2018年2月20日火曜日

ごきげんさん 2018.2.20.

黄泉比良坂 3 死んで魂:意識体が肉体から宙に浮かんだ時点では、まだ、生きていた時の思念、さまざまな感情、後悔や決心が魂にまとわりついています。 生卵の白身と黄身のような感じです。白身が思念など、黄身が魂です。 その白身の思念が幸せ、感謝、悦び、満足で充ちていれば、黄身の魂はツルッと白身から抜け出して天へと昇っていけます。 怒り、絶望、苦しみ、悲しみ、憎しみ、嫉妬、恨み、呪い・・・などの思念は、ベトベト&ドロドロの白身となって黄身の魂を取り込んでしまいます。 ベトベト&ドロドロの思念には、同じ思念が集まってきて呪われた地となります。 最たる呪われた地は病院です。 ICUなどで人工呼吸器やペースメーカー、大量の点滴と昇圧剤などで延命治療されている患者さんの魂:意識体は、すでに肉体を離れて宙に浮かんでいます。 まだ完全に死んでいないので、臍の緒のような命の緒で魂と肉体は繋がってはいますが、魂:意識体は想念の現実化をすることは可能な状態です。 その患者さんの抱いていた思念も魂と共に宙に浮かんでいます。 美しい思念、良い波動の魂は、天からの光が病院を漂う霊障や動物霊、邪鬼、悪しき思念から護ってくれます。 ベトベト&ドロドロの思念に囚われた魂は、病院を漂う悪しきモノたちに飲み込まれていきます。 ベッドに横たわる肉体には、もう意識体:魂はもぬけの殻ですから、動物霊や邪鬼、そして死んだことに気づいていない彷徨える魂:意識体がその肉体に入ってくることもあります。 いろいろな動物霊や邪鬼などが入れ替わり立ち替わり瀕死の肉体に入ることもあります。 何のためにそんなことをするのでしょうか? 瀕死の肉体に入って、最後の家族愛を学んだり、許しや感謝を学ぶために・・・生きがい論ではそのように説かれていました。 自宅で家族に看取られて亡くなる時には、確かに別の魂が学びのために瀕死の肉体に入ることもありましたが、病院で死ぬのが普通になってしまった今では、動物霊や邪鬼などが学びの魂など押しのけてしまうことがほとんどです。 病院に漂う動物霊や邪鬼などが瀕死の肉体に入るのは、わずかに残った腎精気を吸い取りたいからです。 強い怨念を持っていた肉体に入ると、動物霊や邪鬼は一時的ですがパワーアップできます。 面会に来た家族、特に老人と子供を、まるで待ち伏せしていたかのように狙って憑依できます。 病院に診察や面会に行くと、なんだかとても疲れる、体調が悪くなる・・・のは、ベトベト&ドロドロの思念の波動を浴びて、動物霊や邪鬼に憑依されかかったためです。 あな恐ろしや・・・ 死に方の極意 その4は「病院で死ぬな!」です。