2018年5月12日土曜日

ごきげんさん 2018.5.12.

ひかりの経営(仮称)から 2)とてもカラフルな夢を見る度に新技術を思いつくベンチャー企業社長の過去生  小学校時代から自分の興味のある教科は素晴らしい成績を残しますが、今日のない教科は全く手つかずで何度も「自閉症では?」と疑われてきました。  3歳の時に祖母から「この子は特別な子だから何があっても大切に守り抜いてやってください」と言われた言葉が胸に刺さったお母さんが、学校の先生や医者にどんなに病気だと言われても頑として「この子は大丈夫です」と言い張って守り抜いてきてくれました。  中学、高校と長所を見てくれる先生ばかりに出会う幸運に後押しされて、無事に希望していた大学に入れました。大学でもじっくりと育ててくれる先生たちに巡りあえて、電子工学、バイオ農業、量子波動工学を学びました。やりたい、行きたいと思ったらジッとしていられない性格なので、大学を2年休学して東南アジア、チベットとインドを歩き回りました。  この頃から年に数回、とてもカラフルな夢を見るようになりました。初めは寺院や洞窟や滝などの夢でしたが、その夢を見た数日内にはそれがどこなのかがわかる情報が不思議に舞い込んできました。その夢に現れた場所へ行ってみると、自分にだけは夢と同じ極彩色に見えていることに驚きましたが、そんなことを話すと異常だとか病気だとかと言われることが子どもの時からの経験で身にしみてわかっていたので誰にも話しませんでした。  夢に導かれて訪れた極彩色の場所には必ず眩しく輝いている仏像や仏舎利、石や大木がありました。その眩しい光の前に立つと、いつも素晴らしいアイデアが浮かんできました。それはまるで眩しい光の中から自分の頭の中に瞬時に与えられたような不思議な感覚でした。  これまでの物理化学や既存の農業の科学概念をひっくり返してしまうようなアイデアばかりだったので、さすがに自分でも怖くなって、しばらくはノートに書き溜めておくだけでした。  しかし、カラフルな夢はそんな臆病さを許してはくれませんでした。無重力の暗黒宇宙に放り出されて永遠に漂う恐ろしい夢が襲ってくるようになり、真冬でも汗びっしょりになって飛び起きてしまうことが度々ありました。漆黒の宇宙に大きな黒板が現れて、ものすごい勢いで近づいてきたかと思った次の瞬間、自分の意識は黒板の中にありました。黒板に真っ白いチョークで夢に教わったアイデアが描かれていきますますが、同時に自分の脳にも刻み込まれていく感覚が翌朝になってもとてもリアルに残っていました。  もう逃げられないと観念した彼は書き留めておいたアイデアを論文にまとめて発表しました。  とんでもないと画期的は裏表です。  国内ではどの学術雑誌も相手にしてくれませんでしたが、インドのある学術雑誌だけが高く評価して論文を掲載してくれただけでなく、インドの大企業のオーナーがわざわざ会いに来てくれました。  彼の夢のアイデアはこうして世界企業で実用化されることになり、彼はロシアに新しくできた研究所を与えられて、彼の夢のアイデアの研究に没頭できるようになりました。  普通の人から見れば、その研究所は彼とアイデアを守るための厳重な監禁施設でしたが、自閉症気味な彼にとって、そこはパラダイスでした。自分の好きな時間に好きなだけ研究ができます。食事も寝るのも彼次第で、必要なものはすべて手に入りました。研究アシスタントたちはみんなとても優秀で、彼のアイデアをしっかりと理解してくれていたので、日々の学術的な討論はもちろんのこと、プライベートな時間の雑談もとても楽しく盛り上がり、彼は充実した毎日を送っていました。  結婚願望どころか結婚という既成概念さえなかった彼でしたが、世界中から集められた女性の学者やスタッフたちは、彼がアプローチしさえすればすぐに親密になってくれました。そしてこの頃から彼の夢はますますリアルになり、画期的なアイデアを思いつく頻度も増えていきました。  彼のアイデアの中のひとつにタイムトンネルがあります。もちろん彼の研究所の地下深くには、古い坑道を再利用した長大な実験用タイムトンネルが建設されていました。そのタイムトンネルが本格的に起動し始めると、彼の夢は封印を解かれたかのように遙か古代世界を映し出すようになりました。 (つづく)