2014年4月27日日曜日
おはようさん 2014.4.26.
土曜の夜、AKBの梅ちゃん(梅田彩花ちゃん)の舞台を観てきました。
ブロードウェイミュージカルの日本語版でした。
梅ちゃんはじめ、どの役者さんもがんばってました。
ミュージカルだから歌と踊りが生命。
舞台設定はマンハッタン北西部の移民街ワシントンハイツ。
ヒップホップにラップにサルサ スパニッシュな香り
英語版で観るべきでした。
始まってすぐに頭痛&耳痛が・・・日本語がズタズタにされてノイズに朽ち堕ちてしまってました。
日本語が目の前でのたうち回って喉をかきむしって泣いている姿に耐えられませんでした。
原作の英語歌詞があって、それを日本語に翻訳しているのでしょうが・・・梅ちゃんがいなかったら、途中で帰ってしまっていたでしょう。
ヒップホップやレゲエやラップやサルサは好きです。
日本人が自作の曲を日本語で歌っている曲はノリノリになれます。
英語のラップやヒップホップを日本語で歌う難しさを今夜は思い知らされました。
そんな舞台を観ながら(もう耳はかってツンボ状態で)、明日、観に行く京都観世会館の能を思い浮かべていました。
能もミュージカルです。
俳優がしゃべっていたと思ったら、いきなり謡い出します。
舞い始めると、バックコーラスが合唱してくれます。
その日本語がとても心地よいのです。
650年もの間、揉まれに揉まれてきた日本語の台詞と歌詞ですから、すべてが美です。
能は眠くなります。
それはつまらないからではなく、日本人のDNAにとても心地よいからだと気づきました。
聞こえてくる言葉がすべて美です。
美はこころも身体も癒やしてくれます。
美は元気の源です。
美こそ不老長寿の秘薬です。
だから能を三番観たら疲れるでしょうと聞かれるけれど、いえいえ、帰り道の方が元気になっています。
こころが温泉三昧してきたように、ホカホカ&ニコニコしています。
日本語は言霊の塊です。
能を聴いていると、こころが神で充たされていくのがわかります。
神に近づけば、眠ったようになります。
意識がどんどん高次の精神世界へ昇っていくからです。
日本語を使う日本人でよかったなぁ。
日本語は美だなぁ。
梅ちゃんからいただいた素晴らしい気づきでした。
前世物語
彼女の涙が輝く自信へと変わりました。彼女はしっかりとした足取りで帰っていきました。
私は彼女を見送りながら、頬を流れる温かい涙を感じていました。私は泣き虫です。よく患者さんにもらい涙をしてしまいます。ワークの後は私の心も大きく開かれるので、ひどい泣き虫になってしまうのです。でも今日の涙は・・・どこか変です。私は慌ててワークの部屋に飛び込んでドアを固く閉めました。一気に涙が流れ落ちてきます。私は訳がわからないまま膝掛けタオルに顔を埋めて泣きました。
私の遠い記憶の中から何かがゆっくりと浮かび上がってきました。
それは高校の交換留学生に選ばれて一年間、イギリスで暮らしていた頃でした。希望と自信に満ちていた私は学校で馬の世話をしていました。私はブラッシングをしながら馬に語りかけています。
「ねぇ、アグネス、どう思う・・・ホント馬鹿、いえいえ、アホだよね、あなたのことじゃないのよ、アイツよ、アイツ。君がいなくなって途方に暮れています、なんて言われても困っちゃうよね。だいたいこんな舞い上がった手紙、普通の神経していたら出せないわよね。絶対に普通じゃないわよ、アイツ、だってこれって本物の真夜中のラブレターだよ。見てみる、アグネス? フッー・・・見たくもないわよね。私だって困っているのだから笑わないでよね」
私は大げさな困り顔をしながら馬に話し続けました。でもどこか楽しそうです。馬の世話が楽しかったのでしょうか・・・。
「最後に何て書いてあったと思う? 当てたらニンジン一本サービスしちゃうけどな」
そう言いながら私は反対側に回ってブラッシングを続けました。
「私が持って生まれた幸せを全部、いえ、私のこの人生の幸せを全部君にあげます、だって・・・もう、いいかげんにしてよ! アイツ、ナルシシストもいいとこだわ」
急にアグネスが私の方をじっと見つめました。彼女の澄み渡った目の奥に何かが光ったような気がしました。そしてアグネスが本当に微笑んだように見えました。私はしばらく呆然と立ち尽くしていました。
私の涙が急に止まりました。私はアグネスの目を通して、あの時の私とつながったのです。あの時、アグネスの目に光ったものは今の私の涙だったのです。私も気づいたのです。私にすべての幸せを捧げてくれたアイツは今、とても幸せになっています。本人はワーカーホリックですから幸せを噛みしめることは出来ていないかもしれませんが、端から見ると大きな幸せ袋を担いだ大黒さまのようにアイツが見えます。ニコニコしながら今日も幸せをみんなにプレゼントし続けています。そうなのです。幸せは人にあげればあげるほど、新しい幸せが必ずいっぱい入ってくるのです。アイツの幸せ袋は確かにあの時、空になりました。彼は私にすべての幸せを使ったのです。その時、アイツはきっと幸せの使い方を学んだのでしょう。そして神様はお約束通り、幸せをいっぱい彼に与え続けているのです。私はアイツにもらった幸せをどうしたのでしょうか・・・私の留学生活はとても幸せでした。夏のヨーロッパ旅行中に私は未来の伴侶と出会いました。夫はとても大人でした。私を大人の女に磨き上げてくれました。
そして最高に尊敬できる先生でした。学んでいる分野は違っていても、学問という絆でしっかりと結ばれていました。家庭も幸せでした。子供たちも元気で明るく正直な子に育ってくれました。思い返してみても夫が身罷みまかったあの日まで、私はずっと幸せでした。
アイツのくれた幸せとは、それほど大きなものだったのでしょうか?
愛のエネルギーとは、それほど美しいものなのでしょうか?