2014年5月24日土曜日
おはようさん 2014.5.24.
明日は京都観世会五月例会です。
今日の土曜外来はハードだったので、明日はちょうど良い「こころの休日」になります。
明日の演目は、蟻通・千手・善知鳥です。
私のお目当ては、やっぱり「千手」
あらすじは・・・
平清盛の五男の平重衡は一の谷の合戦で捕われて鎌倉に護送されます。
鎌倉では狩野介宗茂に預けられ、幽囚の身で世の無常を嘆いています。
源頼朝は、この若く凛々しい平家の御曹子に少なからず同情を寄せ、自分の侍女で、手越ノ宿の長者の娘である千手の前をつかわし、後いくばくもない命のつれづれを慰めます。
ある春の雨降る夜、宗茂は重衡に酒を勧めようとやって来ます。
そこへ千手も琵琶を持って訪れます。
重衡は、先日、千手を通じて頼朝に願い出てあった出家の望みがかなわぬことを告げられ、これもまた、父清盛の命令とはいいながら、南都の仏寺を焼いた罪業の報いかと嘆きます。
千手は重衡の心中を思いやり、酒の酌をし、朗詠を謡い、舞を舞って、心を引き立たせようとします。
重衡も興にのって、琵琶を弾くと、千手も琴を合わせ、夜の更けるまで、つかの間の小宴を楽しみますが、翌朝、重衡は勅命によって、また都へ送り帰されることになり、鎌倉を出立します。
千手は、その後姿を涙ながらに見送るのでした。
今年は世阿弥誕生650年です。
この600年あまりの内に、どれだけ多くの人たちがこの「千手」に涙したことでしょう。
明日は晴れ。春バラさんたちも満開です。
いつもなら能よりもバラさんの美に心引かれるのですが、なぜか この「千手」はどうしても観たい演目です。
こころの奥の、そう異次元ゾーンから、懐かしい気持ちが、千手と聞いただけで涙がこぼれ落ちてきそうな不思議な感覚が蘇ってきます。
きっと昔々・・・この「千手」を観て、涙を流した私がいたんでしょうね。
女官や綺麗な姫君だったのかしらむ・・・
白拍子や流浪の民だったのかな・・・
足利将軍に仕える官吏だったかも・・・
能の幽玄の世界は、そんなタイムトラベルな楽しみ方も出来るんですよ。
美しい日本語が騒音で疲れ切った耳を浄化してくれます。
優美な仕舞いが情報叛乱で盲いた目に光を射してくれます。
いつかの時代を生きていた自分たちと同じ涙を流して、気持ちがひとつになります。
魂の祖先たち ホンモノの祖先たちとひとつにつながることができるのですね。
そう思うと・・・能を観ていると、確かに意識が飛んでしまって、眠ってしまったように感じてしまうこともありますが、それは実は深い催眠状態に入っているのかもしれませんね。
光の前世療法の催眠誘導と同じように・・・
さぁ 明日もたっぷりとタイムトラベルしてきましょう。
前世物語
先生は死んだばかりのアヤメの魂に尋ねました。
「体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「次も夫と一緒になることと、神様に感謝することです」
「魂となったあなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「何かいます。よくがんばったね、って言ってくれています」
先生はアヤメの魂を高みへと導きました。
「高い所からアヤメさんの人生を見て、何か気がつくことはありますか?」
「もうちょっと頑張れたはずでした。感謝することを忘れないように・・・」
先生はもっと高みへと導きました。そしてアヤメの人生と、今、生きている人生を見比べてみるように促しました。
「同じような人生です。もっと神様に・・・うまく言葉に出来ません」
先生はさらに高みへと導きます。
「そこから上はどうなっていますか?」
「青い、丸い中に光があります」
「その光の中に入ります。どんな感じですか?」
「何もかも忘れている感じです」
「その中に誰かいますか?」
「何かがたくさんいる気配がします」
「その光の中心に向かって聞いてください。今のお父さんとの関係は何ですか?」
「愛することです」
「それはどういうことですか?」
「求めるだけではなくて与えるものです。ただ与えるものです。あったかいものです」
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「奉仕と学びと愛です」
「奉仕とは何ですか?」
「人の役に立つことです」
「学びとは何ですか?」
「自分を鍛えるため、自分の魂を鍛えることです」
「人間は何のために生きているのですか?」
「愛するためです」
「なぜ私は何度も生まれ変わってるのですか?」
「まだまだ出来ていないからです。愛することの意味がわかっていません」
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのでしょうか?」
「過ちを犯してもそれに気がついて、そこで変わればいいのです。間違ってもやり直しは効きます。それを繰り返して少しずつ良くなっていくようにすることが大切なのです」