2018年4月22日日曜日

ごきげんさん 2018.4.22.

ひかりの経営(仮称)のつづき  爺は遠くの空を見上げながら悲しげに呟きました。 「あの頃は病というものがあったんじゃった。八百、八千、八万もの病があっての。みんな身体やこころのどこかが悪かったんじゃ。痛かったり辛かったり動かなかったり、イライラしたり塞ぎ込んだり寝込んだり。それはそれは大変じゃったんじゃよ」 「みんなでさすったり祈ったりしなかったの?」と、無邪気な目をした男の子が尋ねました。 「大きな町の人たちはの、大人も子どもも他人には無関心じゃったんだ。わざと関わりを避けていたんじゃ。みんな自分のことで精一杯だったんじゃよ。すべてが自分のために、何でも自分の都合のよいように。他人よりも多く、強く、良いものを奪い取らなければ、生きていけない町じゃった。弱い人、病気の人から平気で奪い取らないと、自分が奪い取られてしまう町じゃった」「お爺さん、病気って何?」と、気持ちよさそうに眠る妹をおぶった娘が尋ねました。 「お前たちは病気を見たことがなかったんじゃの。病気というものはの・・・空が晴れたり、曇ったり、雨や雪が降ってきたりするじゃろ。冷たい風が山から降りてきたり、熱い風が川から駆け登ってきたりもするじゃろ。時にはものすごい雨風が通り過ぎていくこともあるじゃろ。今のお前たちは空の移り変わりのなんたるかを知っておるから、不安や恐れなど何も感じないんじゃ。自然のままに、宇宙とともに生きておるからの。それはとても良いことなんじゃ。  昔の大きな町では、いつまでもずっと晴れたままだったり、町が湖になってしまうほど雨が降り続いたり、たくさんの凍え死ぬ人が出てしまうくらい雪が降り積もったりすることがよくあったんじゃよ。雨が一滴も降らずで畑が干からびてしまったり、夏なのに雪が降り続けたこともあったんじゃよ。そういう困った事、異常が身体やこころに起こったものを病気と言ったんじゃ」 「なぜみんなでお空に祈らなかったの?」と、仲良しの鷹を肩に乗せた男の子が尋ねました。 「昔の大きな町には何でもあったんじゃ。必要なものはすぐに誰かが油から作りだして売ってくれたんじゃ。どんなものでもあった。何でもあった。だから大きな町の人たちは、大地や空や風に祈ることなど忘れてしまったんじゃよ。何でも人が作り出せるのだから、病気も人が治せるはずだとな、思い上がったんじゃよ。人が油から作った薬をどんどん作って、病気の人に目隠しをしてしまうとな、痛いのや辛いのや悲しいのが感じられなくなってしまうんじゃ。病気に蓋をしたまま、とりあえず暮らしている人たちばかりだったんじゃよ」 「かわいそうな人たち・・・」  爺のまわりに集まった子どもたちは、みんな空を見上げて祈ってくれました。 「病気は人間が作ったものなんじゃ。身体とこころの声に耳を傾けずに食べすぎ飲みすぎしたからじゃ。身体に入れてはいけないものを平気で摂っていたからじゃ。人に勝つこと、人から奪い取ること、人を支配することを続けていたからじゃ。分かちあうこと、共有すること、一緒に育てることを忘れてしまったからじゃ。お前たちのように楽しむこと、感謝すること、祈ること、それが幸せだと気づくことができなかったからじゃ。病は人間の我欲の業だったんじゃよ」 「お爺さん、昔の大きな町の人たちは何でみんな死んでしまったの?」と、ヤクの毛で編み上げた帽子をかぶった男の子が尋ねました。 「大きな戦争があったんじゃよ。初めは小さな国どうしの戦争だったんじゃ。誰もがすぐに終わる・・・海の向こうの戦争だから、この大きな町には関係ないと思って、それまでどおりの身体に悪い暮らしを続けていたんじゃよ」  お爺さんは深く溜息をつきながら続けました。 「始める前から筋書きができあがっている戦争だったはずなのに、人間の我欲とエゴは恐ろしいものだったんじゃ。筋書きを世界中の国々が自分勝手に書き直してしまったんじゃ・・・自分が勝つように、支配できるように、たくさん奪えるようにとな。世界中が押しくら饅頭してるようになっての。季節が変わる頃には、世界中で入り乱れての戦争になってしまっていたんじゃよ。一瞬で大きな町が消えてしまう核爆発が何度も起こったし、毒ガスをまき散らかしたり、わざと病気を流行らせたりしての、世界中の人たちが狂ってしまったんじゃよ。筋書きでは世界がひとつになって、世界中の人たちみんなが幸せに暮らせる世の中になるはずじゃったんじゃがの。  大きな町ではもう人が住めなくなってしまったんじゃ。世界中、どこに逃げても病が追いかけてきての、どんどん人が死んでいってしまったんじゃ。もうあの世界で生き残っているものはいないかもしれんの」  子どもたちの中には、大きな町の悲しみとシンクロして泣き出す子もいました。爺の脳裏にある生々しい光景を見てしまい頭を抱える子もいました。 (つづく)