時、あなたはどこで、誰と、何をしてますか?
・・あなたは何を祈っていますか?

*みっつ目はどんな美の予言でしょうか?
・・その予言が成就する場面を見せてください。
・・あなたは何をしていますか? そばに誰がいますか?
・・あなたは何を夢見ていますか? 祈っていますか?

@大いなる光さんが、過去のあなたたち、今のあなたたち、輪廻転生しているあなたたちへの祝福と祈りの呪文を授けてくれます。
その呪文が見えてきます。あなたにちゃんとわかるように見えてきます。
あなたがしっかり覚えておけるように何度も何度も聞こえてきます。
あなたのこころに祝福と祈りの呪文が焼きつきます。

もし、まだあなたのこころが閉じていたのなら、大いなる光さんはあなたのこころを完全に開く強さの雷をあなたに落とします。
3,2,1
今、あなたに大いなる光の雷が落ちました。
大いなる光さんの祝福と祈りの呪文が見えますか? 聞こえてきましたか?
あなたのこころが完全に開くまで、何度でも、大いなる光の雷があなたに落ちます。
あなたのこころを閉ざしているモノに向かって、大いなる光の雷が放たれます。
あなたのこころを閉ざしているモノが壊れるのを許しましょう。
勇気を出して。大丈夫。
また、あなたのこころを閉ざしているモノに大いなる光の雷が落ちました。
さぁ、あなたのこころが開くのを許して。大丈夫。もう許しましょう。
耐えきれなくなったら、目を開けても構いません。それで今日は終わりです。静かにお帰りください。

さぁ、大いなる光の祝福と祈りの呪文が見えましたか? 聞こえましたか? 覚えましたか?
こころを閉ざしているモノが壊れた時、何が吹き出してきました? あふれ出てきましたか? 流れ出してきましたか?
閉ざされていたこころから吹き出してきたモノ、流れ出してきたモノにも大いなる光の雷が落ちます。
激しい雷鳴と共に、眩しい光がこころから吹き出してきたモノ、流れ出してきたモノを照らし出します。
そのシルエットの中に、こころから吹き出してきたモノ、流れ出してきたモノの本質が見えます。わかります。
また雷が落ちて閃光が走り抜け、こころから吹き出してきたモノ、流れ出してきたモノを消し去ります。
雷があなたの闇をすべて洗い流しました。
上を見上げて。虹が見えますか?
その虹を見つめて。
虹を渡っていきましょう。

@あなたは大いなる光さんの中にいます。
*大いなる光さんの夢が見えます。
*大いなる光さんの祈りが聞こえます。
*大いなる光さんがあなたに何かを託します。
*大いなる光さんの目の中で、あなたの今生を眺めています。大いなる光さんの目に映ったあなたの今生の一場面が浮かんできます。
・美しい愛が見えます。
・美しい絆が見えます。
・美しい笑顔が見えます。
・大いなる光さんのお気に入りの場面が見えてきます。
・・何がお気に入りなのか? どうしてお気に入りなのか? もわかります。

*大いなる光さんがこの世のことを語ってくれます。
・さまざまな出来事のこと、文明のことから歴史のこと、国々のこと、人々のこと、さまざまな生きざま、想い、喜怒哀楽。大いなる光さんがこの世をかみしめるように、懐かしむように、思い出を振り返るように、この世のことを語ってくれます。
・あなたにわかるように、この世の仕組みを教えてくれます。
・・あなたがこの世に残るのなら、優しく微笑んで黙って祝福してくれます。
・・あなたが光の世界へと歩むのなら、この世の仕組みのすべてを解き明かしてくれます。
・・大いなる光さんがあなたにすべての知恵を授けてくれます。
・・大いなる光さんがあなたにすべての記憶を授けてくれます。

@大いなるひとつの光との対話
大いなる光さんとあなたは、大いなるひとつの光へと戻っていきます。
今日はそのプロセス、道行きも楽しみましょう。
・大いなる光さんが大いなるひとつの光へと戻っていきながら、何が見えていますか?
・大いなるひとつの光から生まれ出てきた瞬間が思い出されます。
・光を越え、闇を越え、ヴォイド虚無を越え、最初の意識の上に浮かんでいます。
・すべての始まりの上に浮かびながら、大いなるひとつの光の中へ溶け込みます。
*大いなるひとつの光がメッセージをくれます。ただ、感じましょう。
*大いなるひとつの光が希望をくれます。ただ、感じましょう。
*大いなるひとつの光が雨を見せてくれます。ただ、感じて、眺めましょう。
*大いなるひとつの光の祈りが聞こえてきます。ただ、感じましょう。
・そして、あなたの中にもある大いなるひとつの光の希望と祈りがはっきりと目覚めます。
・そして、あなたの中で光の世界への新しい鼓動が今、始まります。大いなるひとつの光と繋がった新しい鼓動です。
・光の世界を見る目がもうじき開きます。今は光の世界を感じながら、その香りを味わいます。新しいあなたが日に日に成長していくのがわかります。
*大いなるひとつの光のまま、この星、地球とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、海とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、大地とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、風とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、緑とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、生きとし生けるものたちとつながります。
*大いなるひとつの光のまま、神々とつながります。
*大いなるひとつの光のまま、雨とつながります。

*大いなるひとつの光のまま、古いこの世に降りたちましょう。
・何を思いますか? 何を願いますか? 何を祈りますか? そして、何を授けますか?
*大いなるひとつの光のまま、光の世界へと降り立ちましょう。
・何を思いますか? 何を願いますか? 何を祈りますか? そして、何を授けますか?