2015年10月26日月曜日

おはようさん 2015.10.25.

今日は京都観世能を堪能してきました。 演目は、嵐山・卒塔婆小町・安宅です。 嵐山の見所は、見事な神舞と途中に入る猿の婿入り狂言です。 この猿狂言が面白い! 時々「人間語」が入るだけで、ほとんどが「キャーキャー」の猿語で繰り広げられます。 猿語だから言葉は分からないけれど、猿たちの婿入り祝言の場の会話が見事に脳内に浮かんでくるのが見事です。 外国語だって同じですね。 何言っているのか言葉が全然わからなくても、身振り手振りとその場のシチュエーションからほぼ類推できます。 大切なのは、伝えたいという熱い気持ち。 猿たちから大切なことを学びました。 卒塔婆小町・・・100才になってヨロヨロと醜い姿で物乞いをしている小野小町が老いの苦しさ、人生の儚さを呪うように呟いているところから始まります。 疲れ果てた小町が卒塔婆の上に坐って休んでいると、僧侶がやってきて小町を諭そうとします。が、小町は僧侶の仏説をことごとく論破してしまいます。とうとう僧侶は「この方は仏性に違いない」と額を地面にこすりつけて拝みます。 その時、小町も仏性に目覚めますが・・・若い頃、弄んだ男たち、特に100日通ったら「言いなりになる」と言って通わせ、99日目に死んでしまった高貴な男の怨念が小町に乗り移ります。狂った小町もやがて自身の仏性により救済されていきます。 このお話、現代にも通じているかもしれませんね。 これから100才オーバーの男女が急激に増えます。 元気で生き生きしている100才のグループと、 施設で生きているのか死んでるのかわからない100才のグループに分かれます。 (医療費削減政策が続けば、後者のグループは自然消滅するでしょうが) 元気で生き生きしている100才グループがみんな仏性の悟りに至ってるとは思えませんが、100才で生き生き元気ということは、何かそれなりの仏性を持っていると思います。 早寝早起きだとか、玄米菜食だとか、日々是好日だとか・・・ そんな仏性をひとつひとつピックアップしていくのも、これからの医療にとても大切なことだと思います。 安宅・・・ご存じ勧進帳です。 義経&弁慶一行は山伏姿に身を変えて奥州へ落ち延びようとしています。 それを察知した頼朝は全国に「山伏取り締まり」の新関所を作ります。 安宅の新関所に来た義経一行はどうしたものか?を相談します・・・家来たちは刀にかけての力押しを訴えますが弁慶が「ここは押し切れても、この先は兵力増強されてムリだ」と諭します。・・・リーダーシップの冷静な判断力、目先ではなく先を読む力ですね。 義経を強力(ごうりき)姿に変えて、荷物も背負わせてヨタヨタと関所を歩かせたら怪しまれないだろう、と弁慶が提案します。 そして一行は関所へ入ります。 関所には、昨日殺した山伏たちの頭襟(ときん)が無造作に山積みされています。 案の定、関守は弁慶一行を頼朝の命令で殺すと言います。 ここで弁慶のプランBです! 刀に手をかけた仲間の山伏たちを集めて、「ここで殺されるのなら最後の修業をしようではないか。皆、このような無慈悲な殺戮をする関守と頼朝に熊野権現が天罰をきっと与えなされるように念じようぞ」と数珠をくり続けます。 一心不乱に数珠で念じる山伏たちのパワーにたじろぐ関守・・・これは本物の山伏だ、と関所を通します。 一行が立ち上がると、関守は「待て! 南都東寺の大仏再建の勧進山伏なら勧進帳を持っているはずだ。それを読め!」と迫ります。 またしても弁慶のプランBです! 強力姿の義経の背負った荷物から何も書かれていない巻物を取り出して、声高らかに勧進帳を読み上げます。 その姿に感服した関守は一行の通過を許します。 山伏一行に少し遅れてノロノロとついてきた強力を見た関守の家来が「あれは義経に似ている!」と関守に迫ります。 駆け寄って戻ってきた弁慶と山伏たち・・・刀に手をかけています。 すかさず弁慶のプランBです! 義経に向かって「お前がノロノロしているから留め置かれてしまったではないか! この役立たず! こうしてくれる!」と山伏の杖で義経を何度も叩きます。 これを見た関守は通過を許します。 無事に関所を通って、少し離れたところで休憩する義経一行・・・ 弁慶は義経の前に進み出て平伏して「あの時はああするしかなかった。お許し下さい」と謝ります。 義経は「あれは弁慶がやったことではなく、私を守ろうとした八幡大菩薩が弁慶にやらせたことに違いないのだから、弁慶に罪はない」と弁慶をいたわります。 そこに関守が「先ほどは失礼をした」とお詫びの酒を持って追いかけてきます。 それに応じる弁慶・・・無言のまま酒を酌み交わす弁慶と関守ですが、その無言の中で・・・ 関守は最初から義経一行だとわかっていたが、弁慶のリーダーシップ力と主君への忠誠心に感じ入ってしまった。 弁慶は関守の命がけの友情をしっかりと受け取った。 この無言の酒の酌み交わしの舞の中に「男と男の絆」がしっかりと見えてきました。 敵味方を超えた、 命がけなんて小さなことを超えた、 男と男の絆の美しさがこの安宅の見所だと思いました。