2014年6月16日月曜日

おはようさん 2014.6.15.

今日は北辰会 藤本蓮風先生の「癌と治療」の講演を聞きました。 どの経穴に何をしたか・・・だけをマネしても、それなりの腕がない鍼師では、癌が治るどころか患者さんの死を早めてしまう・・・そのお気持ち、よくわかります。 それなりの腕になるには、少なくとも10年はかかるとも・・・。 確かに今、私が癌患者さんに鍼治療をご紹介するとしたら、蓮風先生しかおられません。 自分が癌になったら、蓮風先生のところへ日参したい、と思うからです。 鍼の世界に入ってみて・・・ 鍼は剣の道とそっくりです。 例えば、未熟者が新陰流無形の位や二天一流弱法師の位をマネして太刀を構えたとしても・・・勝敗は目に見えています。 日々の厳しい鍛錬と天賦の才能があって、剣の達人への道が開けるのです。 癌を鍼治療するのは、刃を抜いた癌との真剣勝負をするということです。 負ければ・・・死ぬのは患者さんです。 自分が死ぬより辛く重い阿修羅の道を歩む覚悟はあるのか?  その覚悟がある者のみ、俺について来い! 蓮風先生の魂の声が聞こえてきたように思いました。 癌に鍼治療で向き合う時、癌はすでに手術や化学療法などで酷い手負いの状態です。 怒り狂ってる大熊に太刀を抜くようなものです。 毘沙門天の形相で口から血を吐き出しながら突進してくる大熊の胸元に飛び込んで心の蔵をひと突きにしなければ・・・負けです。 そんな深淵で力強いが柔らかい鍼を打てるのか・・・剣の極みですね。 医者は外科の血の多いものと内科の血が勝っているものの2つに分けられます。 鍼は正しく外科の血です。 それも濃密な外科の血がないと、癌治療の針は打てません。 う~ん、そんな外科医(元 外科医も含めて)は・・・若干名 脳裏に浮かんできますが・・・この歳になると(奥方や権力・金力に)牙を抜かれてしまってます。あかんなぁ。。。 剣を極めて何になる?  江戸時代にはそう言われていました。 鍼を極めて何になる?  そんな鍼灸師ばかりになってきたことを蓮風先生は強く嘆いておられます。 外科を極めて何になる?  外科医の世界も同じです。美容形成・不妊治療・眼内レンズにレーシック・・・もうかりまっせぇな外科だけが闊歩している昨今です。 だからこそ、癌がどこまで鍼で治るのか? 癌の鍼治療の症例を積み重ねていく必要を感じました。 前世物語  先生は、強いネガティブなエネルギーを意図的にコントロールして患者さんに取り憑いていた意識体に数例出会ったそうです。詳しくは教えてもらえませんでしたが、とても一回のワークで解決できるものではなかったようです。もちろん、映画「エクソシスト」に出てきた悪魔のようなものではなかったそうですが、カトリックの長い歴史では、ああいった「悪魔のようなもの」も確認されているらしい、そうです。ワークの部屋に神社のお札が置いてあるのも、先生が言うには「イザという時のお守り」なのだそうです。なんだか心配になってきた私に先生はこう言ってくれました。 「大丈夫だよ、美子さん。臭いセリフだけど、この命をかけて君を守り抜くからね」  その後、先生は話題を移しました。 「美子さん、この症例でおもしろいことに気づかなかったかな?」 「生まれ変わりが一本のヒモのように連綿と続いていくものだったら、ベンさんの魂が今までの三千年間、光に戻らずに閉じ込められていたのに、なぜこの患者さんが今、存在しているのですか? 生まれ変わりが一本のヒモのように続くのだったら、この患者さんはベンさんの生まれ変わりではない、ということになります」 「いいところに気がついたね。その通り、これはとても解釈が難しい問題なのです。パラレルワールドの概念でも説明できます。生まれ変わりなど存在しない、ただ過去に生きた人々の記憶がどこかに蓄積されていて、過去生退行はその膨大な記憶の中から問題解決に最もふさわしい人生記録を見ているだけだ、とも説明できます。そして私はこれを駅伝理論で説明しています」 「駅伝理論ですか???」