2013年6月22日土曜日

おはようさん 2013.6.23.

EXPO70 大阪万博は、私がちょうど小学校を卒業して中学1年生になった年でした。 その頃は高槻に住んでいたので、親戚のガイド役をして何度も万博に行きました。 3月の雪が積もって、あのアメリカ館がガラ空きだった日から、最終日まで・・・ 人類の進歩と調和・・・よりも、ただただ少年の夢と希望が大爆発していました。 世界にはいろんな国があるんだな・・・よりも、近未来の科学にワクワク&ドキドキしてました。 ベトナム戦争の泥沼化なんて理解できるはずもなく、 あの万博にはそんな戦争・虐殺の血の涙など微塵も見当たらず、 米ソは宇宙開発競争を全面に出して争っていました。 今から思えば、そんな世界の闇など忘れてしまったかのように脳天気にはしゃいでいた日本人気質は、今でも健在ですね。 万博が終わって遊園地と日本庭園と太陽の搭だけ残して、後は森へと戻されました。 あれから40年余り・・・今の万博公園は、とてもステキな自然の森になっています。 もちろん、人が計画して、木々や花々を植えて、道やベンチや広場を整備して・・・ それでも、とても自然な森の中を散策している気分になれます。 人類の進歩と調和 それは科学が担っているよ、少年たちよ、夢と希望を持って勉学に励み、仕事に精進しなさい・・・そんな1970年の日本はバリバリの競争社会でした。 何にでも優劣上下貧富がある社会。 差別も体罰も虐待も、みんな優劣上下貧富を競う競争の中に埋没していました。 社会常識が画一化されていた時代でした。 だからこそ、優劣上下貧富が競える社会でした。 そんな時代の近未来が祭りの後よろしく、すべて消え失せてしまう。太陽の搭を残して。 岡本太郎の太陽の搭は、まさしく科学な未来社会、画一化された常識の支配する社会へのアンチテーゼでした。 そして、今はその太陽の搭が、万博の森を見守ってくれています。 今の自然の森こそ、人類の進歩と調和そのものではないでしょうか? 太陽・水・土・風が必要なところに必要なだけもたらされるのが自然の摂理です。 宇宙の法則と言ってもいいですね。 森の中には、優劣上下貧富は・・・ありません。 許・認・愛・信の和があり、輪で繋がり、みんな笑の顔をしています。 それが宇宙そのものであり、私たちが今、ここに存在している意味です。 中学1年 大人の入口に立った私は万博にいました。 そして、今、やっと岡本太郎の太陽の搭が見守る万博の森の神聖が見え始めてきました。 万博の森を歩いていると、なぜか楽しくなります。 光さんの口癖「今を楽しみなさい」とひとつになれます。 競争? 誰と・何と競争するの? そんな無限の多様性の中にいます。 色とりどり・ありとあらゆる種類の花々が咲き乱れている・・・そんな無限の多様性です。 ひとつひとつの花が小さな幸せであり、愛です。 だから、見渡せば、無限の幸せと愛ばかりです。 無限の色とりどりな花々が咲き乱れる地球を大いなるひとつの光さんの目から見れば、それは光の星そのものです。 こころの目を開いて万博の森を散策すれば、たちどころにそこはシャングリラです。 風の中に光さんの言葉が聞こえてきます。 光の中に神さまたちの笑顔が見えます。 木々に宿った木の神さまは話し好きです。 花々の中には妖精がいます。 水の波は龍神さんです。 森羅万象 八百万の神々と楽しく過ごせます。 それが万博公園の森です。 どこの公園や森でも同じかな? 残念ながら、太陽の搭がなければ・・・ちょっとムリかな。 夢と希望が満ちあふれていた科学未来が終われば、 強者たちの夢の跡・・・人類が 日本人が滅んでも、森が都市を 田舎を 山河を包み込んでくれるのかな? そんな妄想も多様性の成せる技なのですね。